第34話 ラストゲーム

 縦横無尽にコートを走り回る十人の選手たち。

 一人一人に定められた役割があるのだろうが、残念ながら私にはその思惑を読み取ることができない。

 しかし、そんな私とは異なり、隣に座るこいつは理解できているのだろう。


 「うわー凄いっすね、あの背番号二番の子」


 隣で興奮気味に叫んだのは大学時代の後輩であり、白雪高校で教師をしている青木桜子だ。

 今でもよく飲みに行く仲であり、大学の頃から交友が続いている数少ない一人だ。

 まあ、同じ職場なのだからそれが自然なのかもしれないが。

 こいつは昔からバスケ好き……というよりバスケ中毒という言葉が相応しい女だ。

 当然ルールも詳しいからコーチとして横に置いている。

 しかし、さっきから叫ぶばかりであまり役に立っていない。

 今日は地区大会当日。

 黒山高校との初戦が今、目の前で行われている。

 今のところスコアは三十五対三十五のイーブンだ。

 こてんぱんにやられた以前の練習試合を考えたら随分と進歩したものだと感心する。

 まあ、私には具体的にどこが変わったのかはほとんど分からない。点数を見て判断している。


 「ウチの学校かなり強くないっすか?二番の子以外にも金髪のあの子も相当上手ですし」


 「さあな」


 上手かどうかなんて私には分かりようがない。

 だから、何も言うことは出来ないのだがコイツはそんな私を冷酷な奴だと思ったらしい。


 「冷たっ!顧問なのに」


 一応言っておくが、無理矢理顧問をやらされているわけではないし、自分としては結構目にかけていると思っている。

 ただ、本当に分からないだけだ。


 「それにしても、よくバスケ部の顧問引き受けましたね」


 感心半分、驚き半分といった声だった。

 自分でもなぜ引き受けたのかについての明確な理由はない。

 ただ、断る理由もなかっただけのこと。

 しかし、やるとなった以上は果たすべき義務がある。

 今日こうして試合を見に来ているのも義務だ。


 「それにしてもあの二番の子凄いなあ」


 今しがた言った言葉を繰り返す。

 まあ、その気持ちも分からんでもない。

 素人目に見ても今このコート上で一番輝いているのは間違いないく白雪高校の二番、雨宮涼音だろう。

 白雪高校の攻撃は常に雨宮から始まっている。

 以前とは違い、雨宮と早川の役割が入れ替わっているのは私でも気づけた。


 「バスケ好きから見て具体的には何が凄いんだ?」


 周囲の観客の反応やボールを触る回数などで目立っていることは分かるがそれ以上のことは分からない。

 ここはバスケ好きかつ経験者の桜子に聞く。

 というか、晩飯おごる約束で解説を頼んだのに、ここまで全く解説していない。

 少しは働かせねば。


 「まず、パスのセンスっすね。周囲のことをよく見れてるからパスを出す場所、タイミングがバシバシに決まってるっす。それと全ての技術がマジで高いっすね」


 ほう、バスケ経験者は伊達ではないようだ。

 素人の私にも分かりやすいように簡潔に説明してくれた。

 桜は県の代表に選ばれたこともあるって噂があったけど、本当なのかもしれないな。


 「シュートは打てないようですけど、他の技術があれほど高ければ攻撃面で充分貢献できるっすね。それに加えて守備もかなり上手い……全くなんであんな逸材が無名校にいるのか、世の中不思議なもんっすねー」


 桜子の中で雨宮の評価は相当高いようでまさに絶賛といった様子。


 「あの二番の子はなんて名前っすか?」


 「雨宮涼音だ。私が受け持ってるクラスの……」


 「え⁉雨宮涼音ってあの?」


 桜子は口に手をあてながら驚いた表情でプレー中の雨宮を見た。

 信じられないとばかりに体を前に乗り出し、目を細めて雨宮を注視する。

 この様子だと雨宮のことを知っているのだろうか?

 しかし、白雪中学にもバスケ部はなかったはずだ。一体どこで?


 「よく見たら確かに似てるかも……それにしたってあの雨宮が白雪高校にいるなんて」


 「雨宮はそんなに有名なのか?」


 「勿論っすよ。中央小学校の雨宮と言えば、えげつないシュートを決めまくることで有名でしたっす。残念ながら全国には行けなかったようっすけど、県内ではかなり名を馳せてたっす」


 なるほど、小学校時代の雨宮を知っているらしい。

 それにしても、シュートが上手いだと?

 失礼だが、雨宮にシュートが上手だというイメージは全くない。

 練習を見る限り、むしろ、苦手だと思っていたんだが……。


 「いやー、プレースタイルが変わりすぎて分からなかったっす。昔の雨宮は全て自分が中心にいないと気が済まないようなプレースタイルだったのに……まさか、あの雨宮が引き立て役にまわるなんて……」


 桜子の目はコート上の雨宮に釘付けになっている。

 その雨宮はフリーになっている斉藤を見つけて、パスを出したところだ。

 パスを受け取った斉藤はゴールの下からきっちりシュートを決めた。

 またイージーショットによる得点が生まれた。今日なんど見た光景だろうか。

 これでスコアは三十八対三十六。

 まさか、白雪高校がリードを奪う展開なんて予想していなかったのだろう。

 周囲に座る観客たちがざわめきだす。

 この試合では四月からバスケを始めた斉藤や藤原が躍動している。

 前回の練習試合では若干お荷物のような感じが否めなかったのだが、素人目に見ても今日は動きが明らかに違う。

 斉藤は守備いくつかのブロックを、藤原は既に二桁点を取っている。

 もちろん彼女たちの努力の成果もあるのだろうが、前回との違いを生み出しているのは雨宮と五十嵐リリーの二人だろう。

 五十嵐の圧倒的な個の技術が敵を引きつけ、空いたスペース――味方に雨宮がパスを出す。

 強力な個に引っ張られてチーム全体が上手くまとまっている。

 観客たちはわずか一ヶ月程前は両者の間に二十点差もあったと聞いても誰も信じないだろう。

 それほど両者の力は拮抗していた。

 むしろ白雪高校の方が押しているようにさえ見える。もう間もなく試合は折り返しに入るところだが、このペースでいけば……。


 「でも、キツいのはここからっすね」


 しかし、桜子がそんな希望に水を差すかのような一言をつぶやいた。

 全く何を根拠に――せっかくの良い気分が台無しだ。


 「ちょ、ちょっと。そんな睨まないでほしいっすよ。自分は客観的な意見を言っただけで……」


 客観的意見?試合を見る限り、こちらが押しているように見えるが。

 もしかして、こいつ黒山高校を応援しはじめたのか?


 「それは主観的意見では?うちが有利に試合を進めているように見えるが」


 「前半は確かにそうでした。けど、ずっとこのままの勢いでいけるかは分からないっす」


 前半という部分をやけに強調して言った。

 ということは終盤になるに連れて、うちが不利になっていくと思っているわけか。一体なぜ?


 「問題は人数の差っす。白雪高校はベンチに控えがいないため、ここまで一度も交代出来ていないっす。それに対して、黒山高校は何度もメンバーを交代させてるっす。特に前半はレギュラー陣があまり試合に出ておらず、体力を十分温存できているのがデカいっすね」


 よく見れば、以前の練習試合とコートに立っている顔ぶれが幾分か異なっていた。


 「おそらくですけど、この後の試合も見越してスタメンの体力を温存していたんでしょう」


 この後……つまり私たちは前座扱いだったということか。

 だが、ここまで接戦になった以上は本気でくるだろう。それも、消耗していない状態で。

 なるほど、むしろ追い込まれているのはこちらなのかもしれない。


 「それに前半は辰巳ちゃんがほとんど出てないっすからね。黒山高校は辰巳ちゃんがいるのといないのとでは雲泥の……」


 「黙って見てな」


 隣でゴチャゴチャ言う桜子にお灸を据えておく。


 「痛った~、ちょっと先輩なにするんすか」


 コイツが喋るたびに私の不快指数が跳ね上がるので、口を閉ざさしておかねばならない。「自分から聞いたくせに……」などと恨ましげな目でこちらを見るが、ガン無視しておく。

 勝負事に絶対なんてない。

 そんな使い古された言葉を今は信じるしか無い。

 スコア四十五対四十二――僅かなリードを残して前半終了のホイッスルが会場に響いた。

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