第2話:救出

「誰か――誰か助けて!」


 下層から中層に差し掛かった時に聞こえたその声。

 急いでその場に向かえばそこでは下層でよく見る百足のような妖怪達が白髪の少女を襲っている場面だった。


「ッ空――やるぞ」


「……は-い」


 判断は一瞬。

 すぐに刀である空に黒炎を纏わせ百足に斬りかかった。 

 いつものように一撃で灼き斬れるその妖怪。まだ数はいるが今の一撃で俺の事を警戒しているのか壁際にそいつらは後退る。


「……大丈夫か?」


「……は、はい――でも」


 横目で彼女の方を見れば、恐怖からか完全に腰が抜けているのか動けないようだ。

 ……見た限りの敵の数は十。普段通りやれば問題ないだろうし、守りながらでも余裕の筈。一応保険として、彼女の炎で囲んで守る事だけして――俺はそのまま百足の群れに突撃した。


――――――

――――

――

 

「よし――怪我はないか?」


 それから少しして百足の魔核が転がるダンジョンの中層で倒れる彼女に手を差し伸べる。


「――凄い。あ、ありがとうございます助かりました!」


「よし、そう言えるなら大丈夫だな――怪我無くてよかったよ」


 傷一つ無い彼女を見てほっと胸をなで下ろす。

 本来ならダンジョン内での横取りはマナー違反なのだが、人の命に比べればそれは些事であり、責められようとも俺は気にしない。

 

 危機が去ったことにより俺は改めて立ち上がる彼女の様子を確認する。

 白い髪に紅い瞳のウサギのような印象を与える彼女……どこかで見たことあるような気がして記憶を探れば、一つの配信チャンネルが頭に浮かんだ。

 

「――というかあんた、白雲早苗しらくもさなえじゃないか?」


「私を知ってるんですか!?」


「いや、知らない方がおかしいだろ」


 彼女はその容姿と実力も相まって今一番勢いのあるダンジョン配信者。

 配信を始めてたった半月で三百万以上のフォロワーを稼いだ実績も持っており、最近俺が参考にしていた配信者の一人。

 それに確か同じ学校の生徒だったはずだし、学校の一群って言うイメージがある。

 

「で、なんであんたは一人なんだ? 確かチームでやってるんだろ?」


「――えっと……カメラマンの方が逃げてしまいまして」


「あー成る程な……それよりさ、一人で帰れるか?」


 自分のチームであったカメラマンに逃げられたというのはこれ以上掘り返さない方が良いだろうし俺は強引に話題を変える。


「流石にそのぐらいは――いたっ」


「分かった送るよ、背負うから乗りな」


 人に迷惑をかけたくない性格なのかそう言った彼女だったが、足を挫いていたのか少し体制を崩してしまった。

 それを見て放置出来ないと思った俺は、彼女を背負うことに決めてしゃがみで彼女が乗るのを待った。


「どうした乗らないのか?」


「悪いです」


「遠慮するな。それなら横取りした俺も悪いだろ? 気にせず乗ってくれよ」


 これは譲らない。

 怪我している女子を放置したなんて母さんにバレたら絶対に後でなんか言われるだろうし、何より俺としても寝覚めが悪いから。


 いや待てよ? 俺の今の見た目はお面かぶった黒の着流し姿の奴だし、普通に不審者だと思われてる説があるな。だけど、俺としてはこの鬼のお面は大事なものだしおいそれと外せない。

 自分の見た目が怖いことに気づいた俺は、どうしようかとしゃがみながら迷っていると、背中に誰かが乗るのを感じた。


「よしそれじゃあ出るか」

 

 そして俺は、そのまま彼女を背負ってダンジョンから出て行くことにした。

 背中に柔らかさと暖かさを感じながら、今は男としての大事な気持ちを捨てる事に集中し、特に会話することなく俺は彼女を出口まで送り届けた。


「……あの、名前を教えてほしいです」


「すまん、俺顔出して配信してないからバレるの不味いし教えるのは無理だ」


「そう、ですか――改めて助けてくれたありがとうございました」


 だけど別れ際、何故か名残惜しそうに名前を聞かれたのだが……同じ学校に通う彼女にバレるのは不味いと思って俺は誤魔化して去ってしまった。

 そんなダンジョン配信者のとしての最後の配信日。 

 イレギュラーはあったものの、潜ってたおかげで誰かを助けられたのならよかったなと思う反面、これで引退かと悲しくなる。


「はぁ、これも現実かぁ」

 

 そうやってぼやき、俺はそのまま家に帰ったのだが……その時の俺は気づいてなかった。俺の配信が終わってなかったこと、彼女のカメラがずっと俺を映していたこと、そしてイレギュラーに遭遇し、掲示板やネットで大騒ぎになっていた影響で……白雲早苗の配信の同接がとんでもないことになり、SNSでバズりまくってたことを――呑気に眠る俺は一切気づかなかったのだ。

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