第1話 金の林檎(2)

 宿に入ると部屋の鍵を渡されて個室に案内される。

 行商人や旅人が訪れるだけの街にある宿には、寝床と小さなテーブルと椅子だけがある小さな個室が数部屋と、雑魚寝が出来る大部屋が2部屋あるだけだ。幸い温泉が近くに湧いていたため、共同風呂になっているそこを使うことになっている。

 

 床に荷物を下ろしてローブを脱ぎブラシをかける。

 踝を隠すほどだったローブは、今では膝あたりでひらりと舞うほどに、アルルカの背はこの1年で伸びていた。

 綺麗に畳み荷物の整理と整備をする。

 定期的に道具は手入れをしなければ使えなくなってしまう。この街のリチェルカ協会支部に訪れた時に申し出さえすれば、手入れの道具を貸してもらえる。

 そうやって協会は少しでもリチェルカの持ち物を減らせるサポートまでしてくれるのだ。

 もちろん旅をしていれば数ヶ月、長くて1年以上も協会が見つからないこともあるので簡易的な手入れ道具は必須だ。

 全ての道具が機能することを確認するとすでに太陽は天辺まで昇っていた。

 

「パイの店を探さないと」

 

 平果という林檎を使ったというパイ。

 平果を育てている姉妹が開いているという話だったが、朝街を見て回った時にはまだ開いていなかったのか見つけることが出来なかった。

 荷物を置いてローブを着直し街へと繰り出す。

 もう一度街を見て回るがやはりそれらしき店は見つからない。もしかしたら看板などを出していないのかもしれない。あの時に詳しく聞いておけば良かったと後悔をし、誰かに聞こうかと辺りを見回す。

 

「うそつきナーラ!」

「あるわけないだろそんなの!」

「ほんとだもんっ」

 

 キョロキョロと辺りを探しながら歩いていると、幼い子供たちが言い争っているのが聞こえてきた。

 2人の男の子に何やら言われ三つ編みをした女の子が、ぎゅっと手を握りしめて泣くのを堪えていた。

 

「ほんとに見たもん! キラキラ光る金色のりんごだったもん!」

 

 男の子たちはからかい飽きたのか、女の子の言葉を気にもとめずに走り去っていく。

 

「ほんとだもん……っ」

「それってどこで見たの?」

 

 アルルカはナーラと呼ばれていた女の子の言った【キラキラ光る金の林檎】というものが気になり声をかけた。

 ナーラは突然上から降ってきた言葉に、涙が零れそうな潤んだ瞳でアルルカを見上げる。それに気づいてアルルカはナーラの目線に合わせるためにしゃがむ。

 

「金の林檎。見たんでしょ?」

「みた!! おにいちゃん、ナーラのいうこと信じてくれる?」

「信じるよ」

 

 ナーラは目元をぐしぐしと袖で拭う。

 

「こっちだよ!」

 

 アルルカは平果のパイを後にして、まずはその金の林檎を見つけることを優先することにして、案内してくれるナーラの後ろ姿を追いかけた。

 ナーラは街の中を駆け抜けていく。

 畑のある場所を抜けた先にあるのは確か炭鉱だったはずだ。

 しかしナーラの目的地は炭鉱ではなかったらしく、炭鉱から外れたところにある林に入って行こうとする。

 そこは背の高い草が生えており、もしかするとナーラを見失うかもしれないと思ったアルルカはナーラに声をかける。

 

「ナーラ!」

「なあに?」

「逸れるといけないから手を繋ごう」

「うん。わかった!」

 

 ナーラは大人しくアルルカと手を繋ぎ林の中を進んでいく。身長差が大きいので、アルルカはナーラの方に傾きながら転ばないように気をつけて歩く。

 

「金の林檎は群生……えっと、いっぱいあった? 1本とかじゃなくて」

「うん! たくさんあったよ」

 

 そういう品種なのだろうか。何らかの原因で突然変異してしまった林檎なのか。

 

「あれぇ……どっちだっけ……」

 

 金の林檎に思考を持っていかれていると、突然ナーラが足を止めた。どうやらここからどう進んだら良いのか分からなくなったようだ。

 

「わかんなくなっちゃった……」

「また明日出直そうか」

「うん……」

 

 落ち込んでしまったナーラを抱えて来た道を戻る。

 林の中にあるということがわかっただけ進歩としよう。

 街に戻るといなくなったナーラを心配していたのか、ナーラを見つけると駆け寄ってくる。その姿を見てナーラを地面に下ろす。

 

「どこ行ってたんだよ!」

 

 先程からかわれたばかりだからか、金の林檎を探しに行っていたなんて言えずにナーラは黙りして俯いてしまう。

 1人の男の子がナーラの手を引いて連れていく。

 

「たぶん平果と見間違えたんだよ。帰ろう、ナーラ」

「ナーラはおっちょこちょいだからな」

 

 3人を見送ったアルルカは、街の中で平果のパイの店の場所と一緒に金の林檎について聞き込むことにした。

 平果のパイの店はすぐに情報が出たが金の林檎については全くといっていいほど出てこない。ほとんどが平果と見間違えたんじゃないのかとそんなものはないと言う。

 聞き込みをしながら進んでいるとパイを焼いているという姉妹の、確かティアと呼ばれていた女性を見つけた。

 

「あの、平果のパイを焼いているって聞いたんですけど」

「あら、貴方……確か朝も見かけたわ。旅人さんね。確かに平果パイを焼いてるわ。ごめんなさい見つけにくいわよね」

 

 ティアがいたのは平果パイを売る店の前だったようで、確かに香ばしい匂いがしていた。しかし店というよりはただの民家で、とても一目見ただけではわからないだろう。匂いがしていても家庭で作られているものだと思って見逃してしまうに違いない。ティアが外にいたのは幸運だった。

 

「今日はもう売り切れちゃったのよ」

「そうですか……」

「また明日来てくださるかしら。とびきり美味しいのを焼いておきますね」

「聞きたいことがあって」

「何かしら? 私に答えられることなら良いけれど」

 

 店仕舞いをして帰るところだったのだろう。突然話しかけてきたアルルカにも快く時間を割いてくれるようだった。

 

「金の林檎って知ってますか?」

「金の林檎? 黄色の林檎……平果じゃないわよね?」

 

 やはり林檎を使うパイを売っているティアでも金の林檎と聞かれ最初に思いつくのは平果だった。

 

「女の子が、林の方で群生しているキラキラ光る金の林檎を見つけたと言っていて」

「キラキラ光る金の林檎……」

 

 ティアは口元に手を置いて真剣に考えてくれているようだった。初対面の男からの不思議な疑問に真摯に向き合ってくれるティアの人の良さにアルルカは感謝した。

 

「あ、もしかして……」

「心当たりが?」

「それって見たのって朝方かしら? 朝方というか夜というか、夜明けかしら」

 

 アルルカはナーラと歩いている時の会話を思い出す。興奮気味に早口で時折甘噛みをしていて聞き取れないところはあったが、確かナーラは皆で住む孤児院で寝る前に友達と喧嘩をして街を飛び出した時に見つけたのだと言っていた。それを見たナーラは喧嘩していたことも忘れて寝ていた友達を起こして話し、馬鹿にされまた喧嘩してそのまま朝を迎えたのだと。

 だからナーラが金の林檎を見たという時間が夜明けの時間帯の可能性は大きい。

 

「おそらく、そうです。」

「それなら――」

 

 ティアと別れ、ナーラのいるという孤児院に行きそこの院長と今日遭遇した出来事についての話を済ませ、夕食を食べに飯屋に入る。

 労働者が多いこの街の飯屋ではひと品ひと品の量が多いらしいため、そこまで胃袋が大きいわけではないアルルカは、複数品頼むのを諦めてトマトのスパゲティだけを頼む。パンが付け合せで付いてきており、確かにスパゲティの量は多かった。スパゲティを食べた後に皿に残ったソースをパンで綺麗に拭き取り皿をピカピカにしてその日の夕飯は終わった。

 

 宿に戻ると持ち運び用のペンを出し、墨を磨る。もうページも終わりに差し掛かるノートを広げて、この街に着くまでの旅の出来事と今日の出来事を書き記していく。

 このノートは見習いだった時から書いている習慣のようなものだ。リチェルカとしての記録ではない、アルルカ個人の記録日誌。ルナルスの家に……アルルカの実家には数十冊の日誌が残っている。このノートが終わったらどうしようかとアルルカは考えるが答えは出なかった。

 まずは【金の林檎】の謎をこの目で見ることが最優先だ。

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