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 俺か?俺は何処にでもいる普通の大学生だ。

 単位が取れる必要最低限の出席日数を確保して、後はアニメやらゲームやら動画投稿サイトやらで時間を潰す、何処にでもいるオタク学生だ。

 最近は「バーチャルライバー」っていう、アニメ系アバターがリアルタイム配信を見せてくれるコンテンツにハマってて………


 いや、俺についてはこれくらいでいい。

 この話で重要なのは、俺は彼女を推していたって事、それだけだ。

 これは、ありふれた“呪い”のお話だ。


 その日も、他の何十日、何百日と同じ、何てことのない1日の筈だった。

 朝、いや昼に起きて、大学に一コマだけ顔を出し、午後の4時過ぎには構内から出て家路に就いていた。

 行きの時点で灰色の空だったが、帰り際には雨が降っていた。遅刻ギリギリまで寝坊していた俺は、天気予報も見ずに飛び出したもんだから、傘なんて持って行くという頭が無くて。結果、仄暗い土砂降りの中、若干の視界不良に陥りながら、風邪を心配しつつ帰る破目になっていた。


 自分の不真面目さ故に、将来を考えると暗澹たる思いを抱く一方で、それを改善する気概も無い。そんな陰気さに拍車を掛ける、冷たい天気。堪らなくなった俺は、気分を上げようと考え、思いつく。


 「そうだ、推しを摂取しよう」、と。


 国内ならば一番人気と言っていい動画配信サイト。

 それは無料で利用出来るが、有料会員になる事で、動画を保存してオフラインでも見られる、そんな便利なサービスも使えたりする。

 大学に入ってからバイトを始めた俺の、出費の殆どは「推し」へのお布施と、それから彼女を快適に“鑑賞”する為の費用、つまり「推し活」代で占められていた。


 全ては、何時でも何処でも、通信料を気にせず彼女と“会う”為に。

 つまり、俺が濡れ鼠になりながら、凹んでいるその状況こそが、備えていた「いつか」と言えた。


 俺は道の途中、雨が避けられる陰でスマホを取り出し、保存しておいた雑談配信のアーカイブをタップ。


 ワイヤレスイヤホンを耳に押し込むと、

『で、そしたらその人、「この日、この時間に仕事をしてみなさい。少しだけ良い事があるわよ」って、そう言ったんですよ。それを聞いて私、「えぇ?なんか具体的過ぎない……?」って思ったんですけど、まあまあまあ、取り敢えず聞いてみようと、「ちなみに、良い事って具体的にどんな感じですか?」、って聞いてみたんですよ。そしたら、「1万円貰えるわ。あ、ごめんなさい。この場合は、7000円くらいかしら」って。もう、スパムコメントか!って内心でツッコんじゃったんですよね。そこまで言うなら!景気よく1万円って言い切れよ!って。まあこうやって指令通り配信してるわけですけど』


 彼女の声だ。

 前日の夜に聞いていた、なんとか言う占い師?的な人物に会って来た、その体験レポの続きだった。修験者みたいな恰好で、顔に白粉を塗りたくった、たぶん男という強烈な風貌だったらしい。


 その声色こわいろから来る安堵や、語り口から感じる可笑しみによって、人目が無いのを良い事にニヤつきつつ、スマホ本体をポケットに入れて、雨天の行軍を再開する事にした。


 心中は、さっきよりも晴れやかだ。

 現実逃避でしかないが、足を動かす為にはそれが必要だった。

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