第24話 星夜一縷の痛み

「今、なんと仰いましたか」

暫しの沈黙が生まれ、明らかに怪訝な顔をするゲニウスは扇子を広げて片目だけが見えるように顔を隠す。

「哀れだと言ったんだ」

「おやおや、それは我々にどういう謂われがあるのでしょう…」

「お前達がクヴァレに進攻せず、この600年余りだらだらと待ち続けている理由…それはクヴァレのある神殺しの海は神皇の統括地だからだ」

ノーヴァの言葉にゲニウスは眉をひそめるが、話そうとはしない。

「ここにいるお前達を始めとして、俺が会ってきた奴らも神皇に対して絶対なる信頼を持っている…そして、誰もが神皇が復活したその時は神殺しの海に現れ、風神の如く戦場を駆け巡り、雷神の如く敵を切り裂く鬼神となると……だからこそ、神皇彼女の居場所を自らの手で壊さない…哀れだな、セア神皇が1度否定した場に留まることをしないと見抜くのに、どれだけの時間と贖罪を使ったのか…それがお前達の間違いだ」

ふぅと溜め息をつくゲニウス、重い空気が纏わりつく。それを打ち破ったのは、

「じゃあなに? 地上宇宙バースにおいてセアの居場所は神殺しの海あそこしかないっていうの?」

「ああ、お前達がそうした」

「「「「「!!!」」」」」

フォーセリアの問いに間髪入れずに返す。その言葉はフォーセリアだけでなく、みなに響いたのだろう、今まで不機嫌に聞いていたウェルテクスでさえ後味悪そうな態度をして、目をそらす。

「俺は今神皇の復活に力を注いでいるわけだが、竜族お前の力は必要ない」

ノーヴァが竜族の長たるゲニウスに言い放つ。四君子は静かに見守っているが、心配そうな顔をする。

「お前達が元祖を信用しないように、俺も守護者お前達を信用しない! それと、」

ノーヴァはゲニウスに近づき、ぐっと肩を掴み、耳元で囁く。

啊哈哈哈哈哈哈あっははははは!!」

急に大きく口を開け高笑いするゲニウスに四君子は驚くが、ノーヴァは静かに見つめる。

「私にそれを言うなんて、流石は元祖を育て上げた方ですね…良いでしょう、竜族はあなたの助力はしないということで…もしセアの復活が叶わぬのなら、全ての責任を費やすためあなたの弟妹を処刑致します」

目尻を上げてゲニウスが言い放つと、扉が独りでに開いた。

「失せろ」

ウェルテクスがそれだけを言って顔を見せようとはしない。この会議で一言も喋らず見ていたイニティウムがノーヴァに近づいて耳打ちする。

四君子お前達ついてきなさい」

イニティウムがそう言うと、四君子とノーヴァがイニティウムについていき部屋を出た。会議室に残った三傑であるゲニウス、ウェルテクス、フォーセリアは互いに殺気を放つことなく、静かに話し始める。

「ノーヴァのあの後ろ姿…セアに似てるね」

「正気か、貴様」

フォーセリアの言葉にウェルテクスが直ぐ様ツッコミ否定する。しかし、フォーセリアは噴水の回りの小さな庭に剱のごとく気高く咲いているグラジオラス•グリーンアイルが目に留まる。


剱を持ちて、共に戦場へと向かうセアはどんな花の美しさや気高さや、どんな宝石の輝きでも表すことの出来ない…容貌魁偉ようぼうかいいを体現していた

誰もがセアの背中を追っていた、それは俺も


「そうですねぇ、確かにあれは昔のことを思い出しますよ…」

ゲニウスが話すとフォーセリアは過去の思い出に更けていた頭から覚醒する。

「ですが、折角ライバルを消し去る機会が巡ってきたというのに…」

「四君子は止めてきたが、そののちは喜んでいたであろう…だが、あのノーヴァ元祖がいる手前否定せざるを得ぬ状況というわけか……なんとも薄情な!」

「一番の邪魔は君たちの叔父上だろ」

「……」

「いやですね、私たちを育ててくださった方にそんな失礼なことを抱くわけないではありませんか」

「今間があったぞ、で、ノーヴァは何て?」

ゲニウスはこてんと首をかしげて、

「セアの力を封じたのは三傑お前達だと…」



「えっ⁉ セアの力を封印したのが三傑あれ⁉」

プロエレの宇宙戦艦に乗り、これまでの経緯を説明したノーヴァの言葉にライラは目を見開いて驚く。

「推測だったが、三傑の反応を見る限り間違いはない」

「でもなあ、封印しても解かなきゃ意味ねぇだろ」

「それ三傑はわかっているのかい?」

は三傑の判断は賢明だと思うがな」

オベロンがそう言うとイニティウムが一瞥して続けなさいと促す。

「姐殿の力は誰の目から見ても凄まじかった、群を抜いていた権能は対処の仕様がない…しかし、それは次の人生に必ずしも現れるわけではない…輪廻転生、魂の本質は同じだが肉体は換わる故…姐殿の新たな肉体が姐殿自身の権能に耐えきれるかという」

「まあ、確かに…夜の一族と原初一族でも権能を持っている者は極僅か、それだけでも抑止力としての機能は十分すぎる程あるし……あっ、でもセアって権能使わなくても強かったわ」

「それを加味しても繋縛の水晶があることによって姐さんの存在がクヴァレの行動を牽制してるってことだよね…よくできてるよね」

「何をバカなことを言っているんですか、それは建前でしょう、そんなことで原初一族私たちの長を奪われて堪るものですか!」

不遜な笑みでイニティウムが言うので、これも私情が絡んでいるとノーヴァは踏んだ。はあとため息をつき、

「お前達、もしもだが…神皇が裏切ったらどうする?…」

神妙な面持ちのノーヴァに対して、顔を見合わせて声を上げて失笑する。

「姐さんが? んなのねえって! 不撓不屈の大英雄が誰かに従うわけねえーな!」

「それは誠に面白い、が、の頭脳ではそのシュミレーションは不可能だ」

四君子ボク達どころか三傑あいつらの誘いも振り切った人だからね、クヴァレなんかの処にはいかないよ」

「クリスを選んだのは癪ですが長の意思は尊重するつもりです、しかし長が私達の期待を裏切るような行為はありません!」

「うーん、でも…もし裏切るようなら、立場を解らせるかしら」

「あーん? ライラ、具体的にはどうする気だい?」

「そうねぇ、とりあえず軟禁?」

「そんな簡単なもんじゃ姐さん逃げちまうぜ…姐さんの長所は制御できねえってことだからよぉ、やっぱ広範囲で監視の目おいときゃ良いだろ」

「姐さんの監視なんて骨が折れるよ? 、仮にそうだとしたらボクと一緒に沈んでもらうかな?」

「妖精にする」

裏切りを断固として否定し、セアへの並々ならぬ執着を垣間見えてノーヴァは諦観せざるを得ない。

(復活やめようかな…)

「今更止やめるだなんて通用しませんからね、ノーヴァ」

イニティウムが手を組み、台に寄りかかりながら話す。その瞳は冷ややかであるが同情の痛みを感じる。

「イニティウム…お前は元祖の中でも狂喜を恐怖として制御して抑え込んでいた筈だが、三傑には敵わんのか?」

「…敵わない、確かにそうですね、悔しいですけど…1人ならまだしも3人を相手にするのは原初一族私たちでも無理ですね」

「原初一族でさえもか?」

「ジャンルとか多種多様さを考慮すれば断然原初一族こちら側が勝っています…ですが、規模と専門性の高さで言えば三傑あちら側が上でしょうね……それにあれの執念さはヘラ神を遥かに凌駕する位不愉快極まりないこと!…」

イニティウムが悔しそうにして、私の長をと独り言を呟いていると四君子もわかるわかる、と首を縦に振る。

「三傑に魅入られたら鵜の目鷹の目だ、従前において三傑は敵を滅殺することだけを任務とし、力を蓄えていた…しかし、姐殿と出逢ってからその力は姐殿にも向けられている…それも手ずからで、」

「…成る程、どちらも手のつけようがないか」

「まったくだよ、ボク達は上流の灘響だんきょうを聴いてそこから流れ下る大海の云為うんいあげつらうことしかできないよ」

守護者ガルディが弱音を吐くんじゃないよ、あんたらの仕事はその灘響だんきょうとやらを聴かせないことだろうが!」

おもいっきり舵をきりながらプロエレが苦言を呈する。荒々しい運転に体が動く。

「ええ、プロエレ、灘響を聴かせることができます…誰にとっても夢見心地の、そんな調べ……長の復活に助力しましょう」

「!いいのか⁉」

ノーヴァの意外そうな顔にイニティウムは微笑し、プロエレに視線を移す。

「長不在の原初一族の権限はNO,2である私にあります、故、問題は御座いません…その代わり、必ず長を復活させてもらいますからね♡」

ニヒルな笑みのイニティウムに魔性さを覚えるが、これ以上に無い申し立てにノーヴァはしてやったりと内心大喜びする。

「…それで姉貴、兄貴をどこに向かわす気だ?」

イニティウムがぐでーんと楽な姿勢をしていたバイラールに近づき足蹴にしてピシャリと座らせる。そして、ニヤリとほくそ笑んで、

「魔法の海、地上宇宙バース永劫最難関の迷宮へ」




(…綺麗だな、ここ)

天井が高い、白皙の柱やら壁、花壇や柱の蔓も手入れされているのだろうか、綺麗だ。窓からは旭日の光が射し込んでポカポカと暖かい陽気に部屋が包まれている。八星の柄の床、太陽の光、その部屋の真ん中にある椅子にアストラは座っている。拘束されているわけではない状況に混乱しているが、なぜだろうか、ここには己を貶める危害を感じられない。

(プトレマイオスでステラの才と権能を使った記憶から飛んでいる、あれが”星”の元祖の才”黄道”か…その才が私の権能に影響しているのか、恐ろしい)

「いや、ありがとうと言うべきか…」

アストラの口角が珍しく上がる。肘掛けに手を置いて立ち上がる。部屋の外、扉の方からひどい足音がしたので、アストラは止まる。

(敵か?)

アストラはすうと目を細めて臨戦態勢に入る。バンッッ!!

「アストラっ!!!」

扉を大きく開き、開口一番にアストラの名前を口にする者。銀と紫、青の波打つ髪と青のリボンをまとわせる者、純白の翼を持つ天使が目頭にうっすらと涙を出してアストラに近づいてくる。アストラが手を出して睨む。

「そうですわね、突然のことで申し訳ありません…」

そう言って天使はその場で立ち止まり、優雅なカーテシーをして挨拶をする。

「私は七大天使が1よく、ガブリエルでこざいます…ステラとの盟約を果たしに参りました」

「ステラの?」

ガブリエルと名乗る天使は体を起こしてアストラに笑顔を向ける。その笑顔には悲しみが込められている。不審がっているアストラの手を引いて部屋を出る。

「神殿…」

アストラは手を引かれたまま歩いて辺りを見る。先程の部屋と対して変わったデザインはないが見たことのある景色にアストラは口走った。

「なあ、ここは地上宇宙バースなのか?」

ガブリエルは問いかけに止まって指を指す。そこに映っている光景はこの世のすべての色を集めた、それが折り合っている、まさに神秘…

「ここは神々の住まう領域天界宇宙ゴットバース、貴方たち人類が天界と呼ぶ場所です」

「………天界、! ならヴァイスも⁉」

「いえ、天界宇宙ゴットバースは神々の居住区…死した人間は違う場所宇宙に向かいます」

「それは死の溜り場デスポピーか?」

アストラの鋭い質問にガブリエルは目を反らしてまた歩き出す。

「申し訳ないですが、それはわたくしの主人であるセア様に口止めされております…あなたの処遇についてもセア様がお決めになられました」

(姐殿が…あのヒトも大概隠し事の多いヒトだった、が、まさか天界宇宙ゴットバースにまで関係を持っているのか? 目的は…)

「ステラの盟約願いであなたの権能に宿る”黄道”が覚醒しないよう目を見張っていたつもりでしたが、やはりステラの子…期待予想を越えてくる…此方には来てほしくなかった」

ガブリエルは今までの雰囲気とは打って変わる邪気のような禍々しい気配がする扉の前に来て手をかざす。強力な結界が解け、重々しい扉が開く。

「宇宙の禁忌の1つ、超空洞とよばれるヴォイドを知っていますか?」

ガブリエルが牢獄のような場所を真っ直ぐ突っ切り、階段を下る。

「物質の存在しない空間、そこは今まであった歴史の記憶もない…そこに生まれた人、それから紡がれる歴史と思い…全てを無に帰す、神と人類に共通する盟約神姫の黙示録の第一級禁忌ヴォイドの生成を禁ずる」

「それはそれは随分なものだな、私はそれを償わなければならないのか」

アストラはケロッとしているが、その刑罰をガブリエルは言い淀んでいる。階段を全て下りきって重たい格子を開ける。アストラを中に入れ、鎖で繋ぐ。

「いろいろ聞きたいことがあるんだが、何故人間である姐殿が私の判決を決め天使オマエ達は従っているのか…ステラとの盟約はなんだ?…そして、七洋とはなんだ!」

ガチャン!!

格子に鍵がかけられる。ガブリエルは苦しい顔をしてアストラを見る。

「私の口からはなんとも言えません…」

「……では、七洋は紅帝族私たちの味方か敵か!」

「七洋はこの宇宙に現存する神、もし私の主人が違えば味方であったでしょう…」

ガブリエルはそれだけを言い残し静かにその場を立ち去った。アストラは溜め息をついて床に座り込む。

「んっフフフ!!久しぶりの新入りは可愛い子ちゃんだね」

アストラの向かいの牢獄から声がする。

「そんな辛気臭い顔しないで~、どうせ此処にはオレ様と君だけなんだからさ! 仲良くしよっ!」

「生憎、そんな悠長なことを言っている暇はない」

「脱獄とか無理だよーん、オレ様も試みたけど上にはセアがいる」

(こいつ、姐殿のことを知っているのか?しかし、ここにいるということは神姫の黙示録を犯したという…何者だ、)

「オレ様は歴史から消された哲学者様だ、君のことも知ってるよ…アストラ•スパティウム」

「消された…誰に」

「君たちがこいねがうセア•アぺイロン、にさ」

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