人嫌いのキミが茜色に染まるまで

丹野海里

第1話 無色透明な君に惹かれて

—1—


 その日、オレは太白大橋の欄干に両肘を突きながらぼんやりと川を眺めていた。

 どれくらいこうしていただろう。

 気付けば辺りはすっかり暗くなり、等間隔で設置された街灯がオレンジ色の光を灯している。

 背後を行き交う車のヘッドライトが今のオレには少しだけ眩しく思えた。上りは仙台方面からの帰宅ラッシュでかなり渋滞している。

 オレもそろそろ帰らないといけないな。

 テスト期間で部活が無いのにこれ以上遅くなったら母さんが心配する。

 それでも足が家の方には向かない。

 橋の下を流れる名取川と左右に広がる木々。さらにその奥に連なる山々。

 自然を眺めていたらぐちゃぐちゃに絡まった思考の糸がゆっくりと解けていくような気がした。


 自分の行いに後悔はあるか?


 結論から言うと後悔はない。

 しかし、心のどこかで別の結末を期待していたのも事実だ。

 今はただやり場のない感情と向き合うしかない。


 苦しい。

 辛い。

 悲しい。


 この感情も時間が経てば薄れていくのだろうか。

 毒がじわじわ身体を蝕んでいくように心臓が締め付けられる。


『ありがとう。でもごめんなさい。私好きな人がいるの。翔太くんには本当に感謝してる。私が今生きているのは翔太くんのおかげだから』


 世界が茜色に染まる頃。

 オレはこの橋で想いを寄せる女の子に告白をした。


「なんでだよ……」


 そう口にしたものの答えは分かっている。

 オレが彼女を変えたのだ。

 無色透明で今にも消えてしまいそうだった君に色を付けた。

 生きる希望を持って欲しかったから。

 世界の素晴らしさを知って欲しかったから。

 17歳で全てを諦めるのは早すぎると思ったから。

 ただ君に生きていて欲しかった。

 笑って欲しかった。


 誰か教えてくれ。

 オレは間違っていなかったんだよな。


—2—


 半年前、高校2年生に進級したオレは野球部の次期エースとして順風満帆な高校生活を送っていた。

 人生楽しんだもん勝ち。

 興味を持ったことには積極的にチャレンジをして経験値を増やす。失敗してもその経験は財産へと変わる。

 そうやって自分の世界を広げていく。


 昔から計算なんかの頭を使う勉強は苦手だったけど暗記科目は得意だった。

 日本史や世界史を通して歴史を学ぶことが好きだった。


 毎日が刺激的。友達もそれなりにいてお金にも困っていない。

 周りから見れば恵まれている部類に入るだろう。

 でも、ふとした時に虚無感に襲われる。このままでいいのか。誰からも好かれる理想的な人物像を演じているのではないか。

 オレはオレであるはずなのに。自分で自分のことがよく分からなくなる。


 オレが山村茜やまむらあかねと接点を持つようになったのは5月中旬のとある事件がきっかけだった。


「よし、掃除終わったし部活行くわ!」


「またな翔太!」


「おう!」


 掃除当番を終え、部室に向かうべく階段を下りていると正面から俯いた少女が歩いてきた。

 こちらに気付いていなのか避ける気配が無い。

 このままだとぶつかるので反対側に寄ろうかと考えていたら上級生の集団が笑い声を上げながら階段を駆け下りてきた。

 踏み出そうとした足を引っ込めてやり過ごすことに成功したが、次の瞬間少女が集団の一人とぶつかり階段から足が離れた。


「おい!」


 全力で腕を伸ばして少女の手首を掴む。

 ドラマや映画だったら少女を引き寄せてハッピーエンド、恋でも始まりそうなものだが現実はそう上手くはいかない。

 体が浮遊感に襲われ、周囲がスローモーションに映った。


「うぐっ」


 完全には守りきれなかったが咄嗟に体を入れ替えて少女の下敷きになった。

 階段を転がり落ち、背中や腕を強く打ちつける。


「お、おい、大丈夫か?」


 ぶつかった張本人はサッカー部の先輩だった。

 一緒になってはしゃいでいた集団もサッカー部の部員だった。

 オレは痛みに顔を歪めながら先輩を睨みつける。


「階段で走ったら危ないだろうが。それくらい考えれば分かるだろ。何年生きてるんだよ」


 先輩だろうといい加減な人間は嫌いだ。

 自分本位で他人の迷惑を考えない連中も嫌いだ。


「悪い」


 先輩は申し訳なさそうに頭を下げたが謝罪の言葉としては弱い。

 ちゃんと謝ることもできない先輩に怒りを通り越して呆れてしまう。

 それよりも、


「山村さんだよね。怪我とかしてない?」


 腕の中でもごもご動いていた山村さんに視線を落とす。


「うん、ありがとう。安達くん、腕から血が出てる。ごめんね私のせいで。私がぼーっとしてたから」


 そう言いながらティッシュで血を拭き取り、絆創膏を貼ってくれた。なんて手際がいいんだ。

 山村さんとは同じクラスだけど安達と山村では出席番号が遠すぎてこれまで接点がなかった。1年生の時も別のクラスだったしな。


「翔太、階段から落ちたって聞いたんだけど大丈夫か?」


「川上部長、なんとか大丈夫です」


 階段から人が落ちたとあっていつの間にか野次馬ができていたみたいだ。


「翔太、今日の部活は休んでいいから念の為に病院に行って来い」


「分かりました」


 部長はその場にいたサッカー部の部員を引き連れて職員室に向かった。教師を交えて事情聴取を行うらしい。

 後日、オレも簡単な聞き取りに応じることになった。

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