新たな命を育む資格
まだ妊娠初期なので、不安定な時期である。よって、女王ルナの妊娠は王配シャルルを始めとする信用出来るごく親しい者達にしか知らせてない。
この日もルナはいつも通りナルフェック王国の女王として公務を滞りなく進めていた。
つわりもそこまで酷くはなかったので、日常生活は特に問題ない。
しかし、ルナは時々あの屍だらけの悪夢を見るのだ。
「ルナ様、今日はいかがでしたか?」
この日もシャルルは優しく労わるようにルナを抱きしめている。
体を冷やさないよう薄手のブランケットを持って来てくれたのだ。
「ええ。今日も特に問題はありませんでしたわ」
ルナはいつも通り、品の良い笑みを浮かべる。
「僕に出来ることがあれば何でも仰ってくださいね」
シャルルは愛おしげにサファイアの目を細めた。
「では……いつものようにシャルル様に抱きしめられながら眠りたいですわね」
ルナはシャルルに体を委ねた。
「そういうことでしたら、お安いご用ですよ」
シャルルは嬉しそうに微笑み、ルナの頬にキスを落とした。
ルナはそのままシャルルの腕の中で眠りに落ちる。柔らかで、心地の良い温もりだ。
シャルルに抱きしめられている時は、悪夢を見ずに済むのであった。
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(とはいえ、毎日のようにシャルル様に抱きしめられながら眠るとなると、彼の体に負担がかかってしまうわ。きっと腕も痺れるわよね)
ある日の執務の休憩中、ルナは憂いを帯びた表情で、軽くため息をついた。
「ルナ、ため息なんかついてどうかしたのかい?」
そう砕けた口調で聞いてくるのは、キトリー・エディット・ド・ヌムール。ルナと同い年の、ヌムール公爵令嬢である。
アッシュブロンドの髪にヘーゼルの目の、中性的な顔立ちだ。
幼い頃から気心知れた仲のキトリーに対しては、公の場以外で砕けた口調であることを許しているルナであった。
「あ……何でもないわ」
ルナはキトリーの存在に気付き、いつものようなミステリアスな笑みを浮かべる。
「何でもない……ね。妊娠中は色々抱え込まない方が良いと思うけど」
キトリーは少し心配そうな表情だ。
彼女にもルナの妊娠については伝えてある。
「それとさ、今日ここに来たのは、ルナにこの論文を読んで欲しくて」
キトリーはルナに分厚い論文を渡す。
「出産時の痛みを軽減させる医療技術についてだ。ヌムール領で今研究中のね」
キトリーは得意げな表情だ。
ヌムール公爵家は医学、薬学に強い家系だ。ヌムール公爵領の土地は農業には向いていない。よってヌムール公爵家及びヌムール領は医学、薬学で発展して来たのだ。
ルナを診察した宮廷医も、ヌムール領出身の者なのである。
「確かに、出産の痛みは凄まじいものだと聞いているわ。それが軽減されるのならば、女性にとっての負担も減るかもしれないわね。ありがとう、キトリー」
ルナはキトリーから渡された論文をまじまじと見る。そしてキトリーに柔らかな笑みを向けた。
「この技術がより向上したり、当たり前のものになれば、この国は更に発展するわ」
ルナは上品な笑みを浮かべていた。
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「へえ、ヌムール公爵領にはそんな医療技術が……! 確かに、出産時の痛みを軽減出来たら女性側の負担も減りますね。素晴らしい技術です」
王宮の薔薇園のガゼボにて、シャルルはルナに見せてもらっている論文を見て目を丸くしていた。
現在、夫婦水入らずのティータイムの最中なのだ。
「ええ。先程キトリーから教えてもらいましたの」
ルナはローズヒップティーを一口飲む。
普段は香り高い紅茶を好むのだが、妊娠中なのでカフェインが入っていないものを出してもらっている。
今回のお菓子も食中毒などを避けるために生菓子ではなく焼き菓子であるマドレーヌが出されている。もちろんアルコールも入っていない。
この国の女王であるルナや生まれて来る子供に万が一のことがないように徹底されていた。
「それにしても、新たな命が育まれていくことは……凄いですね。僕も、立派な親になれるよう頑張ります」
シャルルは穏やかな笑みを浮かべる。サファイアの目は愛おしげにルナを見つめていた。
「新たな命……」
ルナは自身の腹部に目を向け、そっと触れてみる。
その時、不意に時々見る屍の悪夢を思い出した。
(あの屍は……全て見覚えのある者達だったわ……。
ルナは、今はもう存在しない政敵の屍の上に立っていたのだ。
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この日もルナは無数の屍の悪夢を見た。
ルナの足元にある無数の屍。それらはまるでルナを恨んでいるかのような目をしていた。
ハッと目を覚まし、ゆっくりと起き上がるルナ。
その呼吸はやはり浅い。
(……あの者達は……
ルナはそっと自身の腹部に手を当てる。
『それにしても、新たな命が育まれていくことは……凄いですね。僕も、立派な親になれるように頑張ります』
シャルルの言葉を思い出す。
(シャルル様と
ルナは自嘲気味に口角を上げた。
アメジストの目は、迷いと不安に染まっていた。
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