第1話
「増えたよね、人」
半分独り言のように、バリトンサックスをケースにしまう少女、
「そうだね」
それに返した
「望美、帰ろ」
「あっ、うん」
お疲れ様でーす、と、望美と夢は、いつものように音楽室を後にした。
「そういえば、明日ミーティングだって」
左斜め後ろで自転車をこぐ夢が、望美に言った。
「ミーティング?何の?」
「自由曲じゃない?コンクールの」
「あぁ、そっか。増えたもんね、人」
自由曲とは、どの団体も必ず演奏する課題曲とは別に、各団体が自由に選び、演奏する曲だ。人数や楽器のによって、演奏できる曲が決まってくることもあるので、自分達に合った曲を選ぶ必要がある。
「小編成か大編成か、いい加減決めないとマズいでしょ」
コンクールには、小編成と呼ばれる、三十人以下のB部門と、大編成と呼ばれる、五十五人以下のA部門がある。元々望美達が選んだのは、小編成向けの曲だったが、一年生が思いの外多く入ってきたため、戸惑っていたのだった。
「大編成であの曲やるのかぁ」
「ちょっと物足りなさあるよね」
望美の疑念に、珍しく夢が同調した。中学時代から、望美と夢は同じサックスパートで、仲も良い。だが、クールな夢は、あまりこんな風に言うことは少ない。
「どちにしろ、もうコンクール二ヶ月前よ。さっさと決めないと」
「そうだね……夢はどっちが良いと思うの?」
「う〜ん……迷うけど、大編成。小編成にしたら、オーディションでしょ?こんなに人いるのに、それって馬鹿らしくない?」
「だよね、私もそう思う。私も大編成派」
夢の、いつも柔和な表情とは裏腹に、ズバズバと物を言うところが、望美は何だかんだ好きだった。
「どうなるんだろね」
望美の呟きは、新緑の薫りの風の中に消えていった。
翌日。ミーティングの教室には、二年生十数人が集められた。進学校、いや、自称進学校のこの星降高校では、三年生はコンクール前に引退してしまう。顧問も来ないため、ほとんどのことを自分達で決めなければならないのだ。
「十、に、し、ろ……部長、全員揃ったよ」
部長の
「えーっと、今日は今年度のコンクールのことについて話し合いたいと思います」
白石の、女子にしてはやや低めの声が、この部屋に少しのざわめきを作った。やっぱり大編成にするのかな、小編成のままでよくない?、など、たくさんの声が聞こえてくる。しかし、白石はそれを止めるでもなく、続けた。
「ただ、今回は、今年も指揮を振ってくださる
その言葉に、またもざわめきが起こった。天宮先輩は、この星降高校のOBの大学生で、毎年指揮を振ってくれている。中学生からサックスをやっている、かなりの実力者だ。
あれ、なかなか来ないね、と、隣の夢に言おうとしたその瞬間、教室の戸が、大きな音をたてて開いた。そこから、前髪を今風に真ん中で分けた、背の高い男性が入ってきた。個性的な黒縁眼鏡に、大きな灰色の花柄のTシャツが、不思議と良く似合っている。
「皆さんお久しぶりです。天宮ですぅ」
関西弁っぽいイントネーションで、少しけだるげに言う天宮先輩に、こんにちは、と、ぽつぽつ挨拶の声が聞こえた。望美も、こんにちは〜、と、様子を伺いながら返した。
「今日は、皆さんに提案なんですけど、」
そういって、天宮先輩は、ふわりと前髪をかき上げ、真っ直ぐ望美達の方を見た。いつもと少し雰囲気の違うのを、皆なんとなく察し、教室のざわめきはピタリと止んだ。
そして、天宮先輩は、こんなことを言った。
「自由曲、変えませんか?」
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