ロスジェネヒーロー

@nau2018

第1話

「イラサイマセー」


コンビニのレジに立つ外人の店員さん

片言である

それは仕方が無い事だ

どこの国の人なのかは分からないが、最近はコンビニ等でも外人の店員さんが多くなった


「オツリデフ」


お釣りを受け取り俺はコンビニを出た


時間は朝の6:00

寒い中、家の近くにある小さな公園のベンチに腰掛ける


俺の名前は佐久間信幸

世間一般ではロスジェネ世代と呼ばれる年齢のおっさんだ


「どっこいしょ・・」


ベンチに座り俺はコンビニの袋をガサガサと漁った

中からメロンパンと温かい缶コーヒーを取りだす


カシュッ


缶コーヒーの蓋を開け口をつけぐびぐびとコーヒーを飲む

そしてメロンパンの袋を開け、モシモシとメロンパンを食べ始める

メロンパンのサクサク感と甘さが口の中に広がり良い感じだ


俺はロスジェネのおっさんであり、正社員になれなかったおっさんであり、結婚も一度もしていないおっさんであり、人生もはや先が見えているおっさんである

詰んでいるのであり、終わっているのであり、後は死ぬだけである


今日は休み

休日ののどかな朝の一時と言えば聞こえはいいが、冬の公園のベンチで一人黙々とパンとコーヒーを飲んでいる様は我ながら情けない状態だ

しかしまだ賃貸とはいえ家があるだけマシだ

世の中にはネットカフェ難民たらいう難民が未だに絶滅せずに生きているらしい


流石の信幸もそこまでは落ちぶれたくはない

ホームレスほどキツイものはない

しかし賃金の低い非正規で働く信幸に取って毎月の賃貸金や光熱費を稼ぐだけで精一杯であり、貯金など殆ど出来ていない

そんな状態の信幸に取って夢のマイホームなんぞ夢のまた夢であり、結婚ですら夢でしかない

そもそも恋愛自体が夢のまた夢だ

信幸の密かな楽しみは休日の朝に公園のベンチでパンとコーヒーを飲む事

それだけで幸福だった


にゃぁ~


「・・・・・」


にゃぁ~


「・・・・・」


ふみゃぁ~


「しっ」


この公園には野良猫が何匹がいる

餌を与えるなという看板が立っているのにも関わらず、餌を与えるおばさんとかがいるせいで、野良猫は増える一方だ


家庭で飼われている猫ならともかく野良は糞尿撒き散らす害獣であり、ノミだらけで汚いのであり、殲滅するべき対象である

決して可哀想だなどと思ってはいけない


餌を貰えると思って近寄ってくる人に馴れた野良猫を追い払い、信幸はぼー・・と公園内を見渡す

早朝なので誰もいない

いるとすれば走っている人か年寄りぐらいか


「・・・今日一日何しよう・・・」


特に趣味もなければ何処かにいく当てもない


ガサッ


メロンパンを食べ終えパンの袋をコンビニの袋に入れる


グビッ


コーヒーを飲み干す


「・・・帰ろ」


そしてベンチから腰を上げ、立ちあがる

信幸の暇な一日の始まりである




バブル崩壊以後、政府の失政と企業の雇用制限により生まれた氷河期世代は大きく二つに分かれた

いわゆる勝ち組と負け組である

しかし比重は負け組の方が重く、多くの雇用難民を生みだした

契約社員や派遣といった低賃金非正規社員の増大により貧困化が顕著になり消費は低迷

モノが売れない状況は内需の低迷に繋がった

しかしたび重なる失政や無能な企業経営によりそれらは改善されるどころか逆に加速した

社会はブラック化し、上には全く逆らう思考は消され弱者がより弱者を蔑む構造が強固に出来あがった

下級民達はそれぞれがそれぞれで罵り合う状況の中、緩やかに日本は崩壊していく

そんな時代において信幸はいわゆる典型的な負け組であり、底辺の道を歩いていた

正社員雇用はなく、あるのはゴミのような非正規の仕事

その人生はそれしかありつけなかった駄目な男だ

そもそも現代において学歴やコネや縁故がなければ良い就職はかなり難しい

それなりの実力があればまだワンチャンはあったかも知れないが、信幸にはそんな実力など微塵も持ち合わせていない

努力が足らない!!・・・という言葉は楽な言葉である

自己責任論が大真面目に語られ、努力が足らないからだという一言で氷河期世代は切り捨てられてきた

しかし当たっていなくもない

他の同世代はともかく信幸は努力をしてこなかったからだ

日本社会の在り方がアホらしくてやっていられなかったからだが

つまるところ信幸に関しての現状の状態は自業自得なのである



その日一日、特に何もする事無く終わった

友達らしき友達もいない信幸に取っては、どこかに出かけるという行為自体が意味をなさない

外に出るとすれば精々散歩か買い物ぐらいである

家に居る時はネット閲覧か昼寝ぐらいか


午後8:00

温かい缶コーヒーを買いに近くのコンビニに足を運ぶ

自販機でも売っているが、少しは人気のある所に行きたいという人間らしい心は多少なりとも持っている


「イラハイマセー」


朝の店員さんとは違った海外の店員さんがレジ番をいている

そういえば最近は日本人の店員さんは見ないなーと感じた

いや、店長は日本人だが


「アリマシタ―」


昔は袋に入れてくれたが今は袋も有料である

何事も金が無ければ不便な時代に入っている


「・・・・・」


無言でコンビニを出た信幸は途中の公園でいつものベンチに座ろうと・・・思ったが既に先客がいた

公園の電灯に照らされているのは女子高生

どこの高校だかは分からないが上下共に真っ白な制服を着た女子高生がベンチに座り、スマホを見ている

邪魔だなぁ~・・と思ったがどいてくれと言う訳にもいかない

仕方なく信幸はその前を通って反対側のもう一つの入り口から出ようと女子高生の前を少し距離を置いて通る

何せ相手は女子高生だ

近づくだけで変質者扱いされては堪らない

イケメンならともかくこっちは普通の顔のいい歳したおっさんなのだから


カシュッ


缶コーヒーの蓋を開け、グビッと飲む

雪は降っていないとはいえ、寒さは厳しく夜はかなり冷え込む

そんな中で飲む温かい・・というか熱すぎるコンビニの缶コーヒーは最高である


そして丁度、女子高生の前を通りかかる

そちらの方には見ないようにする

ジロジロ見れば事案発生で通報されて、お巡りさんにしょっぴかれかねない

だからいかにも缶コーヒー片手にちょっと公園を通過するだけですよ~・・という沈黙のアピールが必要なのだ

それにしてもこんな寒い夜の公園で何やってるんだこの子は・・とも思うがやはり思うだけにしておくのが最良だ


「・・・・・」


無事に女子高生の前を通過する

このまま公園の出口から出れば完璧だ

何ら自分に不備はない

これが『女子力』ならぬ『おっさん力』だ

まだまだ若い女の子に負ける気はしない

そう確信したその時、女子高生が声を出した


「そのままで良いの?」


「・・・・・」


そのままで良いの?・・という言葉が聞こえてきたが、信幸には関係ないだろう

おそらくスマホで話をしているのだろう

危ない危ない、引っ掛かる所だった

もし引っ掛かってそちらに向いてしまうと、暗い公園の中で女子高生が喋っているスマホ通話に反応して『まるで女子高生が自分に話しかけた』という恥ずかしい勘違いを炸裂させたアホで恥ずかしいおっさんになってしまう


信幸は女子高生の『会話』を無視して公園の出口に向かって歩く

そんな中、また女子高生の声が聞こえた


「本当にそのままでいいの?」


あー、やはり誰かと喋っているんだろうなー・・と感じる

友達関係か彼氏か・・どのみち信幸には関係ない事だ


「考えてみて、佐久間信幸」


「!?」


流石に信幸は振り向いた

佐久間信之・・自分のフルネームを呼ばれたからだ

同姓同名の可能性・・は確かにある

しかし、そんな偶然が果たしてあるだろうか?


振り向いた信幸は更に驚いた

今し方までベンチに座っていた女子高生の姿がない

慌てて公園内を見渡す・・・がその姿はどこにもない


「・・・・・」


信幸は訳が分からなくなった

今いた子が、今声を出していた子が忽然と消える

そんな事があり得るのか?


「え?・・・」


それしか言葉が出てこない


「・・・・・」


だがしかし、確かに女子高生がそこに居たという証拠はあった

女子高生の子が座っていたベンチに画面が光っているスマホが置いてあったからだ



➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



スマホを拾った信幸

しかし持ち主である女子高生はいない


ベンチの前で立ちつくした信幸だったが、こんな所にスマホを置いておく訳にもいかない

忽然と目の前から消えた子は気になったが、取りあえず警察に届ける為にスマホを手に取る

しかし、何だこのスマホは・・・

背面が鮮やかなメタリックブルーの色は良いとして、どこのメーカーのものか分からない

どこにもマークや機種番号が振っていない


「何だこれ・・・」


信幸も正直スマホの機種に詳しくはないので、今はこういったモノも売られているのだろう・・と思った

それにしても寄りにも寄って女子高生のスマホを手に取るバツの悪さはない

別に盗んだ訳ではないのだから気にする必要は無いと言えば無いが、おっさんが手に取るには色々と重い



ピピピピューン


「うわ!!」


突然鳴るスマホに信幸は驚いた

メールだ・・いやLINEか?

良くは分からないが、何かが来たのは確かだ

信幸的にはLINEはやった事がない

出来ないというよりはしたくないからだ

他のモノも同じだ

繋がっているという感覚が嫌いで、いわゆるSNSは現在一切していない

した事があるのは昔の事

それも随分と前にサービス終了した

以後はコミュニティーサイト系は一切やっていない

コミュニティーサイトではないが、出会い系サイトならば昔少しだけやった事がある

しかし『サクラ』や『割り切り』たらいう売春が横行していたため、純粋な出会いは諦め直ぐに退会した

コミュ力のない信幸にはSNSは無用の長物である


とにかく画面は見ないようにした

何せ持ち主は女子高生である

勝手に覗き見たとか言われたら警察のお世話になりかねない


「見ない、見ない、見ない」


意地でも画面は見ない

何故ならこのスマホは信幸にはまったく関係のないモノだからだ


すると


ピピピッと何かを告げる電子音がスマホから漏れる


その音に思わず信幸は画面を見た

画面には『メッセージが届いてます』の一文


「・・・・・」


画面を見てしまったモノは仕方がない

しかしメッセージを開くかどうかはまた別の問題だ

そう別の問題なのである

ここで勢いよくメッセージをクリックして見てしまうと恐らく駄目であろう


「・・・・・」


しかし画面を見ながら考えていた信幸はこのスマホが何やら変な事に気付いた

画面にはメッセージと通話と変身の三つしか表示されていない

メッセージや通話は分かるが、変身という表示・・・

いや・・今時の女子高生の中で流行っている何らかの流行語の可能性は大いにあるが


すると画面に『信幸見て』の文字が現れる。


「え・・見るの?」


名前の漢字も一緒である

というかこれは一体何なのか?

まったく分からない


分からないが、信幸は思い切って画面のメッセージをクリックした

本当に良いのか?、知らないぞ、勝手に見たと言いがかりつけて金銭要求されても知らないぞ!!

そう思いながら信幸はメッセージ欄を開く


『初めまして、私の名前(フルネーム)は栄(さかえ)亜衣(あい)です

決してえーあいとは読まないように

それはそうと私のスマホを拾ってくれてありがとう

ワザとベンチに置いたけど、信幸ならば手に取ると思っていたわ

ちなみに続きは次のメッセージで』


「・・・・・」


何だこれは、何なんだ・・・と思う信幸

そんな信幸に間髪入れずに二通目のメッセージが届く


『さて、単刀直入だけど『悪』が忍び寄って日本を破壊しようとしているからアナタに戦って貰いたいの

このスマホは持っていて、指示はこれから発信するから

次に続く』


「・・・はい?」


メッセージを呼んで信幸は頭が???である

意味が分からない

『悪』?、何だそれ

『戦え』?、何故俺が?、何の為に?、誰と?、その悪と?


意味不明のメッセージに信幸はベンチにスマホを置いて去ろうかと考えた

頭がおかしいか、新手の詐欺の可能性もある



ピピピピューン


新しいメッセージの到着である


「・・・・・」


取りあえず見てみるか・・・と


『このスマホには三つの機能しかないわ

今見ているこのメッセージ、そして通話機能、そして変身よ

基本的にはメッセージで連絡を取るわ

ただ残念な事にメッセージも通話もそちらからは出来ないけど

じゃぁ、頼んだわよ信幸!!

メッセージは以上よ』


「・・・・・」


何から突っ込んでよいのやら分からない信幸

読む限りメッセージも通話も向こうからの一方通行らしい

なんだそれは・・・思う

そして何より一番得体の知れないモノの説明がまったくされていなんですが、それは・・・


「変身ってなんだよ!!」


思わず口に出して言ってしまう

変身っていうのはあれか?、特撮とかの奴か?

へーんしん!!とかで変身する例の奴か?

『悪』とかいうのはあれか?、怪人とかのアレか?

つまりおっかない怪人が日本を破壊しようとしているんで変身した戦えと?


「・・・アホくさ」


信幸はスマホをベンチの上に置く


これは新手の悪戯か?

どこかでカメラでも設置されていておっさんの醜態を撮ってSNSにでもアップしようとかそんな感じか?

実にバカバカしい


信幸はそそくさと公園を後にした

正直付き合っていられない



そのまま家に帰った信幸

時間は21:00

ホットの缶コーヒーを買う為に少し近くのコンビニに行っただけなのに、いつの間にか一時間近くも経っている


「うわぁ・・・明日また仕事なのにさぁ・・・」


溜息をつき、信幸は自分のスマホを取り出し、気になるニュース等を確認する

お気に入りの動画もアップされているかどうかチェック

何たらかんたらしていたら二時間ぐらいあっという間だ


23:00

求人サイトをチェック

展示されているのは相変わらず下らないモノばかりだ

そして24時間365日、同じ求人ばかりが出ている

非正規社員としてブラック企業で働く信幸

さっさと現状の低賃金労働者を辞めたいと思いながら10年以上経過していた

今では年齢もあってかなり入れる幅が減った

もうじきパートぐらいの仕事しか無くなるかも知れない

もしくは警備員の旗振りか・・倉庫番か、もしくは介護か・・・


どれもやりたくはないのである

実力もなく努力もしない信幸に出来る仕事なんぞ単純作業ぐらいのものだ

だから工場勤務の工員として長くやってきたが、そろそろ限界である

いわゆる詰みであり、終了であり、この世の終わりである

まったく人生とは嫌なモノである


「少しは何らかの才能が欲しかったよな~」


そうも思う

何の取り得も無い人間はどうやって生きて行くのか?

答えは既に出ている


「寝よ」


そう寝るに限る

寝るのが一番だ

寝て起きた所で現状は何も変わらない

そんな事は分かっているが、今は寝るのが一番だ

そう考えて信幸はフローリングの床に布団を敷き、寝る

明日はきっと良い事が起こる・・・などと信幸は考えない

明日はまたブラックの仕事でクタクタに疲れて帰って来るだけなのだから


翌日、朝起きたら信幸の部屋のポストに例のスマホが封筒に入って入れられていた



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「イラッチャマセー」


6:30

朝、いつものようにコンビニに寄る

本日は休日、しかも三連休である

当然の事ながら非正規社員である信幸にお金は入ってこない

正直この歳で時給で働いているのは恥であり悲惨なのだが、年齢的に正社員の道は無く仕方がない事だ


「アリガトマシター」


レジで支払いを済ませウィーンと自動扉を開けて店を出る

チーズオニオンのパンと缶コーヒーの入った袋を手に下げ、いつもの公園へ

そしていつものベンチに座る


日中は日が照って比較的暖かいが、朝方と夜は寒い

今日もまた夕方以降はかなり寒くなりそうだ


カシュッ


缶コーヒーの蓋を開け、ゴクッと飲む

温かいコーヒーが口から喉に向かって進んでいく

寒い中にあっては最高だ

こんな時に冷たいコーヒーを売っている自販機は一体何者かである


ハムッ


そして缶コーヒーを飲みつつチーズオニオンパンを食べる

ガーリックと同様オニオンも臭いが口に残るが、信幸的には好きなので何ら問題はない

何より休日なのだから誰にも遠慮はいらない

誰とも会う訳でもない

言わば独りでいられる最高の休日であり、給料が出ない休日であり、金がないのでどこにも出かけられない休日であり、だから何もする事がない休日である

恐らく他者が見れば酷く惨めに見えるかも知れない

しかし信幸的にはパンと缶コーヒーという贅沢な朝をのんびりとかつ優雅に過ごせる休日だ



家のポストに投函された謎スマホを手元に置いて数日が過ぎた

数日が過ぎたが、特に何のメッセージも着信もなくただ手元に置いているだけのスマホ

しかし充電は必要なようで、何故か殆ど何も触っていないのに電池が結構減る

幸い信幸が使っている充電機が使用可能なので、一日に一回は充電している

そして取りあえず仕事にいく時や外に出て出歩く時は一応リュックに入れて持ち歩いている


「あー・・だるい」


年齢的なモノか、それともブラック会社でこき使われているせいか疲れが取れない

多分両方なんだろう


謎スマホの画面に表示されている例の『変身』はクリックしても何も起こらなかった

正確には『現在は使用できません』という表示が現れる

現在という事は考えられる事は二つ

文字通り『現在』は使用できないが、『使用出来る状況』が現れれば使用出来るという意味

それとも『現在』は使用できないが、『過去』には使用できたという意味

しかし『過去』に使用できたという意味は少し苦しいか・・・

何故なら画面上にわざわざ表示させておく意味がないからだ

どちらかというと『使用出来る状況』になれば使用できるというのが普通の捉え方だろう


「・・・・・」


『使用出来る状況』という状況を信幸はボーとした休日専用の頭で考えてみた

恐らくはメッセージに書いてあった『悪』とやらと戦う時なんだろう

その『悪』とやらが何なのかは今の所まったく分からない

そもそも『変身』とやらも分からない

何かに『変身』するのか?

まさか特撮のヒーローものみたいに何か変なコスチュームになって戦うんじゃ・・・・という不安

確かに信幸も子供の頃にはヒーローに憧れたものだった

ヒーローごっことやらも幼稚園の頃にやった記憶があるし、特撮モノも小学生の時分に見まくった事もあった

しかしそれは子供時分であり、おっさんになった現在ではない

そもそも信幸の年齢的に変身ヒーロー番組なんぞ自分の子供が見るような年齢であり、既にそんなヒーローモノを卒業している子供がいても何らおかしくない年齢である



少子化により子供が激減して久しい

結婚しない人々の増加、晩婚化、子供にかかる教育費用の大きい負担

原因は様々だが、貧困化が暗く頭をもたげる

失われし30年で内需は減り、日本経済はガタガタの様相を呈していた

男女の均等雇用が声高に叫ばれ、働く女性が奨励された

かつては奨励されたが、それは変質し今や強制になっている

女性が社会に出て働くのが当然とされる社会に

少子化は本来なら適齢期で結婚し専業主婦に収まっていた筈の女性層が、戦力として企業に使い潰され恋愛も結婚もままならない状況が続いた結果の事だ

男女の雇用均等化の最大の欠点は仕事を奪い合わなければならない事であった

人手の確保が出来やすくなった企業は賃金を下げ始める

「お前の変わりはいくらでもいる」という高圧的姿勢で労働者を軽視し始めた

その賃金の低下に伴い、男性は女性を単独で養う事が出来なくなり共働きでなければ家庭を築けない現状が現出

本来の日本式の家庭は崩壊し、夫婦共働きでなくては生活していけないブラック社会になり今に至る

それはかつて『お国のために』として多くの国民の命が犠牲になった時代と同じく、今度は『会社のために』という思想の元、『現代の奴隷制』『鬱』『過労死』というこれもまた多くの国民を犠牲にしての企業存続であり、またその崩壊劇である

問題を今まで放置し続けてきた政府はようやく『雇用』や『少子化』に取り組む格好だけは見せ始めた

しかし『雇用』に関しては年のいった氷河期世代を取り込める余地は最早なく、『少子化』を生み出した『氷河期世代』が今から子供を作るには遅すぎる現状に日本の未来は非常に暗いと言っても過言ではない

つまり全ては終わった事なのだ

氷河期が棄民と言われる所以である

それと同時に中間の管理層を欠いた企業は完全に迷走を始め、その活力はなく衰退の一途を辿る

そして経営者の無能経営により海外資本に乗っ取られたり海外の人材に頼るしかない醜態を曝け出した




「あー、チーズ美味い」


パンにおいてはチーズオニオンは最高に美味い

これが現在信幸のお気に入りである


「・・・・?」


一瞬気のせいかと思ったが、もう一度鳴った電子音に信幸は『まさか』と思いリュックの背の部分にある小さなチャック式ポッケを開く

例の謎スマホの背の丸い点灯している


「あ・・・・」


別に見たくもないが、かといって無視する訳にもいかず取りあえず画面に触れる

見ると一件のメッセージが届いていた


「あーー・・」


見たいような見たくもないような・・・そんな気分


「ええい!」


思いきってメッセージを開いてみる

メッセージはこうだった


『六島駅に本日23:30 敵出現』


とあった


「・・・・・」


敵出現・・・

敵・・・


嫌な予感は的中し、いよいよ敵の出現である

敵である、敵なのである

という事は変身をしなければならなのだが、どうやって変身をするのかは定かではない

どんな変身かも分からない

そもそも本当に変身するのかどうかも分からない

そして敵とは何者なのか?・・・も分からない

分かっているのは六島駅は信幸の最寄り駅から一時間近く電車に乗っていった駅である事

比較的都市部に近く開けている所だ

23:30に行けという事は少なくとも敵とやらと戦う筈で・・・終電が出てしまうため、乗って帰ってこれないという事


「色々厄介だな・・・」


そう呟く信幸


というか戦った事など人生で一度もない

どうやって戦うかも分からない

ある意味、最悪の状況だ

これはもう無視して逃げるのが得策かも知れない

元々信幸が戦わなければならない理由などそもそもないのだから



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22:30

六島駅到着


女子高生に誘われ六島駅に到着した信幸

指定時間の一時間前に到着したのには理由は無い

ただ、何か敵とやらが現れるのならピッタリジャストの時間に現れるとは限らないからだ

ひょっとするとちょっと早い時間に現れるかも知れない

そういう意味で怪しい奴がいないかどうか事前にチェックを入れる為だ

というか、単なる信幸の習慣である

信幸は何故か一時間前に出るという習慣がある

それは若い頃とは違う

若い頃の信幸はほぼギリギリの時間で出かけるなんて事はしょっちゅうだった

しかし歳と共に何故か早く出る習慣が身に着いた

そういう習慣が今回も早くに家を出て、現場で待機という日雇い労働者のような精神である

実際の所、用事があるなら早めに着いて現地でゆっくりしたいという信幸的精神である

最近はコンビニは駅前に必ずある

コンビニの中には客が座って飲食出来るスペースを設けている所もあって、ゆっくり座ってスマホをいじれる


「いらっしゃいませ~、ありがとうございました~」


日本人の店員さんに言われ、信幸も何か久しぶりにコンビニで普通の日本語を聞いた気がした

何よりコンビニ内は外と違って暖かい


信幸が購入したのはドーナツクリームのパンとコーヒー

夜食にはもってこいだ


「どっこらしょ」


カウンター席の椅子に腰かける信幸

正直疲れが取れず非常に眠い

今すぐに電車に乗って帰れば布団で寝られるが、あと一時間待機していなければならない


「・・・・・」


取りあえず座ってゆったりした所でドーナツクリームの入った袋を開け、食べる

モチモチの食感

モチモチである、モチモチなのである、モチモチと主張なされているのである

そのドーナツクリームを片手に飲むコンビニコーヒーは最高だ

正直飲んで食べて寝てしまいたい勢いだが、ここはコンビニでありそういう訳にはいかない


食べて飲んでスマホ見て、23:00

30分近くもコンビニに居座っている信幸だが、これ以上は引き延ばせない

流石に店員さんの目が気になる

だから取りあえずコンビニを出た


23:00とはいえ駅前やロータリーには人が結構いる

まだ連休、しかし連休の最終日

明日から仕事である

信幸も仕事である

正直こんな事をしている場合ではない

しかも寒い


「あと30分・・・」


とりあえず駅の隅っこで立ってスマホをいじる

色々見ていると30分ぐらいは直ぐだ

立ち仕事メインの製造工場勤務のため立つ事には慣れている



ピピピ・・・


スマホの画面をじぃっと見ているとスマホのアラームが鳴った

信幸が設定しておいた23:20のアラーム


「もう20分経ったか・・・」


時間の経つのは早い

動画を見ていて経つ時間も早い

それはそうといよいよ予告10分前である

何が起こるのか?、それは信幸には予測不可能な領域である


23:21分一台の小型トラックがロータリーに侵入してきた

そのままトラックは駅の真正面入り口前辺りに停車する

しかしその事に駅構内にいる信幸は気づかない


停車したトラックから運転席側と助手席側のドアが開きそれぞれ人が一人降りてきた

運転席から降りてきた者のその格好は黒いデスメタルパーカーに灰色を基調とした迷彩柄のダボダボ長ズボン

パーカーのフードを被り、その下には更に帽子とサングラスを付けている

男か女かと言えば、体格的に男である

一方助手席から降りてきたのは同じくデスメタルパーカーを上に着た者

しかしこちらの色は白だ

そして同じく迷彩柄のハーフパンツ

運転席から降りてきた者同様パーカーフードで顔を隠して中に帽子を被っている

サングラスはつけていないが白いマスクで口元を覆っている

男か女かというと体格的に女だ


二人はブルーシートが掛けられた荷台に乗ってある『何か』かを固定してあるワイヤーロープを解いていく

解き終わり、男と思われる一人はカシャンカシャン、カシャンとアオリを下に降ろした

もう一人は荷台にひょいと飛び乗りブルーシートをひっぺがえした

ブルーシートの下から現れたそれはロボット

ただのロボットではない『レトロ』と表現するに相応しいロボット

顔も胴体もカクカクの四角形

L字になった両腕に手はcの形

目は二つともまん丸

口は横長方形に歯を露わすいくつもの縦線が並ぶ


グィーン


膝を折り座っていたレトロロボがゆっくり立ちあがる

ウィーン、ガシュ、ウィーン、ガシュ、ウィーン、ガシュ

荷台の後ろまで歩き、そのまま飛び降りた

ガッシュン!!

そのまま転び倒れそうな勢いだが、ロボは倒れる事無く見事なバランスで着地する


「!?」


その音に駅前にいた人々がそちらを向く

そしてその光景に異様さを感じた・・・が、何か分からぬ不思議な状況に首を傾げた


「・・・・・」


パーカーを着た二人はアオリを上げ、そのままトラックのドアを開け乗り込んだ

そしてそのまま発進する


「ロボット?」

「ロボットだよねぇ?」

「きゃはは、何アレ?」

「すっげぇ、めっちゃ昔のデザインじゃん」

「何だあれ?」

「でけえな」


駅前にいた人々がそのロボットを見てザワつき出す

目に前の状況がいまいち飲み込めないからだ


信幸もまた結構派手なロボットの着地音に思わず駅から出で音がした方を見た


「・・・・・」


どう形容すればいいのかが分からない

一言で言い表すならなロボットである、どこからどう見てもロボットである、昔のロボットと言えばこれであると断言できる程ロボットである

しかし単なるロボットという単語以上に信幸がそのロータリーに立ちつくしているロボットを見た時に頭に浮かんだ事があった


「ブリキのロボットだ!!」


そう、それは遥か昔のおもちゃだ

それ以外に言いようがない


「何だ?あれ」


信幸は呆気に取られる

当然である

敵とかいう奴と戦う為にわざわざ来た駅に、ヘンテコなブリキロボットが現れれば呆気にも取られよう

しかも単なる小さいブリキロボではない

おそらく高さ2メートルほどあるデカいロボットである

しかも背中には何やらゼンマイまでくっついている


ピピピピューン!!


例のスマホが鳴る

慌てて信幸はポケットに入れてある謎スマホを取りだし、メッセージを確認した


『敵戦闘ロボ出現を確認!!、撃滅せよ!!」


「・・・え?」


そのメッセージに記されている敵ロボットの文字と少し離れた場所に立っているブリキロボを見比べる


「戦闘・・・ロボ?」


そのユーモラスな形をしたブリキロボットが戦闘ロボ・・・


「え?、敵って・・・え?」


戦う相手はブリキのロボット

まったく想像していなかった、想像しようにも出来ない敵の正体と姿に信幸は一気に醒めた

眠気がではなく気分がだ


「さっさと帰りたい・・・」


信幸は本気でそう思った



➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



帰りたい・・・

そう思った瞬間


ドオンッ!!


大音響と共に駅構内は爆発し吹っ飛んだ

信幸も爆風で吹っ飛んだ


ボオンッ!!


駅は音を立てて激しく炎上する


「・・・・・」


爆風で飛ばされ駅前のスタンプコンクリートに体を強く打ちつけた信幸は一瞬呼吸が出来なくなる

決してアスファルトではない、スタンプコンクリートだ

それはともかく呼吸が出来なくて、焦った

ヤバいのである、死ぬかも知れないのである、明日朝から仕事にいけないのである

命の危険に晒されている人間が思考するには些か一考しなければならない事柄であるが、低賃金非正規労働者である信幸には死活問題である

命の危機より危険なのである

家賃や光熱費が払えないのである

パンとコーヒーが買えないのである

しかしそんな事を考えてみても、どう考えても命の方が大事なのである


「かは!!」


時間にして僅か数秒足らずだがようやく息が出来た、吐けた、吸えた

一時はどうなる事かと思ったが、しかし現状信幸を取り巻く状況は悪化するだけで何ら問題は解決していない


横になって倒れていた信幸だったが、両手で身を起こし上半身を上げる

見れば駅は炎上していた


「やっぱりミサイルだったか」


そう呟く

ロボの肩から発射されたミサイル

それが撃ち込まれ爆発したのだ

しかし駅に気を取られている場合ではない

ロボだ!!、敵である!!、悪なのである!!

信幸はコンクリートに叩きつけられた衝撃でボーっとなった頭を振り、目を一瞬瞑ってまた開いた

この惨状を引き起こした張本人

ブリキロボはガシュンガシュンという足音を響かせ・・・というか爆発音が凄くて聞き取れないが、確かに前進していた


駅前では爆発に巻き込まれた人々が倒れていたり、服に火が付いて転げまわっている人やそれを消そうとい衣服で叩いている人達の姿が見えた


グググ・・・ドガシャ!!


近くにあったタクシーを持ち上げひっくり返すロボ

タクシーの運ちゃんは持ち上がった時にドアを開け飛び降りた

しかし投げ出されアスファルトに背中から落ちた運ちゃんに指から発射された銃弾を浴びせるロボ

もはや信幸のいるこの駅前は阿鼻叫喚の地獄と化していた


「どうすれば・・・」


そう呟き信幸はハッとなる

どうすればではない、こんなモノは逃げるしか手は無い

逃げるが勝ちである

そもそも銃弾を浴びせてくるような相手にどうしようもない

これは機動隊だか自衛隊だかの出番であり、何の力も持っていない一市民の信幸がどうこう出来る相手ではない


そう考えた信幸は起き上がり、ロボのいる反対方向に逃げ出した


「死ぬ、絶対死ぬ!!、無理無理!!」


当然の事だが無理なモノは無理である

人間諦めが肝心だ


『撃滅せよ!!』なんていう勇ましいメッセ―ジを受け取っていた事など頭から飛んでいる

全力疾走でアスファルト路面を駆けて逃げている

全力疾走なんぞいつ以来だろうか?

正直おっさんである信幸はあっという間に息が切れた

煙草など飲んでいないが体力的に無理だ、最早年齢的に無理である


「ぜはぁーぜはぁーぜはぁーー・・・」


その場に立ち止まり膝に手をやって激しく息を荒げる

心臓がバクバクであり、肺や喉が痛だるい


「はぁーはぁーはぁー・・・」


暫く立ち止まり呼吸を整える


「はぁーーはぁーーはぁーー・・・」


大きく息を吸い吐く

だんだんと落ち着いてきた


「はぁーーーーーっっっ」


ようやく肺や心臓がおち着いた

正直死ぬかと思った


「・・・・・」


信幸は生き延びた

生き延びたのだ

例えロボが今でも駅前で暴れていたとしても信幸には関係のない事だ

というか爆発をモロに受けて死んでいた可能性もあった訳で

運が良かったとしか思えない

これはあれだ、神様が与えてくれた幸運である

いつもは信じていないが、こういう時だけ神様さまさまである


「さて・・・」


取りあえず何とか生き延びた信幸だったが、肝心な事を忘れていた

そう、帰るには駅に戻るしかない

しかし駅にはロボが暴れている

それ以前に駅が爆破されたので、まず電車の運行は止まってしまっているだろう


「帰れなくない?」


それは脅威であった

電車は利用不可

ならばタクシーで・・・というタクシーも襲われてひっくり返されていた

勿論タクシー乗り場は六島駅だけではないが、ここで問題が発生する

タクシーに乗って帰った場合のタクシー代である

電車で一時間かかるこの距離

一体乗車賃がいくら掛かるか・・・想像するだけで恐ろしい


信幸は絶望に淵にあった

絶対絶命である

ひょっとすると人生最大のピンチかも知れない

しかしまだ絶望するのは早い

信幸的にはまだ希望はある

それはバスの存在

もう今の時間帯は走っていないが、朝になればバスが運行しだす

それは起死回生の策だ

問題なのは出勤時間までに間に合うかどうかという点

それが重要である

正直仕事なんぞどうでも良いが、出ないと時給が貰えないのである

それは困るのだ

死活問題であり、家賃光熱費代を稼げないのであり賃貸を追い出されてネットカフェ難民まっしぐらである

一日の給料が貰えないのは低賃金労働者である信幸に取ってはそれ程までに重大な問題なのだ


「しかし、まてよ・・・と思う」


朝方までバスをただ待つだけというのはどうかと思った

それならば最終手段を使うのも有りかも知れない

その最終手段とは、その最後の手段とは・・・歩いて帰るだ


これならばタダである

疲れるがタダである

今から歩けば朝には帰れる筈だ、・・・疲れるが

そもそも交通機関が発達するまでは昔の人は大体が全て歩いていた

ならば少しばかり歩いても大丈夫だろう、・・・寒いし疲れるが・・・

途中で缶コーヒーをいくつか買って飲みながら帰ってもタクシー代に比べれば遥かに安い

そうだ、そうしよう!!

そう決意した信幸の頭上で何かが降りてきた

ごく小さな音、ごく小さな風


「何だ?」


見上げた信幸の目に街灯に照らされた空飛ぶ黒い飛行物体が目に入った


シュィィィィィーーー


ある程度の高さまで降りてきたソイツは丁度信幸の一つ上で静止する

そしてその飛行物体からあの女子高生の声が聞こえた


「見つけた!!、信幸、今こそ変身よ!!」


「・・・は?」


「スマホは?」


「あっと・・・」


信幸はポケットからスマホを取りだす

画面に少しヒビが!!

どうやらコンクリートの床に叩きつけられた時にヒビがいったようだ

しかし画面をタッチすると起動し画面が光った


「やった、壊れてない」


「信幸、変身をクリックよ!!」


「え?、変身?」


見ると変身のアイコンが光っている


「クリック?」


「そう、クリック」


「というか、その飛んでるの何?」


「ドローンよ」


「あ、それがそうなのか」


ドローン、映画等で観る事はある

だが実際に実物を見たのは今回が初めてだ


「いくぞ!!」


とりあえず信幸は『変身』アイコンをクリックした



➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



「変身!!」


『変身』アイコンをクリックした時に信幸は思わず言ってしまった

普通に考えればいい年をしたおっさんが言っても恥ずかしいだけの言葉である

しかも女子高生の前で

女子高生と言っても目の前にいるのはドローンだが


しかし恥ずかしがるのは一瞬であり、その一瞬後変化は訪れた


『変身モード起動!! 衛星OK!! 開始!!』


流れる音声、そして


『60・・70・・80・・90・・』


数字が次々と上がっていく

変身?へのカウントである


『100!!、衛星照射開始!!』


「衛星照射?」


何だか不穏な音声ガイドに信幸は眉を寄せた

しかしそう訝しんだ信幸の頭上に光の束が一気に降り注いだ


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


光の渦が信幸を襲う

何が何だか分からない信幸

最初に空から光がこちらに近づいてきて・・・

そして・・・


ビリビリビリっとした電気を触ったような痺れる感覚が信幸を襲う

痺れながらも状況を考えてみた

デジタル音声は『衛星照射』と言っていた


「これは人工衛星からの照射?」


空から落ちてきた光の正体、それはおそらく人工衛星からのレーザーだ

そういえば衛星からレーザーを出して地表を攻撃する軌道兵器はアニメや映画で観た事がある

という事は、現在信幸は攻撃を受けている事になる

という事はヤバいのである

しかし体が痺れて動きは取れないのであり、逃げれないのである


「死ぬ!!」


そう思った瞬間、光が消えた


「あれ?」


目を細めないと眩しすぎて開けていられない光と痺れが終わった

それと同時に信幸はある違和感を感じた

目の前が青いのである

周囲の景色は見えるしドローンも見えるのだが全てが青色である


「あれ?、あれ?」


さっきの光で目がおかしくなったのかと思い目に触れようとするが、その手前で指は何かに遮られて触れない


「何だこれ?」


信幸は慌てた、大いに慌てた、何が何でも慌てた


「どうなって・・・」


そこで自分の手が何かの手袋をはめている事に気づく

そもそも手袋などはめていない

ならばこの手袋は一体・・・

いや・・・手袋だけではない、全身がおかしい


信幸は手や腕を裏表交互に見比べてみた

今まで着ていた私服とは違う

手には黒い皮手袋のようなものをしている

手の甲には固いモノがガードしている

手の甲だけではなく腕にも固いガードがガッチリと腕に固定されている

胸にも脛にも同じ固い何かのガード物を着けている

そして腰部にはヒダヒダが垂れ下がっている


「あれ?・・・これって」


見た事のある形

そう、日本人なら必ず一度は見た事のある形の防具

信幸は目で見える範囲で自分の着ているモノをもう一度観察し結論に達した


「甲冑?」


そう、それは戦国武将が着ているような鎧と兜だ

手の甲にあるのは手甲

腕にあるのは籠手

胸や腹にあるのは胸板

足に着けてあるのは脛当

腰から下に垂れているのは草摺か


「え?、まさか・・・」


肩を見ると大袖

頭を触ると兜らしき感触

顔もまた何かのマスクをしているようでデコボコした固い感触が指に伝わる

目の部分は恐らく透明の何かで出来ているらしく、周囲は見渡せる

それは丁度バイクのフルフェイスを着けた感覚に似ていると言おうか、とにかくそんな感覚だ


「甲冑?」


今だ半信半疑な信幸にドローンは答えた


「正解よ、信幸」


「・・・え?、変身ってこれ?」


鏡がないので自分の姿を見る事はできないが、明らかに武将みたいな姿をしているのだろう事が容易に想像つく


「そう、それが変身よ」


「戦国武将?」


「謂わばそうな感じよ」


「・・・・・」


いやいやいやいや、これはない

いくら防具を身に着けているとは言っても、相手は銃やミサイルをぶっ放してくる戦闘ロボである

勝てる訳がない

勝てる見込みもなければ予想も出来ない、つまりは敗北必死であり敗走必死であり落ち武者狩りに遭うかもしれない時勢だ


「無理でしょ、これ」


信幸は素直に認めた、これでは勝てない事に

というか、どうやって変身したのかも分からない

レーザーをその身に受けたが、どこから甲冑が出てきたのか分からない

まさかレーザーを浴びる事によって甲冑が具現化され現れたとかいう荒唐無稽な話とかではあるまい

もっとこう現実的な・・・そう、もっとこう科学的に説明出来るようなモノでなければ信幸は信じない

と言うか例え説明されたとしても信じない、甲冑を着ただけでロボットと戦えるとかの話は


「どういう事?」


状況が意味不明な今、率直に聞いた方が手っとり早い


「変身よ」


「いや・・・変身したらしい事・・・というか・・・」


信幸はそこで詰まる

信幸的には甲冑を着ただけで変身というのなら戦国武将は全て変身出来た事になるし、全て戦闘ロボと戦える理屈になってしまう

そんな訳はない


「いや・・・えっと・・・」


これで戦えと?・・・という言葉を飲み込む

それは女子高生の無茶ぶりに呆れたからだ

呆れただけならまだしも、信幸的には急速に気持ちが萎えた


「これで戦えって、無理だろ?」


とうとう本当の事を言ってしまった

しかし女子高生は余裕で返してきた


「最新のテクノロジーで開発されたモノよ、拳銃の弾程度じゃ傷もつかないわ」


「へぇ~」


そうは言っても撃ちだされた拳銃の威力がどんなモノか具体的には分かっていない信幸

ただ映画などでは弾丸を弾く強固なボディのロボットとかアンドロイドとかが登場したりする

多分あんな感じなんだろう・・・と想像してみる


「つまり結構な防御力って事だね、防弾チョッキみたいな感じ?」


「超合金みたいな感じよ」


その言葉に信幸は一気に不安になった


「さ、ステータスウインドゥを開けて」


「スティータスウインドゥ?」


「画面右下にある『・』を広げて」


「どうやって?」


「目でダブルクリックよ」


「は?」


「目の感覚でクリックすれば開くわ」


「目の感覚???」


「『・』に集中して念じてみて」


「ん~~~、開けゴマ!!」


余りに古典的なセリフだが、それでステータスウインドゥは本当に開いた


「これは・・・」


ステータスウインドゥには何やらゴチャゴチャとした文字と項目が並んでいた

マシン音痴の信幸にはチンプンカンプンだ


「自動(オート)機能を起動させて」


「自動(オート)機能?」


「左下から12の場所に自動(オート)があるでしょ?」


「え~と、ちょっと待てよ・・・左下左下・・・12・・・ああ、あった」


「クリックでONにして」


「え~と、ON・・・」


信幸は眼力でOFFになっている自動アイコンをONにした


途端に全てのゴチャゴチャした項目が消え、視界も青からクリアに変わる

そして自分の耳に囁くような女の子の音声が聞こえた


「信幸様、自動機能をONにして頂きありがとうございます

私はパーソナルアシスタントのユキと申します

これより信幸様に代わってスーツの複雑な情報処理を一手に引き受けますのでご指示を下さいませ」


また変なのが出てきた・・・と思う信幸


画面上にはそれまで表示されていた文字の羅列は消え、代わりに3Dアニメの女の子が手や体を動かしながら話をしている

多分これがユキなんだろう

やや茶のかかったミディアムの髪、ボリュームマウンテンパーカーをチックネックスウェットの上に着て黒のボンチフレアスカートを着た大学生っぽいキャラ

声は癒し系の声優声で、その声にやや信幸の緊張感は薄れた


「ユキの指示に従って」


女子高生の声に信幸は頷いた


「それでは信幸様、これから六島駅に戻りW-118型を倒しに行きます

御準備は宜しいですね?」


準備も覚悟もそもそもないが、取りあえずこのユキがいれば戦いも何とかなりそうな気がする

あくまで気がするだけだが


「わかった。じゃあ行く」


「畏まりました」


画面上に表示されているユキがニッコリほほ笑み、その掌にブーツのアイコンを出した



➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖




『ブーツ』のアイコンを差し出したユキに信幸は『?』である


「信幸様、クリックをお願いします」


「え?、ああ!!」


目力で『ブーツ』にアイコンをクリックする

正直どんな技術が使われているのか定かではないが、ただ目を集中させるだけで画面上のアイコンをクリック出来る技術に信幸は感動する

もはやおっさんが想像出来る領域を超えているのであり、付いていけない感覚がヒシヒシと押し寄せてくる

しかしここで諦めてはおっさんの名が廃るというモノである

意味不明だが、まだ何とかなりそうな気配はする


『ブーツスピードモードON、レベル3 OK!!』


電子音でそう鳴る


「ブーツ?」


見ると確かに先程までの履いていたもモノとは違う履き物を履いている…ような気がする


「いつの間にか別の履いてる!!」


「いえ、信幸様、最初からです」


「え?、あっそ・・・」


甲冑に気を取られて気づいていなかっただけで甲懸も最初から履いていたらしい


「で、これはどうするんだ?」


「普通に走って下さい」


「え?、普通に走るの?」


「はい、普通に走って下さい、ただし速度は結構速いのでその点はお気を付け下さい」


「速度が速い?」


首を捻りそうになる信幸

しかしまた走るのか・・・というゲンナリとした気分になる

さっき全力疾走して息が切れ苦しんだばかりだというのに・・・


「それじゃ行くよ」


ドローンに言う信幸


「了解!!」


女子高生の声が響く

まったくどこから操作しているんだか


そしてタッと走り出す信幸、目的地は先程までいた六島駅だ


「え?、うわわわっわっ!!」


そう叫びそうになるほど走る速度が速い

足がまるで高速回転しているかのようにバタバタ動く


「何だこれ!?」


「現在時速30キロです」


「は?」


ユキの言葉に信幸は唸る


「どうなってんの?」


「パワードスーツの進化系技術です」


「は?、パワードスーツ?」


そんな名称のモノは聞いた事があるが、如何せん乏しい信幸の知識ではされ以上は考えられない


「そ・・・そうか」


「はい、そうでございます」


その会話と同時にチラリと信幸は後上を見る

ドローンはちゃんと付いてきている

更に速度を上げる

しかし付いてきている

中々に優秀だ、というかドローンはどのぐらいの速度まで出せるのか気になった


「あと一分程で到着です」


「はや!!」


10分以上必死こいて走って逃げた信幸を嘲笑うかのようにあっさりと元居た場所に何ら疲れる事無く辿りつける技術

もはやおっさんの理解を超えている・・・訳でもない

速度的には原付バイクと大して変わらない


「着きます!!」


言われるまでもなく信幸の視界にはブリキロボットが入る

周囲はほぼ壊滅、人々は地面に倒れている


ザシャアァァ


コンクリートの路面を滑りながら踏ん張り勢いを削いで止まる

結構な速度で走っていて、いきなりは止まれない

いや、もっと早くに減速すればよかったのだがそれだけの余裕が今の信幸にはない


ガシュン!!


横を向いていたブリキロボットはこちらを認識し、此方の方を向いた

正面切って対峙した形だ


「で、どうするんだ?」


タタタタタタ!!!!


そうユキに聞いた信幸にお構いなしに指から弾を連射してくるロボ


「うわ!!!!」


避ける間も無く銃でハチの巣にされる


キンキンキンキンキンキン!!!!


乾いた金属音と共に、信幸の着ている甲冑が銃を弾く


「あれ?」


撃たれている感触はあるが、全て甲冑の表面に当たり跳ね返している


「撃たれているが・・・平気だ!!」


『平気である』、それが信幸に冷静さと余裕を持たせた


「で、ユキさん、攻撃はどうするの?」


「信幸様、ユキで構いませんよ?」


「いや、今はそんな事言って・・・」


画面上のユキが刀のアイコンを出した


「え・・・まさか・・・」


「はい、刀(カタナ)です」


「それでぶった斬ると?」


「はい」


このスーツやブーツの性能を実際に体験した信幸はこの刀も何かとてつもない威力を持つ武器なのだろうと推測した

そう、ブリキロボの金属の体も斬れる程の性能を持った刀であると

ここまで来たら信用するしかない


「クリック!!」


『カタナモードON、レベル3 OK!!』


その電子音声と共に腰の辺りにズシンとした重みを感じた


「何だ?」


見ると刀を差している


「うお?」


信幸は思わず叫んだ


「まさか、カタナ!!」


「はい、カタナでございます、信幸様」


そもそも信幸はカタナなんぞ差した事も無い

まぁ、刀など現代人の殆どが差した事はないだろうが


「カタナーー!!」


喜ぶ信幸だったが、ユキが叫ぶ


「左へ飛んで下さい!!」


その言葉と同時に信幸はブリキロボを見て、左方向に飛んだ


ヒュン・・・・・・ボゴオォォォォォンンンン!!!!


飛んできたミサイルを交わし、左方向に飛んだ信幸はアスファルトの路面にスライディングをぶちかました

とは言え甲冑を着ているお陰で痛くも痒くもないが


「くそ!!」


起き上がった信幸はロボを見る


ギギ・・ギギ・・ギギ・・


両手を上げ、ギギギギ言っている


「怒ってるポーズか?、怒りたいのはこっちだ!!」


カチャン!!


カタナの柄を握り、そしてシュラアァァァン・・・と鞘からカタナを引き抜く

やってみると意外と簡単である

チャキン!!

カタナを両手で持ち、目の前にかざす

剣道など微塵もやっていない信幸はまさしくド素人である

だから持ち方も構え方も出鱈目だ


「本当に斬れるのか?」


「はい、狙うなら胴体のお腹辺りを横一文字に斬って下さい、一撃で倒せます」


「お腹を横一文字・・・難しいな」


「御心配には及びません、信幸様が接近されて横にカタナをお振いになれば補正モードが働きますので」


「なるほど!!」


そう言うと信幸は一か八かで疾走する

正直精神的にも肉体的にも疲れた為にさっさと終わらせたい、何より眠い


時速60キロ近くの速度で急接近した信幸はカタナを横に振う


カシュウゥゥゥゥンンン!!!!


固い何かを斬った感触が手や腕に伝わった


ズザァァァァァ!!!!


そのまま通り過ぎ、コンクリートの床にブーツを擦りつけ止まった


「・・・・・」


手ごたえはあった・・・筈だがどうか・・・


信幸はブリキロボを見る


バチ!! バチバチ!! バチチチ!!


何やら電気がブリキロボの体をスパークする


バチチチチ・・・チ・・・!!!!


カタナで斬り付けた箇所に一本の筋が現れ、そのままその筋から上半身がグラリと下半身と分離し斬れ落ちた

ガシャアアアン!!!!


「・・・・・」


それを見た信幸はユキに尋ねる


「倒した?」


「はい、倒しました」


「え?、マジ?」


「はい、マジです」


それを聞いた信幸はホッとする


「いえ、お待ち下さい」


「え?」


「信幸様、急いでここからお離れ下さい、ロボが爆発します」


「は?」


爆発と聞いて信幸は慌てて駅前から離れる



背後から大爆発の光と爆発音が轟く

しかしその音に信幸は耳を塞ぐ事はなかった


『外部からの音遮断モードON、レベル3 OK!!』


爆発時の音響にユキが自動(オート)で対応したからだ

基本的には本人対応による切り替えが主だが、本人の対応が間に合わない場合や本人が対応出来ない時はユキが代わりにモード切り替えが出来る

しかしこれはあくまで補助的な役割であり、メインは操作している信幸に委ねられる


「何だ。あの爆発?」


「おそらくは破壊された時に爆発するようにプログラムされていると思われます」


「何の為に?」


「目的遂行による周囲の殲滅及び破壊した者を道連れにするのが目的と思われます」


「・・・・・」


駅前には生存者らしき人はいなかったと思われるが、もしかしたらまだ生きている人もいたかも知れない

しかしあの爆発ではその希望も残されていないだろう


「酷い戦いだな・・・」


信幸はその場にへたりこんだ

極度の疲れから考える事も困難になっている


「信幸、誘導するから付いてきて」


いつの間にか現れたドローン


「ああ・・・」


その女子高生の声に従ってトボトボと歩き出す信幸

少しして国道に出た

そしてそこには一台の車が停車していた


「これに乗って」


ドローンから出る女子高生の声と共に車の後部座席側のドアが自動で開く


「え・・・と」


「家まで送るわ」


「ああ・・・」


それ以上は何も言わず後部座席に乗り込み、倒れこんだ


「運転手が・・・いない?」


最後に見たのは運転手のいない運転席

自動で閉まるドア

確か自動運転の車が開発されていた筈だが…


そこまでは覚えている

しかしそこで信幸は力尽きて眠りに入った

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