貴方という光

懐妊

 ナルフェック王国の女王であるルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌ・ド・ロベール。彼女は年が明けて冬が終わる頃、十八歳の誕生日を迎えた。

 そして、そこから数ヶ月が程経過したある夏の朝。

「ルナ様……最近少し体調が芳しくなさそうに見えますが……」

 ルナの夫であり、ナルフェック王国王配のシャルル・イヴォン・ピエール・ド・ロベールが、起きたばかりの彼女の顔を少し心配そうに覗き込む。

 太陽の光に染まったようなブロンドの髪に、サファイアのような青い目。端正な顔立ちで、ルナより一つ年上の青年だ。

「そう……ですわね。少し倦怠感がありますわ。微熱のような症状もありますから、恐らく軽度の風邪かと思います」

 体調はあまり良くないが、冷静に答えるルナ。

 月の光に染まったようなプラチナブロンドの真っ直ぐ伸びた長い髪が、ハラリと顔にかかった。ルナはそれを耳にかき上げる。

「今日の予定をつつがなく進めることくらいなら可能ですわ」

 シャルルを心配させないように、アメジストのような紫の目を優しく細める。

 まるで彫刻などの美術品のような顔立ちだ。

「そうですか……。くれぐれもご無理はなさらないでくださいね。もしもルナ様がご無理をなさっていると感じたら、僕は力ずくでも止めますから」

 シャルルはそっと優しくルナを抱きしめた。

「ええ。ありがとうございます、シャルル様。気を付けますわ」

 自身よりも大きなシャルルの体に包まれ、ルナの心は穏やかになった。体の不調も、心なしか改善されたような気がするのであった。


 そんな日が数日続いた。

 そしてある日、宮廷医に診察してもらうことになったルナ。

「おめでとうございます、女王陛下。ご懐妊でございます」

 宮廷医からはそう告げられた。

「そう……」

 ルナはあまり実感がないながらも、自身の腹部にそっと触れてみた。

(わたくしは妊娠しているのね。……子供は生まれる前も、生まれてからも何が起こるか分からない。だけど、これでロベール王家、そしてナルフェック王国の世継ぎが出来たのね)

 その事実に、少し安心したルナである。

「ルナ様と僕の子供が……!」

 その隣で、シャルルが感慨深そうな表情をしていた。

「ルナ様、触れてもよろしいでしょうか?」

 シャルルは嬉しそうにルナを見つめている。そのサファイアの目は愛おしげであった。

「ええ、どうぞ」

 ルナが許可すると、シャルルは優しく、まるで宝物に触れるかのような手つきでルナの腹部に触れた。

「ルナ様……ありがとうございます。どうか、ルナ様もお腹の子も健康でありますように」

 シャルルは優しくルナを抱きしめた。サファイアの目からは、一筋の嬉し涙が流れた。

(そうよね。大切な世継ぎであることには変わらないけれど、それ以前に、シャルル様との子供なのね)

 ルナは愛おしげにアメジストの目を細めた。






−−−−−−−−−−−−−






 その日の夜のこと。

 ルナは一人、暗く荒れ果てた土地に立っていた。

(……ここはどこかしら?)

 そっと一歩踏み出してみると、何かを踏んだ気がした。

(これは……!)

 下を見ると、山程の屍があった。

 ルナは多くの屍の上に立っていたのだ。

 衝撃で声が出ず、ルナは膝から崩れ落ちる。

 そして、自身の白い手には、赤黒い血がべっとりとこびりついていた。


(嫌っ!)

 ルナはハッと体を起こした。

 呼吸は浅く、体は汗で濡れていた。

 ふと手を見てみると、汚れひとつないいつもの手であった。

(……夢……だったのね)

 ルナはゆっくりと呼吸を整える。

 少し震える体を落ち着かせた。

「ルナ様……?」

 ルナの隣で、シャルルがゆっくりと起き上がる。

「ごめんなさい、起こしてしまったようですわね」

 ルナはシャルルを心配させないように、品の良い笑みを浮かべた。

「いえ、気にしないでください。お体の方は大丈夫ですか?」

 シャルルは優しく妊娠が発覚したルナを気遣う。

「ええ、問題ありませんわ」

 ルナはふふっとミステリアスな笑みである。

「そうですか。あ、そう言えば、キトリー嬢がこんなことを言っていたのを覚えていますか? 血管が圧迫されるから妊娠中は仰向けではなく横を向いて寝た方が良いと」

 シャルルは思い出したかのような表情である。


 ちなみにキトリーとは、ナルフェック王国のヌムール公爵家の令嬢だ。彼女はルナの親友でもある。


「ええ、覚えておりますわ」

 ルナはクスッと笑った。

 シャルルはルナを抱きしめ、そのままゆっくり横になる。

「シャルル様?」

 突然のことに、ルナはアメジストの目を見開いた。

「仰向けだと、ルナ様のお体に負担がかかるかと思いまして」

 ルナを抱きしめる力が、ほんの少し強くなった。

「……ありがとうございます」

 ルナは表情を綻ばせた。

(本来は妊娠後期あたりからなのだけど……シャルル様に抱きしめられながらなら、よく眠れそうね)

 ルナはシャルルに身を委ねた。


 シャルルの大きな体に包まれたルナ。先程の悪夢が嘘であったかのように、安心して眠りに落ちたのであった。

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