Lady and boy
干月
真紅のレディと口の上手い坊や1
煌びやかな装飾は、もはや見る影もなくなってしまった。黒い絨毯は、果たして元から黒色だったか。記憶では、赤色だったと思うが。まあ、汚したところで弁償代を要求してくるようなやつもいない。
兎にも角にも、早く上に報告しなければならないだろう。連絡を寄越さないとうるさい人が多い。もっとも、連絡が無いから出向いてみればただの無駄足だった、などということになってはどうしようもないので、その意見は甘んじて受け入れている。
さて、とスーツのポケットに手を当てた。硬い感触はない。
手探りでスマホを探す。カバンなんざ持ってきていない。戦闘の時に邪魔にしかならないからだ。だから、スーツをまさぐればと思ったのだが、どこを触っても変わらなかった。
戦闘中にどこかに落としたか。ちっ、面倒くさいことこの上ない。
探しに行くか、はたまた適当なやつの体を漁ってそこからスマホを引き抜くか。このどこを見ても人の死骸が転がっている状況では、己のスマホを見つけ出す方が大変か。いや、どの道証拠は残せないから、一刻も早くスマホを見つけなくては。連絡をするだけならそこいらの肉塊からかっぱらってもいいかもしれない。
頭を回転させ、次にとるべき行動を考える。
一人。
乾いた銃声が、広いホールに響き渡った。同時に、男の低いうめき声がピタリと止む。
カツカツとヒールの地面を叩く音が、俺の真後ろで止まった。
「流石、仕事が早いわね。連絡の一本入れてくれたら、もっと最高の男だったんでしょうけど」
派手な赤のマーメイドドレスを着た女が、右手に持ったピストルからのぼる硝煙を眺めながら、紫煙をくゆらせた。丁寧に結い上げられた髪は一つも崩れることなく、顔に傷のひとつもついていない。
まさにパーティの主役とでも言っていい華やかさだ。
「惚れた女の着飾った姿を見たいというのが、男心というもんだろう?今日も美しいじゃないか、レディ」
「口が上手いだけじゃ女は落とせないわよ、坊や。こんな骸の山の前で口説かれたって、ちっともときめかないわ」
「これはこれは、手厳しいな」
ふん、とレディがピストルをホルダーにしまった。スリットから覗く脚には、およそ女性のものとは思えない傷が多くついている。レディは俺の視線に気がついて、眉をひそめた。
美人はどんな顔をしても美人ってやつか?
「人が来る前にここを出るわよ。要人は仕留めたんでしょう?」
「あぁ、そのことなんだが、スマホをどっかで落としてきちまってな。先に出ててくれないか?すぐに追いつく」
レディがわざとらしく肩を竦めた。
「あら、いくら探しても見つかりっこないわよ?私が持ってるもの」
レディが真っ黒のケースカバーの着いたスマホを俺に見せた。ケースカバーにはK、と記されている。間違いない、俺のスマホだ。
レディは俺にスマホを投げて、踵を返し歩き出した。ミラノコレクションでも見ているかのようだ。慌てて後を追いかける。
レディをエスコートするのは男の役目だからな。もっとも、俺のエスコートを必要とするお嬢様って訳でもないのがこの女だが。
「どこにいるのかと電話をかけたら、目の前の死体から着信音が聞こえたのよ。本当に驚いたわ。他の人に拾われてなくて良かったわね。そんなことがあったら今頃あなたも私の背景と一体化してたわよ」
俺を一瞥すらせず、スマホを発見した経緯を伝えてくる。驚いた、というが、その実表情はピクリとも変わらなかったに違いない。随分と肝っ玉の据わったレディは、いつも俺よりも冷静で、かつ判断が早い。
こんな仕事をしているくらいだ。箱入り娘とは訳が違う。そのドレスの赤色が例え人の血で染められたものであっても、レディは気にせず身に纏うだろう。
そして俺は、そういった所を大層気に入っているのだ。
「はは、俺に幸運の女神が微笑んでくれて助かったぜ。レディに殺されるのもやぶさかでは無いが、お前に見せたいものがまだ山ほどあるんだ」
「あら、例えば?」
「一千万ドルのダイヤモンドがついた指輪、とか?」
レディは左手の人差し指と中指を唇に当てて、視線をそっと俺から逸らした。赤いマニキュアに、真っ赤なリップ。実に華やかで美しい。薔薇と例えるのも、彼女の美しさには失礼になるだろう。
薬指には、まだ証はない。耳元で光る宝石も、首元で存在感を放とうとしている真珠も、全て彼女の前ではただの飾りだ。薬指には、一等目立つダイヤの一つでも送ってやりたい。霞まれては困るのだ。俺の女だと証明したいのに、俺という存在がレディに気配を消されてしまっては困る。
「ダイヤモンドも美しいと思うけれど……ねえ、坊や。血赤珊瑚という宝石は知ってる?」
「初めて聞く宝石だな。どんな色だ?」
「先程渡したスマホは連絡にしか使えない能無しじゃないのよ」
「自分で調べろってか」
スマホの画面を開こうとしたが、どうやら充電が切れていたらしい。何度長押ししてもつかない画面に舌打ちをして、ポケットにしまう。
レディは赤色のケースを付けたスマホを、俺に差し出してきた。赤、赤、赤。レディのつけているものは赤ばかりだ。
「ふふ、まさか。知らないなら教えてあげるわ。今どきのスマホは、内カメラで自撮りできるのよ」
「はぁ?」
レディは俺のぽかんとしたアホ面を盛大に笑った。
「あっははは!私の言う意味が分からないんじゃ、坊やもまだまだお子ちゃまね。お勉強して出直しなさい」
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