華は星に照らされて。
枕ノ総師
前章 いつかの話
草下さんのこと
私は、ルームメイトの
寮の私達の部屋の電気は消されてしばらく。
目が冴えて眠れない私はベッドから出て、別のベッドで静かに寝ている草下さんの隣に座る。
私達は毎日、同じ部屋で夜を過ごして、朝を迎える。
毎日ではないにしろ、寮の食堂で一緒にご飯を食べる。
でも、私達は同じベッドでは眠らない。
ご飯だって、メニューが被ることもない、むしろ私の食べないような物ばかり草下さんは食べる。量も私よりはるかに少ない。私の半分くらいしか食べていない。よくあれでお腹が空かないなといつも思う。
そして、私は毎日学校に真面目に行っているけど、草下さんはよく学校をサボる。
おかげで担任に「明日は連れてきて」なんて無責任なことを言われる毎日だ。
私達は似ていない。仲も良くないようにクラスの人間からは見えていることだろう。
実際、教室で話しかけることはない。
部屋に帰ってきて、私が話しかけてもそっけない返事しか返してくれない。
そのくせ、草加さんから話しかけてくることは稀だ。
必然的に、草加さんの言葉からから得られる情報は少ない。
――言葉からは。
寝ている草下さんに手を伸ばし、頬を撫でる。
きめの細かい肌は暖かくて、触っていて心地いい。草下さんが起きている間には絶対にできないことだ。
草下さんを観察するのは私の趣味みたいなもので、おかげで草下さんのことをよく知っている。さっきとは言ってることが真逆だけど。
例えば、草下さんは私のことを、他の人と比べてもある程度受け入れてくれている。
初めのころは、距離を置かれたり、突き放すような言動をしていたけれど、最近は丸くなったと思う。朝起きても私と食堂に行くために待っててくれている。本人は認めないけど。
例えば、草下さんはこの部屋にいるとたまに何かを考えているのか、ぼーっとしていることがある。
何を考えているのかと聞いても昔は教えてくれそうにもなかったし、今も教えてほしいといっても渋い顔をされるだろうけど、きっと拒絶はされないだろう。
……いつか教えてくれると思うから、聞きはしないけど。
例えば、草下さんは人間関係を嫌っている節がある。
嫌っているというのは少し違うかも知れないけど、どっちにしろ得意ではないのは確かだ。きっと、どう接すればいいのかわからないのだろう。不器用なのだ、草下さんは。
そのくせ、草下さんは寂しがりだ。
私が放課後に友達と遊んで帰ってきたりすると、「遅かったのね」だとか、「どこへ行っていたの」だとか聞いてくる。そんな日は少しだけ、草下さんの口数が多くなる。
まるで束縛癖のある面倒な恋人のようだと思ったこともあるけど、悪い気はしない。
こんな草下さんを知っているのは、きっと私だけだ。
だって、草下さんにまつわる話や噂からはかけ離れすぎている。別人の話のようにもたまに感じる。
つまりこれらは、私だけが知っている草下さんの情報だ。
きっと草下さん本人も知らない、草下さんのことだ。
私だけが見ることのできる草下さんの姿。私だけが知ってる草下さんのこと。私だけが見ることのできる、素の草下さん。
知っても知っても飽きることはない。私の草下さんへの興味は尽きない。
——いつか、この人のすべてを知ったとき、私はどうなるんだろうか。
わからない。私の事なのに、想像もできない。
それ以前に、そんな日は来るんだろうか。
私に残された時間は日に日に終わりが近づいてくる。
それは明日かもしれないし、来週かもしれないし、来月かもしれない。
知りようはないけれど、必ず来る。
その日が来るまでに、たくさんの草下さんを知りたい。
私をこんなに夢中にする草下さんのことを、途中で諦めたくはない。
かといって、早く教えてなんて草下さんに言ったって、教えてくれないのは私が一番知っている。
だから、何物にも代えがたいこの時間が大切で。
この関係ができるだけ長く続くように、できるだけ努力する。
それでも終わりはやってくる。必ず。
そうして私がここを去ってしまった後、この人が他の人とうまくやっていけるようには思えない。
だから、私なしでも過ごしていけるように、草下さんを変えなければいけない。
もっとまじめになれば、草下さんの悪い噂も消えていくだろう。
もっと素直になれば、草下さんにも友達ができるはずだ。
もっと友達ができれば、寂しがって面倒な恋人みたいにならなくていいはずだ。
……そう、思っているけれど。
わがままな私は、そのどれも面白いと思えない。したくない。
私だけの知る草下さんが、私だけのでなくなるのは楽しくない。
そもそも、まじめで素直で友達のいる草下さんは草下さんじゃないと思う。
それはもはや別人だ。
だから面白くないのだろう。したくないのだろう。楽しくないのだろう。
そうやって、私を騙して言い訳をする。私から逃げる。
逃げてもいいだろう。私は結局ここを去るのだから。
逃げて、終わりまでの時間を謳歌するんだ。
誰も私を咎めやしない。
目の前の、私だけが見られる草下さんを目に焼き付ける。
近づいて、起きないようにそっと額に口づけした。
どうか、このキスのように気付かないでいてほしい。
どうか、その時が来たら、私の事なんて忘れて——。
「わかりましたか、——華さん」
返事は当然なかった。
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