1章 第37話

「……みんなにポーションを配ろうか」

「そうですね。急いでみんなを回復させて、態勢を整えましょう。せめてモーヒさんがいてくれれば」


 そういえば、あの個性の塊みたいなモーヒさんの姿がさっきから見えない事に気が付いた。


「マリー、モーヒさんはどこに?」

「それが、オーガエンペラー――シンの転移魔法でどこかに飛ばされてしまって。一体どこに飛ばされたのか分からないんです」


 マジか。それって結構不味いんじゃなかろうか?


「くっ、よくもやってくれたね!」

「「っ!?」」


 突然響いた子供の声に振り返ると、さっき見覚えが無いと思った少年が、ヨロヨロと立ち上がっていた。

 こ、こいつは!


「……誰?」

「君は何を聞いてたんだい? まあいい、君が誰であろうと、僕がやる事は変わらない。君もまとめて始末してあげるよ!」


 言うと同時に俺との距離を一瞬で詰めた少年が、右手を振り上げて殴り掛かってきた。それを反射的に両腕を交差させて防ぐ。


「危なっ!」


 そのまま弾き返そうと思ったのだが。


「え? 重っ!」


 この小さな体のどこにそんな力があるのか分からないが、とんでもない力だ。

 とにかく一度振り払おうと、右足で蹴り飛ばそうとしたが、俺の蹴りが当たる前に、少年は慌ててその場から飛び退いた。


「え? お兄さん、僕の攻撃を受けて反撃する余裕があるの?」

「はあ? 何言ってるんだ? それより! いきなり殴りかかってくるとは何事だ!」


 一体どんな教育を受けているんだ、この少年は! 常識がないのか! 常識が!

 そんな事を考えていると、マリーの慌てた声が聞こえてくる。


「カイトさん、離れて! そいつがオーガエンペラーです!」


 少年に杖を構えたまま俺にそう言うマリーは、冗談を言っている風には見えなかった。

 という事は……え、マジ? この少年がオーガエンペラー? 嘘だろ? どう見ても子供にしか見えないぞ。


「なあ、お前本当にオーガエンペラーなのか? 全然そんな風には見えないけど?」


 ここには禍々しい気配を感じて、文字通り飛んできたんだけど、この少年からは全然そんなものを感じない。何かの間違いでは?


「そうかい? だったら、これでどうかな?」


 少年がそう言って不敵な笑みを浮かべると、途端に周囲の空気が変わる。

 ……これだ、俺が感じた禍々しい気配は。

 近くで感じて初めて分かる。これは想像以上に重い。


「理解したみたいだね。そう、僕こそがオーガエンペラー、その変異種だよ」

「……どうやらそのようで」


 さて、どうするか。先手必勝で殴り掛かるか、それとも様子を見るか。

 どっちにしても、一つだけ確かなのは。


「マリー、急いでみんなの回復を。俺が奴の相手をしている隙に」


 俺が棍棒を取り出しながら言うと、マリーは顔を左右に振り。


「ダメです! 一人で敵う様な相手ではありません。せめて二人で戦いましょう!」


 そうだな。確かにそれがいいのかもしれない。でもなぁ。


「敵さん、めっちゃ俺の事見てるし、今なら俺がコイツの相手をしている隙に、確実にみんなを回復させられると思うんだ。だから、俺が相手してる間に、みんなを回復させて、みんなで戦った方が勝率高いと思うけど」

「そ、それは……」

「ねえ、いつまで話してるの? お兄さん結構強そうだし、早く戦いたいんだけど」


 どうやらあいつもそろそろ我慢の限界みたいだな。


「じゃあ、任せた!」

「あ、ちょっと! ……もう、死なないで下さいよ!」


 マリーに任せると同時に、俺は地面を蹴ってオーガエンペラーとの距離を一気に詰める。

 先手必勝! 棍棒を上段に構え、力一杯振り下ろす。


「あはっ。やっと来たね! 僕の名前はシン。お兄さんの名前は?」

「近衛海斗だ! よく覚えておくんだ、な!」


 俺が振り下ろした棍棒と、オーガエンペラーの拳が正面からぶつかり合った。

 さあ、ここが正念場だ。




「ロザリーちゃん、このポーションも使って」


 私は両手に持てるだけポーションを持って、一番近くにいたロザリーちゃんとヴォルフさんに駆け寄った。


「あ、ありがとう、マリーちゃん」


 私からポーションを受け取り、それをヴォルフさんの全身にかけ、ロザリーちゃんは再び治癒を再開した。


 両手から淡い緑色の光を放出し、ヴォルフさんの全身にそれを浸透させていく。

 使い手が少ないと言われている、治癒魔法だ。


「ありがとう、マリーちゃん。とりあえず、もう心配はない筈。多分すぐに目を覚ますと思う」

「そう、良かった」


 今日だけで二本飲んだけど、カイトさんが分けてくれたポーションは、普通のポーションよりも効き目が強い。


「本当、すごい効き目よね。このポーション」

「うん、一体どこで手に入れたんだろう?」


 こんな物を持っているなんて、カイトさんは本当に謎が多い。


「さあ、マリーちゃんはフーリさんの所に行ってあげて。私は他の人達にポーションを配ってくるから。これを持って行けばいいんだよね?」


 ロザリーちゃんが指差しているのは、さっきカイトさんが置いて行ったポーションの山。しかも、よく見たら魔力回復薬まで混ざっている。

 本当に、どこで用意してきたんだろう?


「うん、じゃあそっちはお願い。私も姉さんを回復させたらすぐ合流するから」


 でも、今はそんな事より、出来るだけ早くみんなを回復させないと。こうしている間も、カイトさんは戦ってるんだから。


 私はロザリーちゃんと一旦別れ、少し離れた所で倒れている姉さんに駆け寄り、ポーションを手渡した。


「姉さん、大丈夫? 遅くなってごめん」

「ああ、大丈夫だ。それより、とんでもない事になったな」


 受け取ったポーションを一息に飲み干した姉さんは、まだ完全に傷が癒えていないのか、足元がおぼついていない。でも、それでも一人で立ち上がれる程度には回復したみたいで安心した。


 良かった。ヴォルフさんと姉さんが一番重症だったから心配してたけど、この分なら心配無さそう。

 それに、これなら他の人達もすぐに回復する筈。


「突然カイト君が空から降ってきた事にも驚いたが、この光景にも驚かされる。まさかあのシンと互角に打ち合えるとはな」

「え?」


 シンと互角?

 その言葉に、私はカイトさんの方を振り返ってみた。

 するとそこには、棍棒片手にシンと激しい接近戦を繰り広げている、カイトさんの姿があった。




「あはっ。すごいすごい! この僕とここまで打ち合える人間がいるなんて!」

「ああ、そうかい。こっちはさっきから必死だけどな!」


 シンが拳を振り上げ、顔面目掛けて殴り掛かってくるが、棍棒を盾にする事でそれを防ぐと「バキッ」という音と共に、棍棒が真っ二つに割れてしまう。

 あ! 俺の棍棒!


「あーらら、折れちゃった。やっぱりそんな武器じゃ僕の攻撃には耐えられないか」


 まるで分かり切っていた事だとでも言いたげなシン。

 いやまあ、流石に俺も折れるんじゃないかなぁとは思ってたけど。でも、実際に折れるとショックだな。


「さあ、どうするのお兄さん? お兄さんの武器、壊れちゃったけど」


 すぐに追撃してこず、こうやって尋ねてくる辺り、シンにはまだ余裕が感じられる。

 くっそ、こっちは全然余裕なんてないっていうのに。


「どうするっって? こうするのさ」


 俺はストレージで新たに棍棒を作り、それを取り出す。

 素材さえあれば、棍棒なんていくらでも作れる。

 たかが一本割られた程度どうという事はない。


「へえ、面白いね。アイテムボックスか。まさかそんな使い方してくるなんて」


 何か勝手に勘違いしている事から、シンもストレージについては何も知らないらしい。

 ならそれを最大限利用しなくては。


「それじゃあバトル続行と行こうか、お兄さん!」


 シンが再び殴り掛かってきて、それを迎撃する俺。

 さあ、どうやってシンを倒そうか。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

この作品を面白いと感じて下さった方は、フォローとレビューの方をして頂けると大変励みとなりますので、何卒よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る