木の実の兄弟

柿名栗

木の実の兄弟

とある森の中、おおきなクヌギの木の枝に、ふたつの木の実がなっていました。


「んー……おにいちゃん、おはよう」

「ああ、おはよう。今日もいい天気だね」


「あら、いまごろ起きたの? おねぼうさんね」


 アクビをする二つの木の実に、おかあさんの木がはなしかけます。


「おはようおかあさん。まだねむいや」

「ふふ、さあさ、森のみんなにおはようのあいさつをなさい」

「うん!」


 兄弟は、声をそろえて森の仲間たちにあいさつをします。


「「みんなーっ おはよー!」」


「おはよー……」

「おはよう……」


 森の中から、風に乗って仲間たちの声かきこえてきます。

 そよそよと吹く風さんも、おはよう、と言っているようでした。


「今日もいい一日になりそうだね」

「うん!」


 木の実の兄弟は、にこにこと顔を見合わせました。


 やがて秋がおとずれ、ふたつの木の実は大きく成長しました。


 この時期になると、木の実はおかあさんの元を離れ、ひとりだちをするのですが、なかなか兄弟はおかあさんの木を離れようとしませんでした。


「ねえ、ふたりとも。そろそろおかあさんの枝から離れて、自立してほしいんだけど……」


 おかあさんの木が、疲れた顔で兄弟に話しかけます。


「あぁ? うっせーぞクソババァ」


 おにいちゃんの木の実が、ギロリとおかあさんの木をにらみます。


「そうだそうだ! おめーが勝手に生んだんだから、最後まで面倒みろやゴラァ!」


 おとうとの木の実も、眉をよせておかあさんの木をあおります。


「はぁ……どうしてこんなことに……」


 おかあさんの木は、ふかいため息をつきました。


「それより腹減ったぞ! さっさと養分よこせや!」

「そうだそうだ!」


「ごめんなさいね、最近雨が降ってないから……」


「いいから早くメシ持ってこい!」

「そうだそうだ! メーシ! メーシ!」


「「メーシ! メーシ!」」


 兄弟は、声を揃えておかあさんの木にご飯をおねだりします。

 そこへ、小さい頃から知り合いの、キツツキさんが飛んでやってきました。


「ぼうやたち、おかあさんを困らせてはいけないよ」

 

 キツツキさんは、やさしい声で、さとすように兄弟にかたりかけます。


「うるせーぞジジイ! 部外者はだまってろボケ!」

「そうだそうだ! 上から見てんじゃねえぞコラ!」


 昔からお世話になってるキツツキさんにも、兄弟はようしゃなくばせいをあびせます。


「……奥さん、いいんですね?」

「はい……おねがいします」


 キツツキさんとおかあさんの木が言葉を交わすと、キツツキさんが兄弟のくっついてる枝に移動します。


「アァ? 何だテメェ? やんのかコラァ!?」

「……」


 キツツキさんは、無言でお兄ちゃんの木の実をくちばしでくわえ、ぐりぐりとひっこぬきます。


「おい、やめろボケ! どういうつもりだ!」

「兄貴! おいジジイ、何してくれてんだコラ!」


 お兄ちゃんの木の実をくわたまま、キツツキさんはどこかへ飛んで行ってしまいました。


「弟ォォォ…………」

「兄貴! 兄貴ィィィ!! おいババア、どうなってんだこりゃあ!」

「……」


 しばらくすると、キツツキさんがもどってきました。

 そして、さっきとおなじように弟の木の実をくわえ、ぐりぐりとひっこぬきます。


「ジジイコラ! どこに連れて行くつもりだ!」

「……すぐにわかるさ」


 キツツキさんは、弟の木の実もくわえ、ふたたびどこかへ飛んで行ってしまいました。


「……ごめんね、ふたりとも」


 口ではあやまっているものの、おかあさんの木の表情は、長年背負っていた重い荷物をおろした時のような、解放感あふれるものでした。


 やがて、キツツキさんが戻ってきましたが、口にはなにもくわえていません。


「ありがとうございました、キツツキさん……」

「……本当によかったのですか?」

「ええ、もう、限界だったので……」

「そうですか」


 そよそよとさわやかな風が、二人の間をふきぬけます。


「……奥さん、久しぶりに……いいですか?」

「えっ……でも、こんな明るいうちから……」

「もう、我慢できそうにないのです」

「そんな……困ります」


 困ります、といいつつも、おかあさんの木はまんざらでもない様子でした。


 それを肯定と受け取ったキツツキさんは、おかあさんの木の側面にとまり、コココココ、と激しくクチバシでつつきはじめます。


「あっ、だめですわ、そんな激しくっ……ああ、なんて素早い……あっああっ!」 


 ココココココココココ


「いやっ、だめっ、あっあっ……あっーーーーーーーー!!」


 秋も深まる森の中に、おかあさんの木を激しくつつく音が、いつまでもひびきわたっていました。



――おしまい――

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木の実の兄弟 柿名栗 @kakinaguri

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