仲直りに言葉はいらない

緋色 刹那

「仲直りに言葉はいらない」本文

 朝起きて、ごはんを食べて、歯磨きをして、着替えて、靴を履いて、「いってきます」と玄関のドアを開いた瞬間、気づいた。

 そっか。今日から一人で学校に行くんだ。

「……さびしいな」

 昨日の学校からの帰り道、彼氏とケンカをした。

 何がキッカケだったのかは思い出せない。きっと、思い出せないくらいどうでもいいことだ。

「もう、口も利きたくない!」

 去り際、私は叫んだ。彼は黙ってうつむいていた。

 昨日までは本気でそう思っていた。

 でも、一晩経って後悔した。あんなこと言わなきゃ良かった。早く仲直りがしたい。

 私は急いで、彼との待ち合わせ場所へ向かう。

 私たちは毎朝、T字路で待ち合わせて、いっしょに学校へ行っていた。「今日はいないかもしれない」って不安だったけど、彼も反対の道から走ってきた。

「あっ」

「えっと」

 T字路に着き、私達は口ごもる。ひと言「昨日はごめんなさい」と言うだけでいいのに、言えない。

 結局、仲直りできないまま、私達は並んで歩き出した。


 途中で雨が降ってきた。慌ててカバンを探る彼。折りたたみ傘を忘れてきたらしい。

 私は持っていた折りたたみ傘を広げ、彼に差し出した。緊張で手が震える。彼のほうが背が高いから、傘はいつも彼に持ってもらっていた。

「……」

 彼は無言で傘を受け取ると、いつものように私のほうへ傾けてくれた。手の震えがおさまる。

 すると突然、彼が私の腕を引っ張った。直後、後ろから自転車が猛スピードで走り去っていった。彼が引っ張ってくれなかったら、ぶつかっていたかもしれない。

「あ……」

「……」

 お礼を言おうとしたけど、彼は私の傘と腕を持ったまま、再び歩き始めてしまった。私もお礼も言葉を飲み込み、ついていった。


 学校に着いた。

 ちょうど、友人のキュン子も別の道から歩いてきた。

「おはよー」

「……」

「……」

「何で無言?」

 私はスマホに「ケンカ中」と打ち、キュン子に見せた。彼も同じようにスマホを見せていた。画面は見えないけど、たぶん私と同じ四文字のはず。

「だからって、私にまで無言にならなくてもよくない?」

 とキュン子は肩をすくめた。

 ふと、キュン子は何かひらめいた様子で、パチンと指を鳴らした。

「しゃべらずに仲直りする方法、あるよ」

「!」

 「どんな方法?」と私は文字を打って、見せた。

 キュン子はニヤリと笑い、答えた。

「キス」

「「!」」

 顔が熱くなる。彼も顔が真っ赤になっていた。

 とんでもないこと言うわね、このバカ友は! 周りを見なさい! 他の生徒や先生が大勢いるでしょうがー!

 私の心の叫びが届いたのか、「ジョーダンに決まってるじゃん」とキュン子は笑った。

「キスはムリかもだけど、ハグとか握手ならできるんじゃない? 何はともあれ、さっさと仲直りしてよね。それか、爆発しろ」

 キュン子は言うだけ言って、校舎へ消えた。

「……」

「……」

 自然と、彼と視線が合う。

 私がおずおずと手を差し出すと、彼はその手をがっしり握った。雨で冷えた手に、彼の温もりがじんわり伝わる。

 良かった。仲直りできた。今は気恥ずかしくて話す気になれないけど、昼休みまでには普段どおり話せるようになっているはず。

 ……だけど、何か物足りない。手だけじゃ足りない。かと言って、校門の前でハグするのは目立つ。

 彼も同じことを考えていたようで、私の顔をジッと見つめていた。

「……校舎裏行く?」

「いい。傘で隠せる」

 私たちは校門から少し離れると、傘で顔を隠し、唇を重ねた。

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