1章 第7話 出会いは「突」然に

「うぅ、痛かったです」

「いや、俺も痛かったけどね?」


 現在、お互いに痛みから復活し、何とか喋れる所まで回復した。多分向こうも言いたい事はあるだろうが、これだけは言える。


「多分俺は被害者だ」

「う……ごめんなさい」


 女の子は素直に謝ってきた。自分も目が覚めた瞬間頭突きという、なかなかレアな体験をしているのに、だ。いい子や。まだデコを押さえているが本当に大丈夫だろうか? あ、コブ出来てる。


「とりあえず、お互い挨拶もまだでしたね」

「え? ……あ、そ、そうですよね! 挨拶がまだでしたね!」


 あれ? 視線が俺に向いていない? その深い海を思わせる、透き通るような綺麗な青い瞳は、俺ではなく少し後ろを、更に言うならキノコを見ている気が……ああ、なるほど。


「いや、先にご飯にしましょうか。キノコ、好きなんでしょう?」


 なんせ気を失ってなおキノコには反応を示すぐらいだしな。

 俺の提案に、女の子はビクッと肩を揺らし、一目で分かるぐらい動揺しだした。


「い、いえいえ、そんな! どうぞお気になさらず! 確かにキノコは好きですけど……別に、」


 その先を言葉にしようとして。


 くぅ~


 控えめに存在を主張する女の子の腹の虫。この娘のお腹には俺と違って随分かわいい鳴き声の虫が住んでいるようだ。


「っ!? こ、これは、その、ちがくて‼」


 おお、焦ってる焦ってる。別に恥ずかしがらなくてもいいのに。


「分かってますよ。丁度私もお腹が空いていた所です。先にご飯でも食べてがら、ゆっくり話しましょう」

「うっ……は、はい。ありがとうございます」


 その提案に、誤魔化せないと悟ったのか、恥ずかし気に小さく返事をすると、女の子は俺の近くに腰を下ろした。




「はい、どうぞ。焼きたてですので熱いですよ」

「ありがとうございます。あの、敬語は結構ですので普通に話して下さい」

「あ、そう? だったら普通に話すわ」


 正直畏まった言葉って苦手なんだよな。向こうから敬語やめていいって言ってくれたのは助かった。

 俺が急にタメ口で話し出したのに、この娘はそれを全く気にした風もなく、ニコリと微笑んでいた。


「はい、そうして下さい。それじゃあコレ、ありがたく頂きますね!」

「……え? ちょ、まっ!」


 言うや否や、女の子は焼きたてのキノコに思いっきり齧り付いた。いや、少しは冷まさないと……。


「――‼ あっくぅ‼」


 ほら、言わんこっちゃない。とりあえずストレージから水を取り出して、彼女に差し出す。


「はい、これ飲んで」

「っ‼ あ、ありがろう、ごらいまふ」


 彼女は俺から水を受け取ると、それを急いで口に含んだ。ありゃ間違いなく舌を火傷したな。呂律が怪しかった。

 見た目と違って――いや、ある意味見た目通りドジっ子なのだろうか? 改めて女の子の姿を見てみる。


 深い海を思わせる、ふわっとした青いロングヘアーに、くりっととした瞳、小さめの口元は童顔と言って差し支えない。


 俺より二回り程小さな背丈は大体百五十センチぐらいだろうか? 出るとこはあまり出ず、引っ込む所は引っ込んでいる為、ぱっと見小学生にも見える。というか小学生と言われても違和感がない。


 そんな子がドジっ子……うん、別におかしくねえな。


「ふぅ、落ち着きました……何か失礼な事を考えてませんか?」

「いや、別に?」

「……そうですか?」


 俺が否定すると、若干疑わしそうな視線を向けられたが、とりあえずは納得してくれた。勘は良いみたいだな。

 女の子は再び視線をキノコに戻し、またしても齧り付こうとして、寸前でやめた。


 うん、賢明な判断だと思う。直火で熱々に焼いているのだから、そんなすぐに冷める訳がない。

 女の子は先に、ふぅふぅと息を吹きかけてキノコを冷まし、今度こそ齧り付いた。


「ん~! おいしい! 流石オイ椎茸ですね!」

「……はい?」


 オイ椎茸? このキノコそんな名前なの? 確かに椎茸に似てるな、とは思ってたけども。


「鑑定!」


 俺はついキノコに鑑定をかけてしまった。結果は「オイ椎茸:食用キノコ」となっていた。うわ、本当だ。食べられるかばっかり気にしてて、名前をよく見てなかった。

 いや、オイ椎茸って。もっと他の名前無かったのか?


「珍しい。鑑定が使えるんですね」


 女の子が俺の方を見ながら少し驚いた表情をしていた。あ、鑑定って珍しいスキルなのか。


「ああ、まあね」


 一瞬、誤魔化そうかとも考えたが、ここは曖昧かつ無難に答えておく事にした。

 不審がられたか?

 そう思って女の子の方を見たが、特に気にした感じではなく、一心不乱にオイ椎茸とやらに齧り付いていた。そして満面の笑顔。


 彼女はそのまま、あっという間に串一本のオイ椎茸を食べ終えてしまった。俺はそれを見て、すかさず二本目を差し出す。俺? まだ一本目の途中だよ。


「ありがとうございます!」


 素直にそれを受け取り、今度は最初から冷まして齧り付いていた。うん、失敗からしっかり学んでいてひとまずは安心した。




 十分程そんなやり取りを続け、俺達はオイ椎茸を全て食べきった。ちなみに俺が三本、女の子が七本食べた。


 いやあ、この子食べるのめっちゃ早いし、よく食べるしで驚いたよ。しかも食べてる時の目が若干怖かった。

 あれは獲物を見つめる狩人の目だった。


「ふぅ、どうもごちそうさまでした」

「はいはい、どういたしまして、と」


 適当に返事を返しながら串をまとめ、女の子と反対側の地面に置く――ふりをしてストレージに収納した。そのまま串に浄化をかけておく。多分これで綺麗になってるだろう。浄化っていうぐらいだし。


「それでは改めまして、私の名前はマリエール・アルマーク。ペコライの街で冒険者活動をしています。気軽に、マリーって呼んで下さい」


 俺が横目でストレージ画面を確認していると、女の子が突然自己紹介を始めた。マリーというのはあだ名の様なものだろう。


「歳は十六歳です」

「え? 十六歳?」


 色んな意味で、十二歳かそこらだと思ってました。まさか三つしか違わないとは。いや、前世の年齢のままなら一回りぐらい年の差があるけど、今の俺は十九歳だ。


「私が十六歳だと変ですか?」


 ……あれ? 何か圧がすごいんだけど。めっちゃジト目で睨まれてる。

 もしかして、幼くみられるのが嫌とか?


「いやいや、別におかしくはないよ! 深い意味はないから!」

「本当ですか?」

「うんうん、本当本当。よろしくな、マリー」

「……まあ、いいですけど」


 俺が誤魔化すと、ジト目でこっちを睨みながらも、とりあえずは納得してくれたみたいだ。

 よかった、納得してくれて。まだ睨まれてる気がするけどきっと気のせいだ。未だにマリーが、じぃっとこっちを見ているなんて……あれ?


「俺の顔に何か付いてる?」

「いえ、まだあなたのお名前を聞いてないな、と思って」


 あ、やっぱり名乗らないとダメ? ダメですか、そうですよね。さてどう答えたものか。俺の場合、名前はまだしも、名字は完全に日本風だからな。

 マリーの名前からして、多分日本風の名字は目立つだろうけど――まあいいか、名前ぐらい。


「俺は近衛海斗。十九歳。近衛が名字で海斗が名前だ。よろしくな」

「カイトさんですね。でも名字が先にくるなんて。カイトさんはもしかして侍の国出身なんですか?」

「侍?」


 突然聞き慣れた単語が出てきたが、もしかしてこの世界にも侍がいるのだろうか?


「あれ、違いましたか? 名字が先にくる国なんて、侍の国だけだと思ってたんですけど」

「えっと……」


 一瞬話を合わせようかと思ったけど、これは無理だな。知らない事が多すぎる。というか知らない事しかない。


「あー、実は俺、記憶喪失みたいなんだ。思い出せるのは名前ぐらいで。どこの国出身とか、そういうの全然思い出せなくてさ」


 考えた結果、少しだけ嘘をつく事にした。俺に起こった出来事を全て話すと、頭のおかしい奴認定されかねない。というかされる、間違いなく。


 だったら記憶喪失という事にして、分からない事は全て記憶喪失で押し通す。それが現時点での最善策だろう。きっと……多分。


「記憶喪失、ですか? 一体どうして?」

「いや、それが俺にもよく分からなくて。目が覚めたらこの森の中にいたんだ」


 正確には女神様に放り込まれたら、だが。


「そうですか。それは大変ですね。それじゃあここがどこなのかも全然分からないって事ですよね。よかったら、私がペコライの街まで案内しますよ」

「本当か!? それは助かる!」


 渡りに船とはまさしくこの事だろう。おかげでなんとか人里に出られそうだ。

 マリーが起きるまで待ってて、本当に良かった。


「そのペコライって街は、ここから遠いのか?」

「いえ、ここから一時間程歩くと着く筈ですけど」


 一時間か。意外と近くなんだな。野宿の可能性も考えてたけど、その心配は必要なさそうだ。


「それじゃあ早速出発しましょうか――いたっ」


 その場で立ち上がったかと思うと、マリーは突然よろけた。咄嗟に肩を支え、なんとかこけさせずには済んだが。


「もしかして足、痛むのか?」


 右足首を押さえながらしゃがんでいるマリーに尋ねてみた。


「はい。実はさっき木の根に躓いてこけそうになった時に、変な態勢で踏ん張ってしまって。その時に足を捻ってしまったみたいです」


 さっき、というのは、恐らく気を失う前の話だろう。


「この岩陰で少し休もうと思っていたら、何故か急に意識が遠くなってきて。そのまま気を失ってしまったみたいです」

「急に?」


 普通は急に気を失ったりしないと思うけど。

 もしかして、生まれつき体が弱いとか、何か特別な理由でも……。


「採れたてのオイ椎茸を沢山食べる為に、昨日から何も食べてなかったのが災いしたみたいで」


 前言撤回、ただの考えなしだわ。昨日から飯抜きってなんだよ。食いしん坊か!

 ……ん? 空腹のあまり気絶って。


「まんま行き倒れじゃねえか!」

「きゃっ」

「あ、ごめん」


 あんまりな事実についツッコんでしまった。

 マリーの方を見ると、まだ痛そうに足を押さえている。仕方ないな。


「とりあえずこれで治るか試してみて」

「これは……ポーションですか? って、カイトさん!? 今どこからポーションを取り出しました!?」


 あ、やべ。無意識にストレージを使ってしまった。ダメだな、なんかマリーの前だと気が抜けるというか。何でだ?


「あー、えっと。実はアイテムボックスってスキルを持ってて」

「アイテムボックス!? すごいレアスキルじゃないですか! あいたたっ」


 マリーが興奮気味に近づいてきたが、怪我してるのを忘れていたみたいで、また痛がってる。


「ああ、ほらほら。とりあえず先にポーション飲んじゃって」

「そ、そうですね。すみません、頂きます」


 そう言うと、マリーはコップの中のポーションを一息に飲み干した。んー、木のコップに入ったポーション、ちょっとダサいよな。その内ガラス瓶を用意しないと。やっぱりポーションといえばガラス瓶だよな。


「ふぅ。ありがとうございました」

「ちゃんと効いた?」

「はい、おかげで痛みが引きました」

「本当か? もしまだ痛むなら、街までおぶって行くけど」

「本当に大丈夫ですから! ほら!」


 俺が尚も心配すると、マリーは俺の前で立ち上がって見せ、足で地面を数回トントンと叩いてみせた。

 うん、足首の腫れは引いてるみたいだし、別にやせ我慢している風にも見えない。

 よかった、本当に効いてるみたいだ。

 後はこのまま。


「よし、それじゃあそろそろ出発しようか! 善は急げと言うし! マリー、街まで道案内よろしく!」

「え? あ、ハイ」


 よし、街に向けて出発だ!


「アイテムボックスの話、後で聞かせて下さいね?」


 ……ちぃ、流されなかったか。

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