thE CiTy

もんたな

wiNnEr

「シューゴ、シューゴ! ちょっときて!」


 母さんだ、なんだろう? 昼飯にはまだ早いし、またおつかいの頼みかな? 暇だしいいけどさ。


「はいはいよー」


 階段を降りてリビングに……って、なんかいっぱい広がってるな! 大きな封筒や書類、チラシ……とくれば、まさか!


「えっ、まじ? 当選したのっ?」

「うーん、やったねぇー!」


 おおお、まじじゃん! 〝THE CITY〟の文字があるっ! ぜったい無理だと思ってたのに……!


「すげー!」


 つい先日に落成したばかりの超大規模マンション、ザ・シティ! 戸数は六千を超えるとか、なにやら先駆的技術が投入されてるとか、全国はおろか外国からの応募もあったとか、とにかく希望者が殺到したんだよな。だから抽選にも選ばれないかと思ってたけど……まさか当選するなんて!


 まあ、おれというかウチが希望した部屋はかなりランクの低いものだったし戸数の比率も最大だ、競争率は高くなかったのかもしれない。


「あらためて見てもいい部屋だね、これで三万円なんてね」


 パンフレットだ、部屋の写真が載ってるな。部屋はワンルームだけど風呂とトイレは別、クローゼットや物置の容量も大きくてエアコン完備、窓だって大きい、キッチンはなんか折りたたみ式? っぽくて広げることができるようだ。


「どうしようか、新生活応援パックにする?」

「へー?」


 なになに、家具や家電一式、ひとまとめでかなりお安くなってるのかー。ふーん、よくわからないけど、どれもよく見聞きするメーカーの商品みたいだし、選ぶ手間がはぶけるな。


「うん、それでいいよ。ものは母さんが決めちゃってよ」

「家事はちゃんとするんだよ。なんでも勉強なんだから」

「なるべく自炊するよ」

「揚げ物には注意するようにね」


 母さんは背伸びをする。


「そっかー、じゃあ書類を出すだけで、後は業者さん任せだねぇ」

「予定日に行けば全部あるってこと?」

「そうだねぇ、あんたの部屋にあるものだけもってけばいいね」

「便利な世の中だなぁ」

「なにおじいちゃんみたいなこといって」

「それで、いつから入れるの?」

「えーとね、三月の……二十日からみたいだね」

「入学式は六日だっけ」

「そうそう、それと入学前に周囲のお店も調べておくんだよ。スーパーには頻繁に行くことになるんだからね」

「スマホで調べりゃすぐわかるし」

「まあ、シティにはなんでもあるみたいだけどね」


 ほんと、なんでもあるらしいんだよな、スーパーやコンビニ、飲食店、映画館とかの娯楽施設、さらに病院だってあるらしい。さすが六千世帯を超える怪物マンション……いや、ここまでくると名前どおり街なのかもしれない。


「じゃあ、契約書かいて送っちゃうからね」

「うん」


 そうかぁ、当選したかぁ……。

 いやなんか、急にドキドキしてきたなぁ、べつに普通のアパートでもよかったんだけど……ほんと、運がいい! 二十日が楽しみになってきたな!


【THE CITY】


 ……さて、高速を降りたな、そろそろかな。

 わくわくするような、まだ着かないでほしいような、入学式までまだ二週間以上あるけど、慣れるためにも一人暮らしは早めにしておいた方がいいしな。


 ……でもそうか、ほんとにもうすぐ始まるのか一人暮らし……。これからこうして家族で動く日も少なくなっていくのかな、まあそうだろうなぁ……。


 というかリナまで来る必要はないと思うけど、こいつ、さっきからめちゃくちゃ目を輝かせているなぁ……!


「いいなー、あたしもこういうトコのガッコいきたい!」

「住む場所で決めるもんじゃないぞ」父さんだ「将来のことを考えた上で……」

「ああっ! あれじゃないっ?」


 リナが指差した方向だ、並木の隙間から……でかい、遠目だけどかなりでかいぞ、でかすぎる……! こんな距離からでも異常に巨大とわかる建造物が、どっかり建ってるぅうう……!


「やばくない? あのカタチ!」


 たしかに見た目がやばいんだよな、パンフレットで見た感じだとピラミッドのようなメイン? の建造物に、樹木のような長細いビル状の建物がいっぱい生えているような形、でも全体像としては立方体なんだよな、ガラスケースのなかで植物を育ててわさわさになっちゃったみたいな、四角いジャングルとでも表現できそうな風貌だぞ……!


「やっば、なにアレ、すごくない? にーちゃん、たまに泊めてね!」

「だめだぞ」父さんだ、銀縁の眼鏡をクイッとした「一晩中ゲームでもするつもりだろうが、また遅刻ぐせがついたらどうする?」

「そ、そういうんじゃなくって、純粋に遊びに行きたいの! ねーいいでしょぉー? ねーねー、ねぇねぇ、ねーねぇええええええ……!」


 リナが父さんの座席を揺らし始めた……! おいおいそんなに揺らしたら事故るってぇ……!


「シ、シューゴ、リナを泊めるということは、一時的に監督責任がお前に移るということでな……」


 おっと、決定権がおれに移行したっ……?


「にーちゃん、いいでしょおおおおっ?」


 くっ、おれになすりつけやがったなっ? 地獄の肩ゆすりが始まった……!


 こいつ、何事においても諦めるということを知らないからな、才能としてなにかに秀でているという印象はないけど、学業や部活はおろかゲームですらとことんまでやり込み、常に高成績を維持してるツワモノだ、このおねだりもおれの肩を破壊するまで続くことだろう……!


「わかった、わかったよ……」

「ありがとおおおおおっ!」


 トドメとでもいわんばかりに大きく揺らしてくる……! ああもう、ようやく解放されたが……うう、なんか気分が悪くなってきた……。


「ちょっと、リナに甘いんじゃないの……?」


 抗議したところで父さんはもちろん、母さんですら生返事をするだけだ。リナの執拗さは不屈の精神と表裏一体なのであまり怒りたくないんだろう……。


「それにしても、とんでもないな……」父さんだ、また眼鏡をクイッとやる「よくあんなものをこさえたものだ……」

「本当にねぇ……」母さんだ「そういえば、なんでだろうね? この辺りってそれほど栄えてなかったでしょ?」

「新たな都市計画が進行しているという噂だが……」

「そうなの? この辺りって坂道が多いのにね」


 近づくほどシティはその体躯を大きくしていく……! まじでとんでもない大きさだぞ、周囲にある並木がマッチ棒だとすれば、小型ストーブくらいのでかさはあるかもしれない……!


「まじでっか……。人類ってすごいねぇ……」


 いや本当、すごいね人類……!


 近くになると視界の右側がほぼシティに覆われてしまった。外観はひび割れた立方体みたいだけど、あんな形で耐震性とか大丈夫なんだろうか……?


 つーか、近隣する駐車場もとんでもなく広いな! なんか場内限定? の小さな電車みたいなのが走ってるようだけど……?


「なるべく近くに駐めたいが……難しいかもな」

「しょうがないよ」

「のちの混雑も考えないとな、すまんが少し遠くなるぞ」


 シティに近いほど混み合うなんてのは当然か。個別の駐車スペースがないらしいからな。マンションにしてはけっこう独特な仕様だといえるだろう。


「まさに街、だな」父さんが固めた頭をなでる「こんなところに住んだらホームシックになるんじゃないか……?」

「ならないよ」

「俺はなるかもしれん……」


 父さんがかい!

 車はシティから150mほどのところに駐車された。


「でもさー、極端な話」リナだ「ここから出なくても生きていけそうだよねー」

「だとしても、健全とはいえないな」父さんはうなる「しかし、その方が資源やエネルギーの浪費は少ないだろうし、本質的には我々が住む街となんら変わりがないはずだ。ゆえに第一印象で懸念を呈するのは早計だろう、か……」

「はいはい、荷物もっていきましょうよ。もう決まっちゃったことなんだから」


 母さんが段ボールを抱えてさっさと歩き出した、それじゃあいくか!


【THE CITY】


 シティには多数の入り口とホールがあるらしいけど、それでもかなりごった返してるなぁ! みんな大荷物だ、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、係員の人たちがメガホンを手にあれこれ指示してて大変そうだ。


「にーちゃん、案内はー?」


 そうだ、シティには専用のアプリがあるんだ、これを使えば目的地までの最短ルートを示してくれるらしいが……まあ、さっそく開いてみようか。


「エレベーターやエスカレーターに乗る?」


 どちらにも長い行列ができてるけど……。


「じっと待ってるのっていちばん疲れるんだよね、階段で行っちゃいましょ」


 母さんがさっさと行ってしまった、そうだな、そうしようか。


 階段を上り、通路を行き、また階段を上り……ずいぶん道のりが複雑だなぁ、アプリを使ってこれなら案内なしじゃ迷っちゃいそうだぞ。


 そして……ようやく8階だ、ここだな、おれの部屋にたどり着いた……らしい。シンプルな白いドアに8027とある。


 ドアの横にはリーダーとキーパネル、いまはこのカードだけで開くはずだけど……と、リーダーに当てたらキャコンといい音がした、解錠されたらしい、よし入ろう……!


【WELCOME】


「……ふう」父さんは入るなり額をぬぐう「階段を使ったからとはいえ、ホールからここまで15分はかかったんじゃないか……?」

「わかりやすくなかったねぇ……」母さんは深く息をはく「もう道なんて覚えてないよ」

「迷路みたい。スマホ忘れたら部屋に帰れないんじゃない?」

「各所の端末から調べられるらしいし大丈夫だよ。それに、掃除のロボットも案内してくれるらしい」

「へー、そんなのいるんだ?」


 さて部屋だが写真で見た通りのワンルームで十二畳、すべてが新しくキレイだな。家電とかもすでに運び込まれている。


「よし……やるか」


 さてもろもろを開封して……とりあえず所定の位置に運ぼう。四人もいるしすぐ終わるだろう。


【THE CITY】


「よーし」父さんは額をぬぐう「こんなもんか」

「うん、ありがとう」


 家電や家具を配置し、おおまかに衣類や食器をしまってようやく一段落といったところか……。ほかはともかく、冷蔵庫の設置は苦労したなぁ……!


「他に何かしてほしいことあるか?」

「いや……ないかな? あとはおいおいやるよ」

「そうか……そろそろいい時間だな、飯を食いにいくか」

「えっと」アプリで調べよう「ああ、同じ階にファミレスあるみたいだよ」

「よし、そこにするか」


 店は相当な混雑が予想されたが……若干の空きがあったのは幸いだった、シティ内にはたくさんの飲食店があるし、一部に集中することもなかったのかな?


「混雑を予想して少し遅らせたはずだが……」父さんはアイスコーヒーを飲む「それでもホールはかなりの大騒ぎだったな……」

「でも」リナはハンバーグをほおばる「廊下の辺りはそんなに人がいなかったよねー」

「まあ、この広大なシティ内に散らばってるわけだしなぁ」おれはエビピラフを口にする「こんなもんじゃないの」

「でも、本当に殺風景ねぇ」母さんはラザニアに息を吹きかけ冷ましている「ちょっと寒気がしちゃう」

「無機質っていうか、デジタルな感じだよねー」

「おれはこういう雰囲気とか好きだよ」

「共有部分の掃除はロボットがやるんだろう?」父さんはチキンステーキを切る「簡素な方が掃除しやすいんだろうな」


 そうか、装飾的であればこそ掃除はしづらいもんな。掃除ひとつにしたってコストは大きいし、合理的な設計といえるだろう。


「よし、終わったな?」父さんはメガネを拭く「待っている人もいるし、早々に出るか」


 うわ、いつの間にか行列になっちゃってる。おれたちはたまたまいいタイミングで入っただけか、たしかに急いで出るべきだろう。


「よし、じゃあ……」店を出るなり父さんは肩を回す「俺たちは帰るか?」

「えー、もお?」リナは両腕をぶらぶらさせる「もうちょっといろいろ見て回りたーい。いろんなお店あるらしいし」

「そうか? しかしどこも混んでるだろう」

「えー? ちょっとだけだからー!」


 また地獄のおねだりが始まる雰囲気……! でもなあ、あまり混んでいるところに行きたくもないんだよなぁ……。


「……じゃあ、おれは部屋に戻ろうかな? まだ少しやることあるし……」

「ええー? もうおさらば?」

「おれはいつでも行けるしさ」

「そうはいっても」父さんのメガネが光る!「あまり夜間にうろうろするなよ、生活リズムを崩して単位を落とす奴は俺の友人にもいたが、そういうことを繰り返しているとけっきょく……」


 ああ、なんか説教が始まっちゃった……!


「だ、大丈夫だよ、ちゃんと講義には出るし……!」

「なにより、ちゃんと食べるんだよ? 面倒だからって出来合いのものばかりですませちゃ……」

「わかってるって……! ほらほらもう行きなよ、帰りが遅くなるよ」

「そうだな……じゃあ行くが、あとは大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

「火の始末には気をつけるんだよ」

「わかってるよ。というかオール電化だし」

「こまめに掃除もするんだよ」

「するする」

「なにかあったらすぐに連絡してくるんだぞ」

「うん」

「あまりハメを外すなよ」

「わかってるって」

「たまに遊びに行くからねー!」

「ああ……そういやアプリは落とした?」

「おっけ、バッチリ!」


 それがないと本当に迷いそうだからなぁ……。


「よし……じゃあ、行くからな」

「うん、ありがとう」

「本当に、火の後始末には気をつけるんだよ。台所だけじゃなくて暖房も……あら? ストーブはなかったかな?」

「ないよ、わかったよ。暖房もエアコンだから火はつかないし」

「よし、じゃあまたな」

「うん」

「あんまり夜更かしするんじゃないよ」

「しないしない」

「じゃー、またねぇー!」


 まったく、別れ際はひときわ騒がしいなぁ……。


 でも、そうか……この瞬間から一人暮らしか、ついに始めちゃったかぁ……!


 部屋に戻ると……静まり返った空間におれだけだ。開いた段ボールから実家の匂いがするけど、おれひとりだけ……。


 自由だけどなんか不安だな、でも好きにしていい、おれだけの空間……。


 なんか変な感じだ、そわそわするし、整理でも続けようかな。


【THE CITY】


 ……おっとスマホが鳴った。見るとリナから、喫茶店でパフェをほおばりご満悦な様子だ。テキトーに返しておくか。


 まあ、ちょっと寂しいけどそのうち慣れるよな。つーかそれこそ家事をしないと? 食器とか新品だけどキレイじゃないし、洗っておこうかな?


 ……なんて思うんだけど、気づくとスマホをいじってばかりなのがおれなんだよな……っと、電話だ、こんどは母さんからか。


「はいよ」

『そろそろ帰るけど、なにかいるものある?』

「ないない、大丈夫だよ」

『寝坊するんじゃないよ』

「しないしない」

『夜更かしして、入学式に遅刻するんじゃないよ』

「しないって」

『勉強もしっかりね』

「うん、ばっちりやるよ」

『じゃあ帰るけど』

「うん」

『じゃあねぇー』

「うん」

『じゃあねぇええー』

「はいはいよ……」


 ……電話は切れた。まったく、心配しすぎだよな、けっこうしつこいし……ちゃんとやるっての。大丈夫だよ。


「よっし、やることやるかぁー……」


 やるさ、やるやる……まあ、もうちょっとしてからね……?

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