第1話

 「増えたよね、人」

半分独り言のように、バリトンサックスをケースにしまう少女、白鳥夢しらとりゆめが呟いた。高い位置のお団子結びは、バレエを習っていた頃の癖らしい。

「そうだね」

それに返した織田望美おだのぞみは、改めて、狭くなった音楽室を見渡した。自分含め、四十七人。入学式での演奏が功を奏したのか、自分達の倍入ってきた一年生に、望美達二年は、嬉しい反面、戸惑っていた。

「望美、帰ろ」

「あっ、うん」

お疲れ様でーす、と、望美と夢は、いつものように音楽室を後にした。


 「そういえば、明日ミーティングだって」

左斜め後ろで自転車をこぐ夢が、望美に言った。

「ミーティング?何の?」

「自由曲じゃない?コンクールの」

「あぁ、そっか。増えたもんね、人」

自由曲とは、どの団体も必ず演奏する課題曲とは別に、各団体が自由に選び、演奏する曲だ。人数や楽器のによって、演奏できる曲が決まってくることもあるので、自分達に合った曲を選ぶ必要がある。

「小編成か大編成か、いい加減決めないとマズいでしょ」

コンクールには、小編成と呼ばれる、三十人以下のB部門と、大編成と呼ばれる、五十五人以下のA部門がある。元々望美達が選んだのは、小編成向けの曲だったが、一年生が思いの外多く入ってきたため、戸惑っていたのだった。

「大編成であの曲やるのかぁ」

「ちょっと物足りなさあるよね」

望美の疑念に、珍しく夢が同調した。中学時代から、望美と夢は同じサックスパートで、仲も良い。だが、クールな夢は、あまりこんな風に言うことは少ない。

「どちにしろ、もうコンクール二ヶ月前よ。さっさと決めないと」

「そうだね……夢はどっちが良いと思うの?」

「う〜ん……迷うけど、大編成。小編成にしたら、オーディションでしょ?こんなに人いるのに、それって馬鹿らしくない?」

「だよね、私もそう思う。私も大編成派」

夢の、いつも柔和な表情とは裏腹に、ズバズバと物を言うところが、望美は何だかんだ好きだった。

「どうなるんだろね」

望美の呟きは、新緑の薫りの風の中に消えていった。


 翌日。ミーティングの教室には、二年生十数人が集められた。進学校、いや、自称進学校のこの星降高校では、三年生はコンクール前に引退してしまう。顧問も来ないため、ほとんどのことを自分達で決めなければならないのだ。

「十、に、し、ろ……部長、全員揃ったよ」

部長の白石しらいしに報告したのは、学生指揮者の彦坂叶人ひこさかかなとだ。叶人は、望美の幼馴染だ。望美とは違い、小学校からユーフォニアムを吹いていた彼は、この部の中でかなりの実力者だ。もっとも、田舎の弱小校のここには、そこまで上手い奏者もあまりいない。

「えーっと、今日は今年度のコンクールのことについて話し合いたいと思います」

白石の、女子にしてはやや低めの声が、この部屋に少しのざわめきを作った。やっぱり大編成にするのかな、小編成のままでよくない?、など、たくさんの声が聞こえてくる。しかし、白石はそれを止めるでもなく、続けた。

「ただ、今回は、今年も指揮を振ってくださる天宮あまみや先輩からお話があるそうです」

その言葉に、またもざわめきが起こった。天宮先輩は、この星降高校のOBの大学生で、毎年指揮を振ってくれている。中学生からサックスをやっている、かなりの実力者だ。

あれ、なかなか来ないね、と、隣の夢に言おうとしたその瞬間、教室の戸が、大きな音をたてて開いた。そこから、前髪を今風に真ん中で分けた、背の高い男性が入ってきた。個性的な黒縁眼鏡に、大きな灰色の花柄のTシャツが、不思議と良く似合っている。

「皆さんお久しぶりです。天宮ですぅ」

関西弁っぽいイントネーションで、少しけだるげに言う天宮先輩に、こんにちは、と、ぽつぽつ挨拶の声が聞こえた。望美も、こんにちは〜、と、様子を伺いながら返した。

「今日は、皆さんに提案なんですけど、」

そういって、天宮先輩は、ふわりと前髪をかき上げ、真っ直ぐ望美達の方を見た。いつもと少し雰囲気の違うのを、皆なんとなく察し、教室のざわめきはピタリと止んだ。

 そして、天宮先輩は、こんなことを言った。


「自由曲、変えませんか?」

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