優しさのかたち
佐原マカ
優しさのかたち
夕暮れ時、部屋の中は静かで、勉強に集中しようと教科書を開いた。いつもより少し早く帰宅し、母の手伝いも終わらせた。そんな時、LINEの通知音が鳴った。
スマホを鞄から取り出すとドナルドダックのアイコンが見えた。こんなアイコンの友達にいただろうかと思いながらアプリを開くと、それは
トークルームを長押しして既読を付けないように読む。
「やほ!最近どう?今LINE整理してたら優也のアカウント見つけて、送りたくなったから送ってみた!」
うわ、長文。どうして翔梧はいつもこんなに長文なんだろう。女性の長文を見ても別になんとも思わないけど、翔梧の長文だけはなんか苦手だ。
既読を付けていない状態で何を送るか考える。こういうのって既読を付けたらすぐに返信しなきゃってドキドキしちゃうから。一階から母の呼ぶ声が聞こえる。返信内容を整理しながらも、空腹には抗えないと自分に言い聞かせて立ち上がった。
台所に行くと、母がテーブルに料理を並べていた。煮物の温かい匂いが部屋に広がり、心が少し和らぐのを感じた。母の顔を見ると、なんとなくほっとする。
「美味しい?」母の問いかけに、私は微笑みながら「美味しいよ。前よりも少し甘めで好きかも」と答えた。母も笑顔になり、「そう?最近レシピを変えてみたのよ」と嬉しそうに答えた。食事をしながら、ふと過去の出来事が頭をよぎった。
私が中学生の頃、母と大喧嘩したことがあった。学校でのストレスや、思春期の反抗期も重なり、母の言葉に強く反発してしまった。「なんでいつも私のことを理解してくれないの!」と叫んだ瞬間、母の顔に深い悲しみの色が広がった。その夜、母は黙って泣いていた。私はその涙を見て初めて、自分がどれだけ母を傷つけてしまったのかを悟った。
その時から、私は他人を傷つけないようにと決心した。特に母に対しては、できるだけ優しく接するように心がけた。しかし、それが本当の優しさなのか、自己満足に過ぎないのか、時々自問するようになった。
高校二年の時、翔梧がライブに行かないかって誘ってきた。翔梧が好きなYouTubeアーティストだった。私はそのアーティストにはそれほど興味がなかったけれど、翔梧の目が輝いているのを見て、断ることができなかった。
「いいよ、行こう」と言った時、翔梧は本当に嬉しそうだった。
ライブ当日、私たちは早めに会場に着いた。翔梧は何度もスマホを取り出しては、タイムテーブルを確認していた。「もうすぐ始まるな」と言いながら、私たちは入場した。
ライブが始まり、周りの観客と一緒に盛り上がる翔梧を見て、私は心から嬉しかった。しかし、途中で私が少し疲れてしまい、席を外したいと告げた。翔梧は一瞬驚いた顔をしたけれど、「大丈夫?」と心配してくれた。私は「ちょっと休みたいだけ」と笑顔で答えた。
その夜、家に帰ってから、私はふと考えた。翔梧が本当に喜んでくれたのか、それとも私が無理をしていることを感じ取ってしまったのか。私は翔梧のために優しくしたつもりだったが、それが逆に彼を心配させたり、傷つけてしまったのではないかと自問自答した。
過去の出来事を思い出し、私はため息をついた。翔梧に対してもっと正直でいるべきだったのだと反省する。LINEの返信内容を考えながら、優しさと正直さのバランスについて思いを巡らせる。
母が「どうしたの?」と心配そうに聞いてきた。私は「ちょっと昔のことを思い出してた」と答え、微笑んだ。母の優しさが、今の私にとってどれだけ大切かを再確認する。
食事を終えて部屋に戻ると、再び翔梧のメッセージが頭をよぎった。なぜ私はこんなにも優しくあろうとするのだろう。思い返せば、小さい頃から人に優しくしようと心がけてきた。母がいつも「他人を思いやる心を持ちなさい」と言っていたのが影響しているのかもしれない。
母との喧嘩とその後の涙を思い出すたびに、自分の行動を反省し、もっと優しくなりたいと強く思うようになった。しかし、成長するにつれて、ただ優しくするだけでは相手にとって本当に良いことなのか疑問に感じるようになった。翔梧とのライブの一件もそうだ。私は彼のために優しさを示したつもりだったが、それが彼にとって本当に嬉しいことだったのか、自信が持てなかった。
そんな思いを抱えながら、私はスマホの画面を見つめた。翔梧に返信するための言葉を探しながら、心の中で葛藤が渦巻く。「優しさって、本当に難しい。翔梧に対しても、母に対しても、本当に正しい行動が何だったのか、今でもわからない」と独り言をつぶやいた。
優しさのかたち 佐原マカ @maka90402
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