2章 第5話
その日の夜、賢者の息吹にて。
「お兄ちゃんってオーガエンペラーを討伐してから、ちょっとした有名人だよね」
「俺はその事実をついさっき知ったよ……」
さっき気付いたのだが、俺がシンを倒した事は、街ではちょっとした噂になっているみたいだ。
冒険者ギルドで依頼達成の報告を済ませ、ふらっと表通りに立ち寄ったら、あのアクセサリー店のおばちゃんが「あんた、聞いたよ! オーガエンペラーってのを倒したんだって?」と声をかけてきたのだ。
いや、数日前に一回寄っただけなのに覚えているのかよと思ったが、あれだけの量をまとめ買いしたら、そりゃ嫌でも覚えるか。
その場を適当に流し、さっさと酒場まで帰ってきたのだが、ここでも色んな人に声をかけられ、そのままズルズルと酒盛りを始めてしまい、今に至る。
「仕方ないですよカイトさん。オーガエンペラーなんて、今まで史実にしか出てこなかったんですから。アミィちゃん、オイ椎茸のグラタンおかわり!」
「あ、はい。ちょっと待ってて下さいね」
マリーの注文を受け、厨房まで駆け足で戻るアミィ。
「だな。しかもそれを討伐したとなると、噂にもなるさ。ま、しばらくの辛抱だ。頑張れカイト君」
ラガーを一息に飲み干し、何でもない事の様に話すフーリ。
くっ、二人共他人事だと思って!
「まあ、他人事ですしね」
「だな。他人事だ」
「人の心読まないで貰えますかねぇ⁉」
この二人、読心術のスキルでも持っているんじゃねえか?
「いや、カイトさんって考えている事が顔に出やすいですから」
「え?」
俺って顔に出やすいの? 初耳なんだけど?
友人からはよく「お前って目が死んでて何考えてるのか読めねえわ」って言われていたんだけど。
「お待たせしました! オイ椎茸のグラタンです!」
「待ってました!」
アミィから半ばひったくるようにグラタンを受け取るマリー。それ熱くない? 火傷してない?
「っ⁉ はふっはふっ、んっく。うん、おいしい!」
まあ、マリーが熱くないならそれでいいけど。
「あ、そういえば」
「ん? どうしたの、お兄ちゃん?」
アミィは……うん、ちゃんと髪飾りをしてるな。
「鑑定」
アミィの髪飾りに鑑定をかけた。
危ない危ない、忘れるところだった。
さて、結果は……うん。
「さあて、俺はそろそろ部屋に戻ろうかな」
マリーはオイ椎茸のグラタンに夢中だ。今しかない!
と思ったのだが、立ち上がろうとした俺の肩を掴む者がいた。
「まあまあ、カイト君。これでも飲んでゆっくりしたまえ」
フーリだ。
ちぃっ! やっぱり見逃してくれないか!
フーリの手には、いつの間に頼んだのか、ラガーが握られていた。
「アミィ、悪いがブルーステーキも追加で頼む」
「え? あ、はい、分かりました」
俺達の間に流れる奇妙な空気に戸惑いながらも、ブルーステーキを作るべく厨房へと駆けていくアミィ。
「で? 鑑定結果はどうだったんだ?」
「んぐんぐ、んっく。それ、私も気になります!」
口の中のグラタンを飲み込み、こっちの会話に混ざってくるマリー。
話聞いていたのか。てっきり食べるのに夢中で気付いてないと思っていた。
「えーっと、結果から言うと」
「「言うと?」」
二人が顔を寄せてくる。うん、未だに慣れないなこの距離。
「付与されていました。「火魔法」と「治癒魔法」の二つが」
「「っ⁉」」
俺が鑑定結果を伝えると、驚愕の表情を浮かべる二人。
ん? 確かに二つ付与されているけど、これなら予想の範囲内じゃない?
「火魔法は知っていましたけど、まさか治癒魔法まで」
「これは流石に予想外だ。まさかこんな簡単に治癒魔法の魔導具が作れるなんてな」
あ、そっち? 治癒魔法が貴重って意味ね。
「まあ、アミィにとっては喉から手が出る程欲しかった物だろうから、これは嬉しい誤算ではあるだろうが」
「え? それてどういう……」
「お待たせしました! ブルーステーキです! お兄ちゃん、これ好きだよね? たくさん食べてね!」
俺がフーリにどういう事か尋ねようとしたタイミングで、アミィがブルーステーキを持って戻ってきた。
「あ、ああ。ありがとうな、アミィ」
「えへへ、どういたしまして!」
まあ、後で聞けばいいか。
俺は早速ブルーステーキを食べるべく、フォークを手に取った。
「アミィちゃん、オイ椎茸のグラタンおかわり!」
「まだ食べるんですか⁉」
「当然だよ! 三日もオイ椎茸絶ちしていたんだから!」
いや、それでももう三杯目だぞ、という言葉は心の中だけに留めておいた。
だって目が怖かったんだもん。ほら、アミィも若干怯えているし。
マリーには定期的にオイ椎茸を食べさせないとダメな事がよく分かった。
兄さんが行方不明になって、既に半年の月日が流れた。
事故に巻き込まれた兄さんが、まるで神隠しにでもあったかの様に忽然と姿を消した事件は、世間でちょっとした騒ぎになった。
ワイドショーでは「神隠しにあった青年。誘拐説が濃厚か⁉」などと訳の分からない特番がいくつも組まれたりした。
ちなみに私にも出演オファーけど届いたが無視した。そんな物に構っている余裕は私にはないのだから。
あの日、兄さんの車に残されていた血痕からDNA鑑定を行った結果、血痕は兄さんの物だと判明した。
つまり、事故が起きた時、兄さんは間違いなく車に乗っていたという事になる。
なのに、事故後すぐに兄さんの行方が分からなくなっている。
意味が分からない。何故兄さんがどこにもいないのか。
車に残された血の量から、事故当時兄さんがまともに動ける状態だったとはとても思えない。
「じゃあ兄さんはどこに行ったっていうのよ……」
つい口に出してしまったけど、それに応えてくれる者はこの家には誰もいない。
伯父さん達が病気で亡くなってから、この家には私と兄さんの二人しか住んでいなかったのだから当然だ。
「にゃ~ん」
そんな事を考えていたら、まるで「自分を忘れるな」と言わんばかりに足元にすり寄ってくる影に気付いた。
愛猫のユキだ。
「……ふふっ。ごめんね、ユキ。あなたがいたわね」
しゃがんでその頭を撫でてやると、喉をゴロゴロと鳴らして喜ぶユキ。
そういえば兄さんがよくこうやってユキの頭を撫でていたっけ。
そしてそのままお腹を撫でて、そこに顔を埋めるまでがお約束の流れになっていた。
そう、ほんの半年前まで当たり前にそこにあった光景。
それが今は遠い昔の事の様に感じる……。
「あ、あれ? 私、いつの間に泣いて」
気が付くと、私の頬を一粒の涙が伝っていた。
「泣かないって。兄さんを探し出すまでは泣かないって、そう、決めた、はず……なのに」
自覚したら、もう止まらなかった。
今まで押さえつけていた感情が、次から次へと溢れてくる。
「何で、私の傍からいなくなるの? 何で、私を置いて行っちゃうの? わ、私は……私は兄さんがっ、いっ、いないと! ……ダメ、なんだよ?」
そこからは、ただただ泣き続けた。
兄さんがいなくなって僅か半年。たったそれだけの時間会えないだけで、私の心は既にボロボロだった。
兄さんに会いたい。兄さんにまた頭を撫でて欲しい。兄さんの笑顔が見たい。話したい。触れ合いたい。
次から次へと兄さんへの想いが溢れてくる。
でも、それに応えてくれる人は――兄さんはどこにもいない。
兄さんに会えないのなら、いっそ。
「にゃ~、にゃ~ん!」
「っ⁉ ……ユキ」
心のダムが決壊し、不穏な考えを抱いていると、ユキが私のそばで心なしか普段よりも大きな鳴き声を上げて鳴いた。
「心配してくれるのユキ? ふふ、ありがと。もう大丈夫よ」
私が頭を撫でながら言うと、ユキは安心したようにまた喉を鳴らし始めた。
そうだ、何を弱気になっていたのか。
兄さんは生きている。そう信じると決めたじゃないか。
「待っていて、兄さん。私が絶対に見つけてみせるから!」
私はどこかで生きているであろう兄さんに向けて再度誓った。
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