港町事件簿 探偵事務所編 王将の死角

@minatomachi

第1話

静寂が支配する門司港の歴史的なホテルの一室。ここでは、将棋界で最も権威のある名人戦の第二局目が行われようとしていた。対局室には、名人の藤崎恭一と挑戦者の松本一郎が向かい合って座っている。藤崎は淡々とした表情で盤を見つめ、松本はその鋭い目つきで藤崎を見据えている。


観客席は限られており、記者や関係者たちが静かに見守っている。盤上の駒が整然と並び、その一つ一つがまるで生きているかのように静かな緊張感を漂わせていた。藤崎はゆっくりと駒を手に取り、慎重に一手を指した。その動きは正確で、無駄がなかった。


「よろしくお願いします。」


対局が始まる前の一言が、部屋の静寂をさらに深める。藤崎と松本の間には、言葉には表せない重厚な空気が流れていた。二人の過去の因縁が、この一戦にすべてをかけているように感じられた。


対局が進む中、藤崎の手は迷いなく駒を動かしていた。彼の目は盤面を読み尽くし、次の一手を常に数手先まで見据えていた。しかし、その冷静な外見の裏側には、別の計算が働いていた。


藤崎は持ち駒を駒台に置くふりをして、袖に隠し持っていた小瓶から微量の毒を特定の駒にすりつけた。この動作はわずか一瞬であり、誰も気づくことはなかった。藤崎の顔には微かな笑みが浮かんでいたが、その目は冷たいままだった。


松本は何も気づかず、藤崎の次の手を警戒していた。対局が続く中で、松本はその駒を手に取り、再び盤面に集中した。毒は徐々に松本の体に回り始めていた。


対局が終了し、結果は藤崎の勝利で終わった。松本は敗北を噛みしめながら、疲れ切った体を控室の椅子に沈めた。対局中の緊張感から解放され、疲労が一気に襲ってくる。


控室には静寂が戻り、松本は一息つこうとしたが、突然胸の中に激しい痛みが走り、息が詰まるような感覚に襲われた。松本は苦しみながら手を伸ばし、何かを訴えようとしたが、その手は無力に落ち、彼の体は椅子からずり落ちるように床に倒れ込んだ。


控室の外で待機していたスタッフが異変に気づき、急いで部屋に駆け込んだ。だが、そこにはすでに息を引き取った松本の姿があった。彼の顔には苦痛の表情が浮かび、その手には毒が仕込まれた駒がまだ握られていた。


ホテルは一瞬にして騒然となり、名人戦の華やかな舞台が一転、悲劇の現場へと変わり果てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る