第2話



 極めつけは、結婚式に相応しくない、この黒のウェディングドレス。まさか、こんな幼稚な嫌がらせまでするとは思わなかった。正直に義母と義姉が用意したと言いたい所だけど、信じてもらえるか分からないし、今更言ってもどうしようもない。


「……そうか」


 アレン様は一言呟くと、そのまま、祭壇の方に向きを変えた。

 思わず、安堵の息を漏らす。


 良かった……とりあえず、殺されずに済んだ……。


「で、では、結婚式を進めますね」


 神父様は私達の様子を伺いながら、恐る恐る式を始めた。



「《カリア=グレイドル》は、生涯、アレン=ラドリエルを夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


 形式だけの式は滞りなく進む。誓いの言葉に、私、カリア=グレイドルは、『はい』と嘘をついた。アレン様も、同じように嘘をついていた。

 私達は嘘つき。今日、初めて顔を合わせた結婚相手を、愛せるはずが無い。一生を支えあって生きていくつもりなんて無い。アレン様は、ラドリエル公爵家の跡取りのために、妻を必要としているだけ。私はお金で売られただけ。

 愛の無い結婚ーーー私はこれから、悪魔の公爵様にいつ、命を奪われないかと、怯えながら毎日を過ごしていく。

 実家に未練なんて無い。家を出れて清々している。でもーーーどうせなら、愛のある結婚をして、幸せな家庭を築いてみたかった。


 それももう、叶わない夢……。



「では、指輪の交換をお願いします」


 指輪だけはアレン様が準備したと聞いたけど、どう見ても公爵家には相応しくないような、安物の指輪だというのは、一目で分かった。


 お飾りの妻には、この程度で十分。ということね……。


 別に指輪に高価な物を望んでいたわけではない。私にはこれで十分。

 私はそっと、左手をアレン様に差し出した。



 この結婚式に参列した誰もが、私が幸せな結婚生活を送れるとは思っていない。誰もが私を可哀想だと、哀れな花嫁だと思っている。

 私もこの時まで、夢も希望も愛も無い、絶望の結婚だと思っていたーーー私に不思議な力が無ければ、ずっとそう、勘違いをしていたかもしれない。


 死んでしまったお母様しか知らない、私の



 ああ、アレン様のは、どれ程冷たい音がするのかしら。




 ーーー手に触れた相手の心を、読む力ーーー



 《なんて可愛い人なんだろう……こんな人が、今日から僕の妻になるなんて……今度こそ、必ず、幸せにしてみせる》



「え?」


 聞こえてきた心の声に、無意識に声が出た。


「何だ?」

「いえ、何も……すみません」


 怪訝そうな表情を浮かべるアレン様に謝罪する。


 何?今の……可愛い人?幸せにする?私の聞き間違い?幻聴?


 指輪をはめるために、私の手に触れているアレン様を、私はジッと見つめた。


 《黒のウェディングドレスがとても良く似合っている。こんなに黒が似合う女性は、大陸中探しても他にいない。僕の妻になる人は、本当に美しく可愛く綺麗でーーー》


 もう止めて!!!


 聞いているこちらが恥ずかしくなるくらい、心の中で褒めちぎられている。


 アレン様が気にするべきは、そこじゃありません!私が言うのもなんですが、もっとこう、花嫁が非常識に黒のウェディングドレスを着てきたことを怒るべきです!


「次は新婦様が指輪の交換を行って下さい」

「…はい」


 ゆっくりとアレン様の手に触れ、指輪をはめる。



 《私の大切な花嫁カリアーーー世界一、幸せにしよう》



「っっっ!!!」


 聞こえてきた心の声で、体温が一気に上昇したのが分かる。頬が熱い。きっと、耳まで真っ赤になっているに違いない。


 嘘……アレン様、心の中では、こんな事を考えていらっしゃるんですか?!


 無表情で目つきも悪いし、威圧感も半端ないし、そんな風に思っていらっしゃるようには一切見えない。


 でも実際、手に触れて、彼の心の中が読めた。



「では、誓いのキスをお願いします」

「その必要は無い」

「え?さ、されないんですか?」


 神父から誓いのキスを促されたが、アレン様は花嫁である私の意見も聞かず、即、拒否した。


「これから披露宴もある。これ以上は、時間の無駄だ」

「わ、分かりました」


 冷たく言い放つアレン様に押し負ける神父様。


 えーーーっと、これ、普通の花嫁がされたら泣いて、結婚を止めようと思うくらい、酷い仕打ちだと思うんですけど……私を世界一幸せな花嫁にしようって思っていましたよね?何?さっきの心の声は、やっぱり幻聴?


 心の声とは全く真逆のアレン様の行動に戸惑う私。



「行くぞ。さっさと終わらせる」

「は、はい」


 アレン様は他の段取りも全て無視し、強引に私の手を取ると、そのまま結婚式場から出た。



 《出会ったばかりなのに、いきなりキスなんて……こういうのは、関係をきちんと築いてからでなければーー!そんな事よりも、慣れない結婚式の準備で疲れているだろうし、早く結婚式を終わらせて、カリアを休ませなければ!》


 《絶対、その気遣い余計ですし、伝わりませんから!》



 触れた手から伝わる心の声に、相手には伝わらない心の声でツッコミを入れる。


 こんな事してたら、いくら顔が良くて公爵様であろうと、花嫁、逃げ出していきますよ?!いや、だから何人も逃げ出しているのか……!

 聞こえてくる心の声に、不快な音はしない。多分アレン様は純粋に、良かれと思って行動している。全部、裏目に出ていますけど……

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