生きる為の物語

一都 時文

第1話 戦場の中で

 母親は目の前で、父は戦場で死んだ。私は、これからどうすればいいのだろうか?

 チコ・ラーシャは、母国コラムダム帝国と敵国サフィルス帝国の内戦により両親を失った。内戦が始まったのは1年前の事で、風向きが悪くなったのは最近のことだ。コラムダム帝国はいきなりのことに民衆を避難させる余裕がなく、サフィルス帝国もまた、今までのコラムダム帝国の勢力により民衆は苦しい生活を強いられていた。

 チコは一人で歩き出す。もう泣く気力もなく、ただひたすらに安全を求めて歩いた。

 歩いてる最中、とても静かなことに気がついた。銃の音も人の声もしない、いつもは一時の幸せだった静寂がチコを襲う。チコはもうどうでも良くなった。歩くこともやめて眠ろうとする。が、膝を立てて座ろうとしたところ、人の血痕を見つけた。戦争が過激化してからよく見てきたものだが、膝に少しの温もりを感じたチコは辺りを見渡し、人がいないか探した。

「誰か、誰か、いますか?」恐る恐る震える声を振り絞る。すると、木陰の方で誰かが倒れたのが分かった。今のチコにとって敵か味方かは関係ない。ただ誰かに傍にいてほしくて木陰へと走った。

 チコは倒れている者が青年だと知った。胸のところにある紋章はコラムダム帝国のもので一安心したのも束の間、青年の重症さに絶句する。

 左腕から流れる血は肩に埋め込まれた弾のせいで、足には擦り傷や打撲の数々、頭も打っているようで右目から右耳までが真っ赤に染まっている。チコは自分の服を裂く。これまで膝が隠れるほどあった洋服は、膝上まで達し、長袖の部分を小枝を使って丁寧に裂くと布をまとめて包帯を作った。

 青年の息を確認する。まだ息をしているようでチコは今度こそ安堵した。然し、安堵すればするほど静けさに違和感を感じた。

「夜が来たら確実に二人共死ぬ…」チコは自分のぼやきに笑うと活を入れて立ち上がった。周りにある木々から水を得ようとする。幸いにもそこは竹林だった。

 チコは青年が持っていた銃を手に取ると、震えも消えて金具を引く。引き金を引いた瞬間水がしたたり落ち、その水を布に染み込ませ石の上に置いて土がつかないようにし、濡れた布を三枚作ると、今度は石ごと青年の元まで持っていくと、血の汚れを落とし、口に水を運んだ。青年はグハッと目覚める。

「大丈夫?」とりあえず声をかけてみたが直ぐにもがき出したためチコはまた、三枚目の濡れた布で、今度は青年の首元を冷やした。

 チコも既に気が気じゃない、そして青年もまた、苦しみにもがいていた。そんな中でも夜は来る。うめき声が静かな森に響いた。チコも寒さと脱水状態で命が危うくなってきている。


 やっぱり、ここで死ぬのか、チコはゆっくりと思考を回すとそう思った。せめて、この人だけでも…

「だ、大丈夫?ですか…」暗くてよく見えないが木に項垂れるチコと同じくらいの高さの人影なため子供だと分かった。

「僕の家に、、、」助けてくれようとしているのだろう。しかし、青年と少女。二人を運ぶのはこの子には無理だ。チコは「ごめんね」というと眠りに落ちた。


「生きて、下さいね、ねぇルウ、この二人大丈夫かな、息してるかな?」目覚めると少年と亀のような生き物がチコと青年を運んでいた。運び方は大きな布に二人を乗せて引っ張るという方法だ。チコと青年には、布や、藁や葉っぱがかけられており、ぬくもりがあった。

「うぅ゙、」チコの悲鳴に少し足を止めると、亀と子供は、あと少しですから頑張って。と励ましてくれた。チコは、少しの温もりと痛みの中で“生きる”ということが何なのか、そう考えた。友も家族も失った。帰る家すら無い。チコに残ったものは命だけ。この先、サフィルス帝国に支配されていくのならチコはこれ以上苦しみたくないと思った。

「着いた!」子どもの喜ぶ声が聞こえる、チコはもう立てなくなっていた。

「段差で死なないで下さいよ!とどめを僕が刺すなんて死んでもごめんですから!」チコと青年がガクンと音を立てる。地味に痛かった。

「ベットには、、、僕らでは上げれないね、」子供は困った顔をする。可愛らしかった。

「とりあえず温めなきゃ!」ベットの敷布団を敷くと、チコと青年を転がした。その上から布団をかぶせ、枕をそっと頭を持ち上げてしのばせてくれた。子供は火を起こしてやかんを取り、お湯を沸かしながら穀物や肉を切る、料理をしているようだ。

 途中でチコが水をほしているのに気づき、コップに注ぐと、飲むのを手伝ってくれた。他にも子供は青年の治療を迷いながらもやり遂げる。チコも段々気持ちが元気になり、子供が料理を終える時には話せるくらいになっていた。

「リンね、素敵な名前、私はチコ。この人は知らない人なの…」チコは、なんとか眠った青年を見つめるとやっぱり不安になった。

「チコも大変な状況だったのに、助けようとするなんて優しいね!」リンは笑顔を見せてくれた。然し、チコは不安を隠せなかった。

「私の通ってた学校ではね、苦しむより一発で終わったほうが幸せだって言われてたの、確かに間違いではないと思っちゃった、」

「戦争を始めた時点で僕らは幸せを奪われてると思うよ、それに、生きてほしいじゃん!チコが守ろうとした命、僕も二人に生きてほしい。」リンはスープを器に入れるとチコに渡す。

「チコはコラムダム帝国の人でしょ?」チコはビクリとした。もし、リンが敵国の子で、コラムダム帝国を恨んでいたら?どう謝っても取り返しがつかない。

「チコの服に紋章があったからさ、、、僕はサフィルスの人間なんだ。」考えは当たっていた。

「ごめ、」口が震えて上手く話せない。

「違う、僕はただ、、皆仲良く生きてほしいんだ…、だって、同じ人間だよ?何が違うの?」リンの必死さは息切れで気づいた。リンは息をすることも忘れて話してる。

「ごめんね、つい、、私もそう思うよ。敵味方は関係なく私はこの人を助けようとしたし、リンも私達を助けてくれた。私達の方が勇敢ね!」リンはキラキラした瞳でにっこりと笑ってくれた。

 美味しいスープにチコは勢いよく食べてしまった。リンはゆっくり味わうように食べている。これでは年齢が逆のように見えて少し恥ずかしくなったが、チコも空腹には勝てなかった。

 その夜、チコは青年の看病をし終えると深く眠りについてしまった。まるで、もう二度と動かないかのように…。

 

 また、皆で遊びたい。お母さんに会いたい。お父さんの手に触れたい。戦争なんて無くなったらいいのに、何で人間は戦争をしてしまうのだろうか?誰か、教えて欲しい。クローバーを集めて冠を作ってたな、お母さんのご飯を真似して一緒にお料理をした。本も読んだ。畑作業だって楽しかった。ずっと幸せの中で生きられると思ってた。なのに、クローバーが咲いてた場所には大きな穴が空いた、爆弾だった。間もなくして友達を失った。次々に幸せを奪われて、私は順番が来たかのように父と母を失った。そんな中で誰かを助けた。全く知らない人だ。なぜだか生きてほしいと思った。願ったんだ。私はもういいからこの人をって、、でも、私まで助かってしまった。私はただ、両親や友達に会いたかったのに。

 誰かが、いる。あの子の名前は何だったか…、あゝリンだ。私を救ってくれた子だ。今は何時だろう。まだ身体中が痛いや、でも、それ以上に哀しい。


「大丈夫だ。大丈夫」優しい声が聞こえる。父にも似た声。目を開けよう。怖いな、目を閉じていれば目の前で死んだ友の姿を見る必要もなかった。彼女は最後まで笑っていたな、涙が溢れちゃうよ。息がしにくい、、、

「少し起こすぞ。」また声がする。思わず目を開けた。金の髪、青い瞳はどの宝石よりも美しかった。

「リュウホ、チコ起きた?」

「あゝ」

「よかった、、、!」歓喜の声がチコの耳に届く。チコはベットで寝ていた。隣には目覚めた青年もいる。

「皆…」チコは夢と現実が上手く噛み合わず、誰かがいる安心感のあまり一気に目が覚めた。

「もう大丈夫だ。僕はリュウホ。救ってくれて本当にありがとう。何とお礼すればいいか」

「リュウホ、さん、、生きてて良かった。」嬉しくてしょうがなく、チコは満面の笑みをリュウホに振りまいた。

「チコ、身体中泥に血に大変な事になってるから洗っておいで!」リンはご飯を作りながら指を指す。「あっちがお風呂場ー」チコは起き上がるとゆっくりとした歩きでお風呂場まで向かう。途中振り向くと心配の眼差しでオドオドしてるリュウホを見つけてチコはおかしくなり、笑う。リュウホは何事かとより不安そうな顔になったのでより笑ってしまった。

 お風呂場には、チコに合うサイズの服が畳んで置いてあった。身体中の汚れを落とし、滲みる傷跡を我慢しながら洗うと、置いてあった服を着てリンとリュウホの元へ戻った。扉を開けて右に曲がる。廊下を抜けると部屋だ。扉を開けた。椅子に座るリンと目が合い、リンがリュウホの方を見たので釣られてチコもリュウホを見た。

 口が開けっ放しで、目もガン開き。いい顔が台無しになっている。

「身体のあちこちが痛い…あ、ああ、あああ」さっきまで大丈夫と安心させてくれてた人とは思えないくらいの変わり様に子供気がありチコは不思議と親近感が湧いた。

「私のことはチコと読んで下さい。よろしくお願いします。」この場において上下関係を作りたくなかったチコはある程度親しみやすい関係を保とうと思う。

「僕のことはリュウホでいい。」

「僕はリンとお呼び下さい!」

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