第22話 退部
負けた……試合の結果だけじゃない、辻裏との勝負も完敗だった。
ただただ、惨めだった。
何も出来ない自分自身が、負け犬根性が染みついている自分が。
「ありがとうございましたー」
両チームが整列して挨拶をして、今日は解散となった。
「負けちゃった……」
そう言った静香の顔は涙で濡れていた。生まれて初めての敗戦の悔しさをかみしめているように見えた。
「完敗だ……」
そうつぶやくリリーの顔も悔しさでゆがんでいた。
さっきから宮子さんは何も言葉を発しず、ただただうつむいている。
「ごめんね、涼音ちゃん。最後急にパスしちゃって。私が涼音ちゃんのカバーするって言ってたのに頼っちゃって。」
陽菜は自分の責任とばかりに私に謝る。
どうして陽菜が謝るの?悪いのは全部私なのに……。
「謝らないで!」
思っていたよりも大きな声が出た。
でも、陽菜に謝られたら余計自分が惨めになるから。
だから、謝らないでほしい。これ以上私を惨めにしないで……。
「そうだぞ、早川。悪いのは全部こいつだからな。早川が謝ることはないぜ」
不意に私の背後から声がした。
顔を見なくても誰だか分かる。この他人を下に見たような声は辻裏に違いない。
「そ、そんなことないと思います。負けたのはチーム全員の責任です。私はもちろん、他のみんなも悪いところがあったから」
静香は突然の乱入者に驚きながらも辻裏の言葉をきっぱりと否定した。
言葉遣いは丁寧ながら不意に現れた辻裏に対する怒りが言葉の端々に見えた。
「そうか?あんたが私をブロックしたときのこいつのプレー見てたよな?こいつ完全に追いかけるの諦めてたぜ。あんなやる気のないプレー見たの初めてだったぜ。いやー驚いたぜ、マジで」
静香の怒りを知ってか知らずか、辻裏はさらに追い打ちをかけるように茶化した口調で言った。
「そんなことない!涼音ちゃんのこと分かったように話さないでよ!」
そんな辻裏の態度に耐えかねたのか、陽菜が額に青筋を浮かべながら反論した。
しかし、陽菜の怒りを見ても辻裏はニヤニヤとした笑みを浮かべたままだ。
「相変わらずこいつには甘々だな、早川」
「そういう辻裏こそ、一々私たちにかまってこないで。中学校のころ言ったよね?陽菜はもうあなたとは関わらないからあなたも私に関わらないでって」
陽菜と辻裏の間に不穏な空気が漂う。
いや、陽菜だけじゃない。
静香たちも辻裏に厳しい視線を浴びせている。
「ちょっと、さっきから聞いてれば不愉快なことばっかり喋っているが私たちに恨みでもあるのかな?」
リリーは目を細め鋭い視線で辻裏に問う。
もはや一触即発という状況になっていた。
「別にあんた達に喧嘩ふっかけてるわけじゃないぜ。むしろ逆だよ。雨宮涼音とは一緒にやらない方がいいって忠告しに来ただけさ。そんな自己中と一緒にやってると3年間1回も勝てないだろうからな」
フンっ、と鼻息荒く辻裏が傲慢な態度で言う。
「やけに上から目線だな。一体なんの権利があって私たちに――」
宮子さんが声を荒げて辻裏に詰め寄った。
「やめて!もういいから。みんながこんなやつと争う必要ないよ」
あと少しで宮子さんの手が辻裏の胸ぐらをつかむ。
しかし、その手届く寸前に私が辻裏と宮子さんの間に止めに入った。
「なぜ止める?こんな奴一発殴らないと私たちの気は晴れないぞ」
宮子さんは私が止めに入ったのが相当不服なのだろう。私の方を向いた顔は真っ赤になっていた。
「ハハッ、お嬢様学校と言われていても中にいるのは人に急に殴りかかるとんでもない野蛮人じゃねえか」
人をなめきった態度は変えていない。
しかし、辻裏は宮子さんからの反撃を想定していなかったのだろう。
口調に反して辻裏の声は震えていた。
「なに油を売っている、辻裏?もうバスの集合の時刻だが」
今度は私の右横から声が聞こえた。
「げっ、辰巳先輩!」
そこには黒山高校の主将、辰巳さんが直立不動で辻裏を見つめていた。
「いやーこれは、小学校からの顔なじみがいたのでついつい話かけてしまったというか……」
「部の規律を乱してまでもする話か?」
「いや、そんなことは……でも、久しぶりに会ったから……」
「下手な言い訳は結構。さっさとバスに乗れ」
辰巳さんは辻裏を一喝した。
有無を言わせない態度に辻裏は私たちの方を振り向くこと無く、そそくさと体育館から出て行った。
「うちの一年が迷惑をかけた。申し訳ない」
辻裏を追い出した後、私たちの方を向いた辰巳さんはそう言って頭を下げ
た。
そのまま、彼女はぽかんと口を開けている私たちを置いて出ていった。
「向こうのキャプテンはまともな人みたい。ったく、それにしてもなんだったんだろ。あいつ、辻裏とか言うんだっけ?二人の知り合いなの?」
宮子さんは大きくため息を吐くと、私と陽菜に向けて聞いてきた。
よほど頭にきたのかいつもより口調が乱雑になっている。
「うん、辻裏とは小学校が一緒でね、私は中学校もだけど……。みんなゴメンね。変な空気にさせちゃって」
申し訳なさそうに陽菜がつぶやく。
「陽菜ちゃんが謝ることないよ!悪いのはあっちだよ。いきなり突っかかってきて涼音ちゃんの悪口いうなんて、サイテーだよ」
普段はおとなしい静香もきっぱりと言った。
「中学校の頃ね、辻裏と喧嘩しちゃって、だから私たちに突っかかってきたんだと思う。私に嫌がらせするために。今日向こうに辻裏がいるって気づいたときなるべく関わらないようにしてたんだけど……。それにしても、まさか向こうから喧嘩売ってくるなんて思っていなかったよ」
自分と辻裏の関係が今日の騒動の原因と思っているのか陽菜の声にはいつもの元気はなかった。
けど、それは違う。陽菜が原因で辻裏が私たちに因縁をつけてきたわけではない。
私
がいるから……心の底から嫌いで、ちょうどいいサンドバッグがいたからあいつは私たちに――いや、私に悪意をぶつけてきたのだろう。
その証拠にあいつは試合の時みんなには見向きもしなかった。
「涼音ちゃんもごめんね、私のせいであんなやつに絡まれちゃっ」
「違う!陽菜のせいじゃない。私のせい、全部私のせいだから……だから、これ以上私に謝らないで!」
陽菜の声を遮る。陽菜が下を向く必要なんてない。弱い私のせいだから……。
「涼音ちゃんのせいじゃないよ!私こそ」
「はいはい、お前らいったん冷静になれ。ここで責任を押しつけあっても仕方ないだろう」
いつの間にか私たちの側まで来ていた赤城先生が口を挟む。さっきまで相手の顧問の先生に挨拶していたはずだが、どうやら戻ってきていたようだ。
「赤城先生の言うとおりだと思う。あんな失礼なやつ気にするだけ無駄さ」
リリーがきっぱりと言う。
「ほんとだよ!涼音ちゃんにあんなに酷いこと言って、あんな人無視するのが正解だよ!」
静香が憤慨した様子で言った。
静香が私の為に怒ってくれるのは嬉しかった。
けど……私がこのチームに迷惑をかけたのは事実だ。
チームじゃなくて個人の勝負で頭が一杯になってしまった。
シュートを打てない私をみんなが必死にカバーしてくれていたのに、最低だ
。私がこれ以上みんなと一緒にプレーしてはいけない、そう思う。
それに、最後のシュートを外したとき私の中の何かが無くなってしまった。
まるで、胸の中にポッカリと穴が空いてしまったみたいな、大事な何かが消えた。
だから、もういいんだ。
「けど、辻裏が言っていたことは正しいから……今日の試合で分かったんだ、私が辞めた方がきっと上手くいくって。だから――私がみんなと一緒にやるのは今日で最後……」
これでいい、リリーや陽菜には私から誘っておいてこんなことを言うのは申し訳ない。
でも、やっぱりダメなんだ。もうバスケットをやる自信も意欲も私の中には残っていない。
突然、退部の宣言した私の言葉が予想外だったのか、陽菜や静香、赤城先生までもが固まっていた。
体育館に重たい静寂が訪れる。
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