1章 第2話 始まりはテンプレ通りに 2

「うん? ここは一体……?」


 光が霧散すると、そこは木々の隙間から木漏れ日が差し込む森の中の様だった。月明かりではない事から、どうやら夜ではないみたいだ。

 とりあえず異世界転移は無事成功したみたいだが、人里には転移しなかったらしい。


 森の中スタートか。確かに異世界転移のお約束の一つではあるし、実際に森の中に転移した場合を想定したシミュレーションもした事はある。だが、実際にその立場になってみると、意外と困るもんだな。


「それにしても、あのガイアって女神、大した説明もしないで異世界に放り込むなんて。もっとこの世界について詳しく説明してくれてもいいのに」


 ……まあここで愚痴っても仕方ないか。とりあえず今は他にやるべき事がある。


「ステータスオープン」


 教わった通り唱えると、目の前に半透明のタブレット画面の様な物が現れた。俗にいうステータス画面という物だろう。


 そこには「近衛海斗:男 十九歳 人族」と書かれており、更にその下に「スキル」と書かれていた。


 これだ。あの女神……一応「様」をつけておいた方がいいか? もしも理不尽に天罰でも落とされたら、堪ったもんじゃない。


 女神様は付与したスキルの説明もせずに、いきなり俺を異世界に放り込んだんだ。ステータスプレートは真っ先に確認しておかないと。


「えーっと、スキルは……、鑑定、成長限界突破、ストレージの三つか……あれ? 戦闘系のスキル無くない?」


 確かにどれも便利そうなスキルではある。鑑定は異世界物の定番だし、成長限界突破は先々絶対重宝するだろう。ストレージは言わずもがな。収納系のスキルは必須と言っても過言じゃない筈だ。


 でもさ、今使える戦闘スキルが無い訳ですよ。一応成長限界突破は戦闘系に入るんだろうけど、現状特に何か影響があるスキルとは思えない。


 そしてそれは、今の俺にまともな攻撃手段が無いという事を意味している。

 今魔物に襲われたら詰むぞコレ。一体どうしたものか。


「……まあ、無い物は仕方ない。それよりも、今は水と食べ物の確保が先決か」


 その二つが無いと生きるのもままならないからな。その後は安全な拠点の確保、そして火を起こす道具の用意、と。やるべき事は山積みだ。


 魔物の件はとりあえず後回し。今考えても仕方ないし、精々出会わない事を祈ろう。


「よし、とにかく動くか」


 このままここに留まっても状況は好転しない。

 それに、まだ見ぬ世界の探索。それ自体はワクワクしている。


 俺の異世界生活は、まだ始まったばかりだ!

 ……いやフラグじゃねぇよ?




 歩き回る事三十分、食べ物も水も一向に見つからない。ていうか、自分が今どこにいるのかさえ分かっていない。自分が人里に近づいているのか、遠ざかっているのかも。

 この状況、実は迷子というものでは?


「異世界生活でいきなり迷子とか、笑えねえな」


 そもそも森の中からスタートって絶対間違ってるだろ。

 右に左に前に後ろにと、思いつく限り色々と歩き回ってみたが、景色が全然変わらないから方向感覚も狂ってくる。


 それに、そろそろ腹も減ってきた。いい加減果物の一つでも見つかってくれないものか。と、そんな事を考えていた時だった。


 ぴちゃん。


 どこかから水のはねる様な音が聞こえてきた気がした。方向的に左の方だろうか?


「……もしかして川か!」


 言葉にすると同時に、俺は音のした方向に向かって駆け出した。

 川なら飲み水の確保も出来るかもしれないし、あわよくば魚を捕まえられるかもしれない。


 煮沸しなきゃとか、どうやって魚を捕まえるのかとか、今は考えたらダメだ! 心が折れる!


 少し走ると、流れの穏やかな綺麗な水が流れる川が見えてきた。意外と近くにあったな。


 川の中を覗いてみると、川魚もそこそこいるみたいだ。だが、現状魚を捕まえる方法はない。残念だが魚は後回しだ。

 それよりも重要なのは。


「この川の水が飲めるかどうかだな」


 飲み水を確保する時は、煮沸してからってのが定番だけど、地球の常識が異世界でも通用するか分からない。

 熱で死なない菌なんかがいたら最悪だが、今の俺には心強い味方「鑑定」がある。


「よし、それじゃあ記念すべき異世界最初のスキル、鑑定!」


 そう口にすると、川の水を鑑定した結果が目の前に浮かんできた。おお、本当に鑑定出来た! ちょっと感動だ。


 鑑定結果は「川の水:飲用には不向き」と出ていた。まあ当然だよな。川の水をそのまま飲もうなんて、自殺行為だろう。そのぐらいは分かっていたんだが……飲めないのか。実はほんのちょっとだけ、期待してたんだけどな。


 いや、正確には飲用には不向きと書いてはあるだけで、飲めない事はないのか?

 いっそ一か八かこのまま飲んでみるとか……いや、もしこれで変な病気にでもなったりしたら目も当てられない。


 そんな事を考えていると、ストレージ画面にもう一つ別の画面が浮かんできた。そこには「川の水をストレージに収納出来ます」と書かれている。

 そういえばストレージってどうやって使うんだ?


 とりあえず「ストレージ」と唱えてみると、俺の手元に五十センチ四方ぐらいの大きさの、真っ黒な穴の様な物が現れた……空中に。


 え、どうなってんのコレ? とりあえず、その中に手を突っ込んでみる。

 ……俺の腕が肘辺りまで無くなった様に見えるんだが?

 でも手の感覚はあるし、引き抜いてみると手はちゃんとある。


 これはアレか? ストレージ内は別の空間で、こっちからは見えないとか?

 うわぁ、ありそうだ。もし本当にそうなら、考えるだけ時間の無駄だな。ファンタジーに科学の常識が当てはまる訳がない。俺科学詳しくないけど。


 俺はそれ以上深く考えるのをやめた。それよりも気になる事がある。


「水ってそのまま収納出来るのか?」


 普通何か容器に入れて収納するイメージがあるんだけど。


「えっと、ここに水を掬って入れればいいのか?」


 川に両手を入れて水を一掬いし、穴に入れてみた。

 すると水は穴に吸い込まれていき、ストレージ画面には「川の水:少量」と出ていた。


 おお、本当に収納出来てる!

 さっきも思ったけど、実際にスキル使うと「異世界に来た」って実感が湧いてくるな!


 と、そんな事を考えていると、ストレージ画面に新たに「浄化」という選択肢が現れていた。


「ん、浄化? もしかして、これ浄化すれば飲み水に出来るのか!?」


 もし本当に飲み水に出来るのなら水は確保出来る。そろそろ喉も乾いてきた所だし、水はぜひとも確保しておきたい。

 そんな想いと共に、俺は迷わず「浄化」のボタンを押した。


 するとストレージ画面の「川の水」の文字が一瞬だけ光り、次の瞬間「水:飲用可能」に変わった。

 キタッ! 成功だ。


 そのままストレージから水を取り出そうとして……寸前で思い止まった。

 そういえばさっき、俺は川の水をストレージに直接収納した。


 もしストレージが収納した時の状態のまま取り出す仕様なら、折角手に入れた飲み水を失ってしまう可能性がある

 

 まあもう一度川の水を浄化すればいいだけなんだが、初めてスキルで作った物を無駄に捨てるのは少々忍びない。

 出来れば何か器が欲しいところだが。


 辺りを見回し、何か使える物が無いか探してみた。

 近くにあるのは、木の枝、木の葉、石、土、と。


 ……一体これで俺に何を作れと?

 とりあえず木の枝と木の葉を使って器を作ってみるか。


「まずは木の枝を組み合わせて、それを木の葉で包み……って出来るかぁ!」


 こんなんで作れたら苦労しねえわ!

 俺は手に取った木の枝と木の葉を、ストレージに向かって叩きつけた。


「いや、マジでどうしようか。器一つ作れないって結構まずいんじゃ……ん?」


 ふとストレージ画面に視線を移してみると、そこには「合成」の項目が増えているのに気が付いた。


「合成? 合成って、もしかしなくてもあの合成?」


 木の枝と木の葉を合成って、何が作れるんだ? 想像出来ん。

 とりあえず確認してみると、そこには「木のコップ」と書かれていた。

 え、マジで!? タイミング良すぎかよ!


 条件反射で合成ボタンを押すと、さっきの浄化と同様に木の枝と木の葉が消えて、今度は木のコップがストレージ内に増えていた。


「おお、本当に合成出来てる」


 ストレージから木のコップを取り出し、その出来の良さに感心した。

 これ日本のホームセンターとかに売ってる物より出来が良い気がする。材料木の枝だけど。


 ていうか、木の葉要素どこいった? と思ったら、コップに木の葉マークのイラストが描かれていた。あらやだ、オシャレ。


「まあ何はともあれ、これで水が飲める」


 早速ストレージから水をコップの中に取り出し、それを一息に飲み干す。

 ふぅっ、生き返る。


「この水やたら旨いな。普段から水道水ばっかり飲んでた俺でも分かるぞ」


 浄化と合成、この二つは本当に便利だ。出来るだけたくさん使って、早く使いこなさないと。


「とりあえず川の水を大量に収納しておくか」


 目の前の川の水を両手で掬い、ストレージに入れようとして、ふとその手を止めた。


「ストレージを川の中に展開とか出来たら便利じゃね?」


 物は試しと、ストレージに意識を集中してみた。大きさは一メートル四方ぐらいで、展開先は川の底がいいかな。

 そう考えると、ストレージの穴が突然俺の前から「ふっ」と消えた。


「おや?」と思い辺りを見回してみるが、穴はどこにも見当たらない。

 だが画面は消えておらず、ストレージ内の川の水の量がどんどん増えている。


「これってもしかして、本当に川底に?」


 試しに川の中を覗き込んでみると。


「……なんか川底にでかい穴が空いているんですけど。」


 一メートルぐらいの広さはあるだろうか?

 ……あ、多分あれストレージだわ。普通川底にあんな穴が空いている訳ないし。


 さっき一メートル四方って考えたから本当に大きくなったのか?

 と、もうそろそろ充分かな。ストレージ画面を見ると、既に川の水は大量と表示され、それ以降変化していなかった。

 あわよくば川魚も巻き込まれていないかと思ったが、そう上手くはいかない様だ。

 さて、もう充分だろう。そう思い、ストレージを解除しようとして、解除の仕方が分からない事に気が付いた。


 え? これどうやって解除すんの? 解除って念じればいいのか?

 試しに「解除」と念じてみると。


「……本当に解除出来た」


 川底から大穴が無くなっており、ストレージ画面の川の水の増加も止まっていた。

 念じるだけでストレージの大きさ、場所を自由に設定でき、発動と解除も自由自在。


 ストレージ内の物を使って浄化と合成も出来る、と。

 いや、控えめに言って超便利だわ。


「ストレージって実は想像以上に便利なスキル?」


 一応女神様がくれたスキルだから、普通のスキルよりも高性能とか?

 充分あり得るな。


「まあ、今はまだ分からない事が多いし、とりあえず使いこなせる様にならないとな」


 その為にも、今は色んな物を片っ端からストレージに突っ込んでみる事にしよう。

 もしかしたら、浄化と合成以外にも出来る事があるかもしれない。

 そう考えながら、俺はその場から歩き出した。

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