第30話 イスマイルの痛み
神殺しの海、クヴァレ城内の回廊、ロワとキフェが横に並び歩く。ロワだけがお喋りをして、聞き手に回るキフェが急に立ち止まる。
「おにいちゃ~ん?」
言葉をかけるロワを無視して足早に回廊を歩く。
「ちょっとちょっと!オレ様の話聞いてた?」
「聞いていた、それよりもレヴィアタンはどこにいる」
「えっ?レヴィ兄?レヴィ兄ならあっちに忍ばせた工作員と情報交換中だけど?」
「取り次げ」
「!なんでなんで…てか、おにいちゃん怒ってない?あっ、まさかイレミア姉ちゃん出したこと怒ってんの?」
冗談で言うと、キルケが一瞬止まってロワを睨む。そしてすぐに歩き出す。
(……え〜?マジかよ、イレミア姉ちゃん傷なんてつけて帰ってこないでよ、おにいちゃん恐いんだから…)
「そう、仕事があるの…妾もあるのよ」
「…」
「
始めに仕掛けたのはカトレアからだ。
「樹木よ、樹霜となり妾に力を宿せ」
イレミアが操る樹木に霜が降りて、神経までを凍らせて操作感を鈍らせる。
「
地表を貫く氷河がイレミアを射止める。その氷河がひび割れたかと思うと拡散して、凝視しなければ分からない細い張りが無数に追い討ちをかける。それはイレミアに当たる寸前で光を放ち跡形もなく消えた。その不可解な現象を目の当たりにしたカトレアだが、同じ魔法で相手取る。渋い顔をして観戦しているノーヴァはうずうずしている。
(イレミアに対して
「!」
凍っていた樹木の氷が割れ、その樹木は黒く変色し、金色の蔦が絡まっている。刹那に気後れしただけでカトレアの魔法が打ち消された。逃げる暇もなく黒い樹、黒樹がカトレアに向けられる。動揺することなく冷静に防御魔法を展開する。
(増幅している、こちらも防御魔法を強化しなければならない……ああ、そういうこと)
攻撃の主導権がイレミアに移行する。想定内のことにノーヴァは、その後の展開を心配し始める。
(カトレアの才’黒樹’は樹をぶつけるだけの質量攻撃、だが外界から受ける衝撃が大きければ大きいほど質量攻撃の威力に拍車がかかる…)
(ということですわね、攻と守…どちらも具わった隙の無い元祖、確かに手が焼ける相手…だけれども弱点があるわ)
その僅かな時間でカトレアが能力を見抜き、対策を立てる。それはノーヴァが悪手と感想を述べた、単純な手数による’黒樹’と同様の質量攻撃だった。
「これが優艶な魔法使いとしての魔法?見目は綺麗だけれど、その手法は賊のように荒々しい…魔塔主はあなたにどんな教育をしたのかしら?」
「妾
約500年前の魔塔内でのとある出来事、
「
「未熟だと、言いたいのか…」
「それは師範が常常理解しているのではありませんか? 妾は魔法使いとしての任は応えられても、
真剣な眼で見つめられてウェルテクスは観念する。願いが叶ったことにカトレアは緊張の糸が切れ、安堵する。
「もう1つ、アドバイスを頂いても?」
「……
「フフフ、それを分かっていて弟子にして下さったのではありませんか…御言葉に甘えて、格上相手にどう戦えば宜しいでしょうか?」
予想していなかった質問にウェルテクスは熟考する。そして静かに問う。
「お前は2つ名に忠実にいるタイプか?」
カトレアは何も発することなく、動作をするでもなく、ただただ無言で返事をする。
「お前は優艶だと思っているか?」
これにも無言で否定をする。そうか…と相槌を打ってアドバイスを導き出す。
「いつでも優艶な
無言であるのは変わらないが、瞳孔が開く。
「2つ名というのは客観的に他者が捉えたもう1人の
「……」
「いつも優艶にいる奴が賊のような荒々しいことをする未来が誰に予知できようか?」
「
視界が黒くなる、否、大気中の空気が黒く濁っているのだ。それはカトレアが大気を汚染したからだ。その大気を吸ったノーヴァとイレミアは咳き込む。しかも、淀みきった大気の中心に近いイレミアは吐血した。
(自然系の魔法だからこそ自然を愛し保護する者だと思っていたが…まさか自然を自らの手で汚すなど、優雅さとはかけ離れている!)
「なにが最も優艶な魔法使いかしら⁉」
「師範は横暴な態度を取る者は周囲から横暴のレッテルが貼られ敬遠されること、優雅な所作の者は優雅であるとレッテルを貼られ周囲から優しさと言う
「(今は時間稼ぎを…)」
口を手で覆い、血が流れないようにする。体内を中和させて、汚染された大気を正常に戻していく。
「妾は師範に潜在意識を利用した術を伝授されて以降、512年間優雅な妾を演じていた…其程までに妾自身も驚いているのよ…クヴァレを滅ぼすための!執着心にっ!」
カトレアが杖を高く高く天井に向ける。
「古代魔法は大地の力を操る魔法、古代魔法は言葉に魔力を乗せること…その言葉にかける思いが大きいほど魔法としての存在意義が増す魔法なのです」
カトレアが
「’中和’は外界からの衝撃だけでなく、内部の異常も中和させ無効化することができるようですわね…だけれど、内部と外界、同時に中和させることは不可能なのですわね…見たところ内部は中和が完全ではないのですね、では此方…もう一度受け止めて下さい」
強風ではなく竜巻が起こり、その中には粒子状の刃が舞っている。その総数は先程よりも多く、刃同士がぶつかりあい、刃を研ぎ澄まさらる。
(完全に隙をつかれたな、俺もカトレアがこんな手法を取るとは思っていなかった…潜在意識が彼女の
「
エメラルドグリーンに輝く翅の蝶を象る刃、カトレアが杖を振り下ろすと、蝶も羽ばたきながらイレミアに降下する。と思った矢先、イレミアの頭上にいた蝶はキルケと実経が落ちていった穴の上に投下したのだ。
「…新手か?」
魔法の蝶の威力は絶大で、イレミアが覆っていた樹木よりも大きく開けた穴を3人が見る。カトレアも警戒し、ノーヴァは刀を手に取り、樹木を斬る構えに入る。
「カトレア!」
「!実経?」
穴から勢いよく出てきたのは実経だった。カトレアは静かに驚き杖を下ろす。
「蝶が移動したのはあなたの時空魔法ね、せっかく!!」
「それどころじゃねえ!兄貴!イレミア持ってくれ!」
「……なにを、言ってるの?」
実経がノーヴァに指示を出した内容を聞いてカトレアは憤りを覚える。しかし、実経の態度は切羽詰まっていた。ノーヴァはイレミアをお姫様抱っこして、カトレアを実経が抱き抱える。
「実経、説明をしなさい」
「お前らドレスじゃ逃げれねえだろ、話は後だ後!とりあえず安全なところ…」
実経の言葉を遮ってキルケも遅れて穴から出てきた。空中に投げ飛ばされているなかでも魔法を展開して応戦している。高速で移動する女がキルケを殴る。
「キルケを1発で…」
「もう来やがったか」
「…あらら、確かに逃げが最善ね…下りましょうか」
キルケが視界から外れたことで標的が移る。イレミアが黒樹に中和を施して外界からの攻撃に備える。女が2人に急接近して一太刀する。
「嘘っ……」
「いいや、十分だ!」
たったの一振で黒樹を斬られてしまったが、ノーヴァが片手でイレミアを抱き直し、もう片方で刀を振り、注意のそれていたキルケが女の神経を魔法で操る。よろめいた隙に足蹴りして後退させる。
「すまん!先に行かせてもらう!」
ノーヴァ達は急いで下の階に逃げていった。
「あんにゃろ~、完全に兄貴と逃げる気だったな…」
「利用されたわね、穴がもうダメということは…階段しか逃げれないの、」
逃げる算段を合わせていた2人に躊躇なく斬撃が飛んでくる。
「根よ、地を離れる者を結びつけよ」
女の足を根で拘束した。拘束が解ける前に逃げる。女は自身の足を除いた周囲だけを斬り分け剱を投げた。それは進行方向を向いていた2人の視界に現れる。横を振り向くと、蹴りの構えを取っている女が滞空しているのが目に入る。
(魔法が、間に合わない……)
(避けらんねぇ!)
2人が死んだと覚悟していると、
「お前が余の弟子を殺すなどあってはならぬことだ」
女の足を掴んだウェルテクスが突如2人の目の前に現れる。女が投げた剱を手に持ったことを視認すると、女が一太刀するよりも断然速く魔法を展開し壁を10枚越えるまで吹き飛ばす。2人はウェルテクスを見て挨拶をする。
「相変わらず魔法上手いな、いや…」
「加勢感謝いたしますわ、師範…いいえ、」
2人は声を合わせて、
「「御機嫌麗しゅう、
倒れたタチアオイの喉元に当てられたダガーをすんでのところで止める木聯は鬼の形相でベルゼブブを睨む。
「…聖女をこのまま殺させてくれたら見逃してあげるって言ってるのに~」
ルキフグスが追い打ちをかけようとするが、アロエが阻止する。
「君たちの狙いを聞いてたらそんなことさせたくないよ」
「ほんまや、せやからさっさと…うちの妹から離れぇや」
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