第6話 夜明けのワインとイエローチェリー(2)
「どうしましょう」
「どうしようね」
「チチチィ……」
アルルカとエレインはアルルカの両手に抱えられた沢山のイエローチェリーを見て途方に暮れていた。
こうなる数分前、リチェルカ協会を出て少し歩いたところで下を向いてキョロキョロと何かを探す仕草をしている老婦を見つけた。
「どうかしましたか?」
エレインが見かねて声をかけると老婦は困った顔をして話し出した。
「落し物をしてねぇ。ここらだったと思うんだけど……」
どうやら特に人の行き交う時間帯に誰かとぶつかりその衝撃で転んでしまった時に鳥の形をしたブローチを落としてしまったのだという。しかも人混みに押し流されてしまっていてはっきりとした場所が分からないのだとか。
「娘が作ってくれたものでねぇ。私の宝物なのよ」
エレインはアルルカを振り返ると目が合い頷かれる。それを見たエレインは頷き返して老婦に向き直り声をかける。
「お手伝いさせてください」
「いいのかい?」
「チィ!」
アルルカとエレイン、そしてティティは老婦の記憶を頼りに鳥のブローチを探すことになった。
道を探し、家と家の狭い隙間を探し、花壇の中を花を踏まないように探したが見つからなかった。
「ありがとうねぇ。こんなに探してくれて。でももういいのよ」
老婦が諦めかけた時、ティティの鳴き声が響いた。
「チチチィ!!」
アルルカたちは鳴き声のする方へと向かう。そこには側溝の隙間に顔を突っ込んだティティが頭を抜こうともがいていた。
「また自分の体型忘れて突っ込んだの?」
「ヂヂヂ!」
アルルカの呆れた物言いに抗議するようにティティは鳴く。ティティの胴体を掴んでぐっと力を入れて引くとぽんっとティティの体は抜けた。
そして抜けたティティの手には汚れた鳥の形をしたブローチがしっかりと握られていた。
「チィッ!」
「これを取ろうとして挟まっちゃったのか」
「チィ」
ティティは胸を張りながら頷く。アルルカはティティの体についた汚れを払うと頭を撫でた。
「よくやったねティティ」
「チィ!」
「はい。エレインさん」
「え?」
アルルカは汚れたブローチを受け取ると布で軽く拭き取りエレインに渡す。エレインは手元にあるブローチとアルルカの顔を交互に見る。
「君が助けると決めたんだ。ちゃんと君の手で渡すんだよ」
「チ!」
アルルカに言われると、エレインは少し考えたあとひとつ頷き、老婦へとブローチを手渡した。
「このブローチでお間違いないですか?」
「ええ……! このブローチよ。本当にありがとうお嬢さん方」
老婦は大事そうに手元に戻ったブローチを握りしめた。
落とした時の衝撃でブローチの留め金が欠けており、付けることの出来ないそれを老婦は大事にハンカチで包み込んだ。
「お礼をさせてちょうだい」
懐から財布を取り出し紙幣をいくらか取り出そうとする老婦にエレインは慌ててやめさせる。
「お気になさらずに。見つけたのはティティ……アルルカさんの肩にいるケープチップなので」
エレインはそう言ってティティを手で示す。
「チィ!」
エレインと老婦の視線を受けたティティは胸を張り首元の水晶が見えるように顔を上げる。
「ありがとう。優秀な
老婦がティティの頭を指で撫でてやるとティティは気持ち良さそうに目を細め体を委ねる。
ティティを見て何かを思いついたのか老婦は「少しだけ時間をくださる?」とアルルカ達を連れて街を歩き始めた。
数分歩いてたどり着いたのは木々がよく育った大きな庭のある一軒の家。
老婦はそのまま庭から家の中へと入り、何かを抱えてすぐに出てきた。
「うちで取れたイエローチェリーなの。それからこっちがイエローチェリーで作ったジャムよ。お礼に貰ってくださいな」
アルルカ達が反応するよりも早く、老婦はアルルカとエレインに両手にいっぱいのイエローチェリーを渡す。まだ何か渡そうとする気配を感じて返すのを諦め、先を急ぐと言って見送る視線を背に老婦と別れた。
そして今、結局受け取ってしまったそれをアルルカたちは持て余していた。
ジャムの瓶だけはティティに頼んで鞄の中にしまうことが出来たがむき出しのイエローチェリーは手で持ったままだ。
2人いるのだから1人は手が空いていた方が何かと都合がいいだろうとアルルカが全てのイエローチェリーを持つことにした。
「そういえば、生のイエローチェリーって初めて見ました。どんな味がするんでしょう」
エレインの疑問にアルルカは答えようと口を開こうとしたが、一瞬思考を巡らせるとにっこりと笑みを深く浮かべひとつ食べてみてはどうかと提案する。
「そうですね。食べてみます」
「チィ!」
エレインとティティはアルルカの手からひとつずつイエローチェリーを掴むとパクリとひとくち齧った。
「〜〜〜っ!!」
「ヂァ!?」
そのあまりの酸っぱさにエレインは口を抑え悶絶し、ティティは今まで聞いたことのない声を出して口を開けて放心している。
アルルカは1人と1匹の様子に堪えようとしてはいるが笑いが漏れる。
「ふっ、すごい、ふふっすごい反応」
「し、知ってたんですね!?」
「ふ、はははっ!」
「ヂヂヂ!!」
耐えきれず笑い出すアルルカにティティは抗議の声をあげてぺちぺちと小さな手でアルルカの顔を叩く。
「ごめんって。これはもう初めての人は絶対通る道だから」
アルルカもかつてルナルスにやられたことがある。その時もルナルスに大笑いされたのだ。普通は親にやられる人がほとんどだろう。そうしてまた大人になった子が自分の子供へとイタズラな顔をして食べさせるのだ。
「生だと酸っぱすぎて食べれないから塩漬けとかシロップ漬け、ジャムにしたりして酸味を和らげるんだ。それでもまだ酸っぱいんだけどね」
「昔イエローチェリーのジャムを食べましたけど、確かに他のジャムよりも酸味が強かった記憶が蘇ってきました……」
「鳥とかも察してあんまり食べないんだけど……ティティは食い気が勝っちゃったみたいだね」
「ヂ」
アルルカの肩の上でぐったりとするティティは八つ当たりにもう一度ぺちりとアルルカの頬を叩いた。
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