第11話: 敵の海底アジトへ

「タクミ!今の時代の海、なかなかきれいでしょう?」


「うん。ルミエール、僕たち、本当にイルカになった気がするね」


二人の周囲には、クリアな水が広がり、信じられないほど美しい海中世界が広がっていた。色とりどりの魚たちが群れをなして泳ぎ、まるで空中を舞う蝶のように優雅に動いている。青や黄色、赤、紫など、さまざまな色彩が織り成すその光景は、まるで水中の楽園だった。


二人は、最新型の水中バイクに乗り込み、東都湾の海底にある敵のアジトに向かって進んでいた。


「一応、彼の言う通り、光学迷彩で、イルカに擬態しているけど…あまり信用しないほうがいいわ。それだけでTOTOの海底アジトの防衛システムを突破できるなんて、バカみたいな話だし。」ルミエールが首を傾げる。「だいたい、あんなにペラペラ喋る凄腕のエージェント、見たことないわ」


タクミがくすくす笑う…あの時のルミエールに逆らえる人間なんているわけないのに!

「…この超音波駆動システムはほんとにすごい。ほとんど無音で動作するんだね。まるで魚のように水中を泳いでいるみたいだ。」と、水中バイクのテクノロジーに感心しながら言った。


「ええ、最新の技術を使っているから、環境にも優しいし、操作も簡単なの。」ルミエールが微笑んで答えた。


彼らが進む道の両側には、鮮やかな珊瑚礁が広がっていた。珊瑚は様々な形や色を持ち、幾何学的な模様を描いている。ミドリイシやウスコモンサンゴ、ハナガタサンゴなど、多種多様な珊瑚が一つの巨大なリーフを形成していた。小さなクマノミやスズメダイが珊瑚の間をくぐり抜け、遊び回っていた。


「見て、あそこにハナミノカサゴがいるわ。」ルミエールが指さした先には、美しいヒレを広げたハナミノカサゴが優雅に泳いでいた。


「本当に素晴らしい景色だね。自然とテクノロジーが共存する未来の海って感じがするよ。」タクミは感嘆の声を上げた。


その時、二人の周囲にイルカの群れが現れた。きっと仲間だと思ったのだろう。イルカたちは好奇心旺盛に水中バイクの周りを回りながら、楽しげにジャンプしていた。


「最高だね。ホント、気分がいいよ」タクミはイルカを見ながら、笑顔で言った。


「けど、そろそろ深海に潜らないといけない。イルカたちにはここでさよならしないとね」ルミエールは微笑みながら、外のイルカたちに手を振った。ルミエールが、水中バイクを急降下させる。


バイオルミネセンス技術によって、海底には幻想的な光が揺らめいていた。夜になると、この光は一層際立ち、海中はまるで星空のように輝く。発光するプランクトンやクラゲが淡い光を放ち、その光が水面に反射して、美しい光のカーテンを作り出していた。


彼らの前方に、東都湾の海底に広がる敵のアジトが見えてきた。アジトは巨大なドームで覆われ、その内部には高度なテクノロジーが駆使された施設が広がっていた。ドームの外壁には、酸素生成装置が設置されており、海水から直接酸素を抽出して内部に供給していた。


「この施設の周りだけ、まるで異次元空間に見える。」タクミは驚きの声を上げた。


「ええ、敵も最新の技術を使っているから、私たちも油断できないわ。ここからが本番ね。」ルミエールは緊張感を持ちながらも、決意を固めていた。


タクミとルミエールは、水中バイクを隠し、敵のアジトに接近した。二人は隠密行動を取りながら、巨大なドームの側面にあるメンテナンス用のハッチを見つけた。ルミエールがイヤリングに、「ミカミさん、ハッチをあけられる?」とつぶやくと、「そのくらいは大丈夫。任せときな」とミカミから返事が来る。すぐに、セキュリティシステムがハッキングされ、ハッチが開いた。


「入るわよ。気をつけて。」ルミエールがタクミに合図を送った。


二人はハッチから内部に侵入し、静かに進んでいく。通路の両側には高精度の監視カメラが設置されているが、ミカミのハッキングで一時的に無効化されている。彼らは警戒を怠らず、施設の奥へと進んだ。


「こっちに中枢コンピュータがあるはずだ。」タクミが手元のホログラム地図を確認しながら言った。レイヴンから手に入れたものである。


彼らが中枢コンピュータの部屋に近づくと、警備ドローンが現れた。ルミエールは素早くエネルギーシールドを展開し、ドローンの攻撃を防ぐ。


「タクミ、早く!」ルミエールが叫ぶ。


タクミはドローンに向けて小型EMP(電磁パルス)デバイスを投げつけ、ドローンを一時的に無力化した。「よし、今だ!」


二人は中枢コンピュータの部屋に突入し、タクミがコンピュータにアクセスした。彼はキーボードを素早く操作し、セキュリティプロトコルを突破していく。


「見て、これが中枢コンピュータのデータベースだ。」タクミがスクリーンに映し出される膨大なデータに目を見張った。


「ここに必ず、僕が仕込んだ自爆装置があるはずだ。」タクミがその位置を検索しようとしたそのとき、「動くな!手を挙げろ!」という声が二人の耳に届いた。


振り返ると、人の形をしたクローンロボットがレイガンを二人に突きつけていた。


「お前たち、どうやってここに入った?」タクミは、その細い目と、キーンと響く甲高い声に、覚えがあった。


「まさか…キクチ先生?」タクミが驚いてたずねる。


「キクチ先生?ホーホホ!私をそう呼ぶ相手と会うのは、二百年ぶり、いやそれ以上ぶりですね!」タクミの方こそ、キクチの「ホーホホ」を聞くのは久しぶりだった…相変わらずの、嫌な笑い方だ。


「で、あなたは誰なんです?」キクチは鋭い目でタクミをにらむ。


「タクミです…お久しぶりです、先生」タクミは反射的に頭を下げる。


「タクミ君?…そんなバカな!冗談は、その顔だけにしてください…きっと彼の顔を真似て、整形手術でもしたんでしょうけど。彼はとっくに死んでいますよ、ホーホホ!」


「…ギミックなのに、ここまで似てるとは」タクミは吐き気がしそうだった。生前の彼のストレスは、すべてこの男にあったと言っても過言じゃない。


「ギミック…ずいぶん失礼なものいいですね!」キクチが怒りをあらわにする。


「あ、いや。すいません、先生!」タクミがペコリと頭を下げる。


「タクミ、どうしたの、急に…こいつ、私達の敵なんだよ!」ルミエールは、タクミの反応にびっくりする。


「…わかってる。でも、僕の意識が言うことを聞かない。先生には逆らえないんだよ」タクミはかたまったまま、ずっと頭を下げている。


「ええ!なに、そのトラウマ…聞いてないよ!」ルミエールの顔がムンクの叫びになる。


「ホーホホ!なんだかよくわからないけど、タクミ君?は私の言うことを聞いてくれるようね。じゃ、これを、その女の手首と足首にかけなさい」


キクチがタクミに放り投げたのは、この時代のナノテクノロジーを駆使した拘束具だ。装着者の動きを完全に封じることができる。


「これを?待ってください!彼女は何も悪いことしてない、そんなことできません!」


「ホーホホ!私に逆らうと言うの、タクミ君。それじゃ、いつまで経っても博士号がとれないわよ…君はずっと修士のままでいたいのかしら?」


「いえ…それは」タクミの中に葛藤がうずまき、その場にへたりこむ。


「私は別に、君がそのままでもかまわないんだけどね!ホーホホ!」キクチは、タクミの過去のデータをすでに呼び出していた。本物のタクミだとは思ってないが、それを演じているのは確かだ…なら、タクミの弱点をつく作戦を取ればいい。キクチはそうやって、ずっとタクミをコントロールしてきたのだ。


「そんな!故郷の家族は、それだけが楽しみで、僕を…」タクミが頭を抱えてうずくまる。


「ホーホホ!なら、その女を拘束しなさい!ここは私の研究室!あなたがここの研究員なら、今この場でその女を取り押さえるのが義務!侵入者を早く拘束しなさい!」


「あ、はい!すぐに…」と言って、タクミはその拘束具を手に取り、ルミエールを見る。ルミエールは驚愕の表情でタクミを見つめていた。


「タクミ!やめて!正気を取り戻して!」ルミエールの目に涙が浮かんでいる。彼女がその気になれば、キクチを瞬殺できる…天使の任務を優先すれば、そうすべきだってこともわかってる。でも、それじゃタクミが救われない…タクミを助けたい!だって、私はタクミを…


ルミエールの声を聞いて、タクミははっと我に返る。「今、ボクは何をしようとしたんだ…」タクミが、キクチをきっとにらむ。


「ホーホホ!それで、その女を早くしばりなさい!そうしたら、あなたを博士にしてあげるわ!」


「ホントですか!」タクミが再び、拘束具を手に取り、ルミエールを見る。


「お願い、タクミ!やめて!」ルミエールが渾身の力を込めて叫ぶ。


「もう終わりだ…この世界の『非法』の輩を、僕が逮捕する!」タクミがルミエールに近づく。


「…え?『非法』の輩?」ルミエールがキョトンとしてタクミを見る。タクミはキクチに見えないようにウィンクして、ルミエールに迫る。


「ホーホホ!タクミ君!それこそ、うちの研究員にふさわしい姿ね!あなたが最初からそうしていれば、すぐにあなたの理論、認めてあげたのに…実際、素晴らしい理論だし。ドクターどころか、うちの教授にだって推薦していいくらいよ!」


「本当ですか!ありがとうございます!」タクミはキクチに深々とお辞儀をする。


「ホーホホ!じゃ、その女を早くしばってしまいなさい!ホーホホ!」キクチが高笑いを上げる。で、ついに、手を広げ、天を見上げた。やつのお決まりの勝利のポーズだ。このすきをタクミは見逃さなかった。


「はい!」といってルミエールに向かう…と見せかけて、キクチの足元にかけより、その両足首に拘束具をしっかりはめる。驚いたキクチが、バランスを崩して倒れる。タクミはすぐに、その両手首にも拘束具をはめる。


「え?なになになに?なにコレー!」と言って、キクチはバタバタもがきはじめる。


「…ルミエール、大丈夫?」タクミがルミエールに微笑む。


「大丈夫だけど、あなた…」とルミエールが言いかけるのをタクミが制止する。「まだ、終わってない」と言って、タクミは再び、キクチに近づく。そして、彼の胸のパネルをあけて、ホログラムを呼び出す。「な?なに?タクミ君、あなた、私になにする気?」キクチが暴れる。タクミはそれにかまわず、キーを打ち込んでいく。研究室でパソコンを開くときに使っていたIDを打ち込むと、「最終日」のフォルダーが現れる。タクミはそこを開き、「END.exe」をクリックする。すると、パスワードの入力画面が出る…タクミは、大きく深呼吸して、「これで終わりだ!」と力強く叫び、そこに「キツネ目くそメガネ!」と入力する。するとキクチが「ギエー!!」という絶叫とともに、その動きをパタリと止める。すべての機能が停止したキクチは、歪んだ顔をむき出しにしたまま、虚ろな目で天を仰いでいた。醜い彫刻のようなその姿を、タクミは哀れに思った。


キクチを倒したタクミは、すぐさま、ルミエールに駆け寄る。顔の近くまで来るタクミに、ルミエールはどきりとした。


「ルミエール!何してんの?早く!ミカミくんに権限を握らせないと・・この世界がパニックになるよ!」


「そうだった」と、ルミエールが気を取り戻す。しかし、イヤリングをひねる前に、ミカミの声がした。「心配しなくていい。ハッチを開けてからの間、ずっと、見てたよ…もう、すべての権限はオレの手にある。」


「ホント!じゃ、任務完了だね!」二人が手を取り合って喜ぶ。


「タクミ、オレは嬉しい…お前の弱点、前から知ってたからな。キクチは、お前の足元にも及ばないクズだ。なのに、お前はあいつに、いつもヘコヘコしてた」


「情けなかったよ…今思うと。けど、君だけはずっとボクの友達でいてくれた」


「当たり前だ!そんなことでお前の株は下がらない。お前はホントに、オレの…」その瞬間、ミカミが異変を察知した。「早くそこから出たほうがいいぞ!キクチのやつ、自分が機能停止したら、全員巻き込むつもりだったらしい…ちょっと気づくのが遅かった」


「え?」といった瞬間に、大きな爆発音が鳴り、二人が床に倒れ込む。

施設内に、緊急アラートが鳴り響く。「総員に告ぐ。自爆装置が作動した。施設内にいる者は、五分以内に半径1キロメートル圏外に避難せよ。」と警告が出される。


「五分以内!」二人は大慌てで、もと来た道を引き返す。


「・・こっちの自爆装置は計算外だった」タクミが走りながらつぶやく。


「急いで、タクミ!」ルミエールが叫びながら、水中バイクのある場所へ向かって走る。


「ここから出ないと!」タクミも必死にルミエールに続く。


二人は障害物を飛び越えながら、激しく揺れる施設の中を駆け抜けた。水中バイクのあるハッチにたどり着き、急いでバイクに乗り込む。


「準備完了。行くわよ!」ルミエールがエンジンを起動し、バイクを全速力で発進させた。


水中バイクは高速で進み、周囲の海洋生物や景色が一瞬で流れ去る。彼らは必死に時間と戦いながら、施設から離れていく。


「あと少しだ!」タクミがホログラムマップを確認しながら叫んだ。


二人が爆発半径外に出た瞬間、後方で巨大な爆発が起こり、衝撃波が彼らを襲った。水中バイクの中で、タクミの体が跳ね上がり、天井に頭を強く打ちつける。「イタッ!」と言って倒れ込むタクミをルミエールが抱きかかえる。「私にしっかり捕まってるのよ!」ルミエールが叫び、バイクのコントロールを必死に維持する。水上に勢いよく浮上した水中バイクの後に、破壊された施設のがれきが宙に漂う。水中バイクが水面に勢いよく叩きつけられる。今度はその衝撃で、バイクが大きく揺れ、二人の体が宙に投げ出された。


タクミとルミエールは、水面に叩きつけられる。が、何とか息を整え、水に浮かんだまま周囲を見渡した。破壊された施設のがれきが浮遊している。二人は漂流するがれきの一つに二人でしがみつく。海面には青い空が広がり、静けさが戻ってきた。


「タクミ、大丈夫?」ルミエールはタクミの顔を心配そうに見つめた。


「なんとか…」タクミは息を切らしながら笑顔で答えた。


二人のずぶぬれになった顔が、すぐ近くにあった。「タクミ…あなた、いつ、トラウマを克服したの?」タクミに、ルミエールがたずねる。「ついさっき。ルミエールが、正気を取り戻して!と本気で叫んでくれたから。それが僕の心に響いた…で、キクチ先生とか、博士号とか、どうでもよくなった」タクミがにたりと笑う。「良かった!私、タクミがホントに寝返ったかと…」ルミエールの目に大粒の涙が浮かんだ。


「心配かけてゴメン、ルミエール。…ありがとう」と言って、タクミがルミエールの頬にキスをする。ルミエールの顔面が真っ赤に燃え上がる。それは水辺線の彼方に沈む夕日と同じくらい真っ赤だった。


その様子をじっと観察していたミカミは、「なんで、リンクを切らないんだ…他人のロマンスをピーピングする趣味はオレにはないんだけど…ま、いいか。罰として、救助艇が着く時間を、五分、遅らせてやる…それで許してやろう」と言いながら、二人の様子を笑顔で見守っていた。

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