第9話: 開かずの間の秘密

ひんやりとした、地下独特の匂いの中を進みながら、公平の案内で、二人は、開かずの扉の前までやって来た。銅製の重厚な扉で、三メートル四方はあるだろう。掃除や手入れが行き届いているせいか、その表面にびっしり描かれた文字や記号、数字などがくっきり浮かび上がっている。


タクミは一人、その前に立ち、じっとなつかしそうに眺めている。「公平さん…これって全部、ボタンになっていますよね?」


「はい。意味はよくわからないのですけど」


「ですよね…この意味がわかるのは、僕とミカミくんしかいない。知らない人は、暗号だと思うよね、きっと。このあたりはフィボナッチ数列だし」タクミがくすくす笑う。「ミカミ君らしい…けど、これ、まずここ押すんだ。で、次は…」タクミがすごい早さでボタンを押していく。「で、最後はここをポチッと押す」すると、すべての文字、記号、数字が点滅し始める。そして、パチンコ台の大当たりの時の音楽が地下に響き渡った。


ルミエールと公平の二人は、その派手な光の点滅と音楽に度肝を抜かれた。「タクミ!これ、何なの?」ルミエールがタクミにたずねる。


「昔、あるパチンコ台があった…高校時代の僕とミカミ君は、統計学と確率論、ゲーム理論でその攻略法を発見したんだよ。そのときに乱数の代わりに使っていたのが、この扉に書かれている、記号や文字列なんだ」


「…そうなんだ」ルミエールが呆れ顔でつぶやく。


やがて、「オオアタリ!オオアタリ!」という機械音声とともに、開かずの間の扉が、二百数十年の沈黙を破り、一気に開け放たれた。それまで中に溜め込まれていた、量子化された青い光の粒が外に溢れ出す。外の三人は、小さなスーパーノヴァのような光に包まれて、一瞬目がくらんだ。


「まぶしい!」腰を抜かして、地面にへたり込んでいる公平を尻目に、二人は中に入っていく。


すると、一人の人物が現れた。その人物は、ルミエールの姿に驚いた様子で、軽く会釈をした後、タクミに駆け寄る。「タクミ!ずいぶん遅かったな」


「ミカミ君!三百年ぶりだね!」二人は肩をたたき合い、互いの存在を確認し合う。


「あれから三百年か!すっかり待ちくたびれた。」ミカミは、あくびをして見せた。


「ミカミ君、これにどんだけお金を使ったの?」


「当時の日本の国家予算くらいかな。」ミカミは笑って、こともなげに言った。


「日本の国家予算って、どんだけよ、それ!…てか、それ以上に、ミカミ君がこの『永遠の命』の仕組みに気がついたことに、僕は驚きを隠せないよ。」


「オレもはっきりわかってなかった…一か八かだ。」


「ハハ。けど、あの攻略法の記号列なんて、僕と君しかわからないのに…もし僕が来なかったら、どうするつもりだったの?」


「その場合、オレはこの量子コヒーレント空間の中で、ずっと眠り続けていただろう…永遠の仮死状態だ。でもいい夢を見ていたんだぞ!お前が放った光の玉が、大当たりを引いたせいで、俺は叩き起こされちまった。」ミカミが不愉快そうな表情をタクミに送る。


「ハハ。それは悪かった…この起こされ方、ホント不愉快だよね。僕もちょっと前に経験したからよくわかる。」


「はあ?なんで私を見るのよ、タクミ!」


三人が笑う。


「ミカミ君。さっそくで悪いんだけど、今の地球に、ちょっと困った人たちがいるんだ。」


「ちょっと待って…SMAIの全権限を今、俺に集中させてる。…なるほど。バカが何人かいるな!こいつら放っとくとまずいぞ。」


「とりあえず、彼らの悪さを、ストップさせることはできる?」


「お前に言われる前に、もう止めてる…こいつらの銀行口座からライフラインまで、全部止めてやったぞ、ハハハ!」ミカミが豪快な笑い声を上げる。


「ミカミ君、やることエグい!」


「ここは俺の『住まい(SMAI)』だ。俺の家の中で騒ぐやつには、お仕置きが必要だ、お前に言われなくてもな。」


「そっか。なら、もう君に任せていいのかな?」


ミカミの顔がくもる。「…いや。TOTOの方はちょっと厄介だ。あっちは東都、つまりお前のいたキクチ研の流れを汲むやつらの末裔だから、SMAIの仕組みが少し違ってる。だから、まだ、やつらの医療技術を使った悪さは止められないんだよ。」


「TOTO…って、東都のことなんだ!」ルミエールが驚きの声を上げる。SETOとTOTOが、どっちも日本に由来しているなんて、誰も知らないはずだ。


「じゃ、そっちの権限は握れないの?」タクミがミカミにたずねる。


「一つだけ、わからないコードがあるんだ。お前が残したコンピュータやデータにもなかったやつだから、きっとお前がキクチ研究室に残したんだと思うが。」


「ボクが?じゃ、それがわかれば権限を握れるの?」


「そこまではわからんが…とにかく、お前に心当たりはないか?」


「…ああ!きっとあれだ。」タクミがぽんと手を叩く。思い当たるフシがあった。


「じゃ、それを早くミカミさんに教えなきゃ!」ルミエールがタクミをせかす。


「いや。そのコードは、ここから向こうに送っても効果がないよ…僕が直接、やつらの量子コンピュータに打ち込まないと、ダメなやつだから!」


ミカミはそれを聞いて、くすくす笑う。「…そういうことか。じゃ、オレはお前がそれをやり遂げるまで、待つしか無いな。」


「え?私はどういうことか、まったくわかんないんだけど」ルミエールが不満げに尋ねる。


「ルミエールさん…タクミが仕込んだのは、自爆装置だ。」


「自爆装置?」


タクミが恥ずかしそうに、「…キクチ研で使っていたパソコンの方にだけ、仕込んでおいたんだ。限界が来て、もう研究室を辞める!っていう日が来たら、『キツネ目くそメガネ!』って、打ち込むと、これまでのデータがすべて削除されるようにセットしておいたんだよ。」と、ルミエールに打ち明ける。


「タクミ、相当ストレス溜まってたんだね」ルミエールがそれを聞いて笑う。


「今は逆に、それがネックになってる。そのコードがあるせいで、こっちからは手出しができなくなってる…タクミが、向こうの中枢コンピュータに、そのコードを直接ぶち込むしかないな」


「ええ!じゃ、私達、向こうのアジトに乗り込まなきゃいけないわけ?」


「そういうこったね。…もちろん、こっちのシステムで稼働できるものはなんでも提供できるけど、それはあくまで後方支援だ。ルミエールさんとタクミが敵のアジトに直接乗り込んで、やつらのシステムを破壊するしかないよ」


ルミエールとタクミが顔を見合わせて、ニヤリと笑う。「よし!いっちょ、やってやりますか!」三人が円陣を組み、「ファイト!」と叫び、手を重ね合わせる。

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