第24話 特異体質
特異体質。
小春も噂には聞いたことがある。身体そのものが才能<ギフト>であり、体質が普通の人間とは大きく異なるというもの。
あまりにも例が少ないことから、どれだけいるかすらもほとんど把握されていないという。
「この特異体質には大いに助けられている。もっとも、この体質のせいで陽の光には弱くなり、歳も取れなくなってしまったがね」
華月はそのまま身体についた土埃を払い、立ち上がる。その姿は先ほどまでかなり大きな傷を負っていたとは思えないものだった。
「さて、久々に暴れてやるかね。さあ小春クン、援護を頼むよ」
「…、はい!」
小春は勘づいていた。
この先にあの恐ろしい男がいるのだと。
瞼の裏には、未だにあの鏑木の死に顔が。頭の奥には、あの狂ったような笑い声と叫び声が。
どちらも刻印のように焼き付いていた。
だが、自然と恐れはなくなっていた。自分を守るための拳銃を手にして、小春は一歩先へと進む。
そこにはやはり、昨日のように男がいた。
「なんだァ…?犠牲者増やしてくるとはよォ。ありがたいありがたい…獲物が増えたんだからなァ!!!!」
あまりにも単純すぎる動き。未来予知すら不要だった。素早くこちらの方へと突っ込んでくる男に対して、小春は引き金を引いた。
「グハァッ!!!!」
男が叫び声を上げて、脇腹を抑えてうずくまる。
「今ここで投降してくれるなら、これ以上撃つことはしないです。私も、あなたの命を奪いたいわけじゃないですから」
ほとんどハッタリだった。言葉を一つ一つ紡ぐたびに、脚が震える。視界が震える。恐ろしさに心臓の鼓動が加速していく。
「脅しかァ…?脅しのつもりかァ?随分と偉くなったもんだなァオイ。昨日の警察のガキもいないってのに、このオレに殺されねえとでも思ってんのかァ?」
「悪いがそこの彼女に従った方がいい。そこの彼女は予知能力者だ。君の攻撃は全て当たらない。それに僕は……」
小春を庇うようにして、華月が前に立つ。男はその華月に対し、鋭いナイフを投擲した。
ナイフは確かに命中した。それも、頭を狙って、だ。どのみち、この女は白目を剥き、倒れ伏してそのまま死ぬだろう。
そう男は考えた。だが、そうはならなかった。それどころか、頭に刺さったナイフを、まるでおもちゃでも扱うかのように、あっさりと抜いてみせたのだ。
「殺せないよ」
「てめェ……なんだ……なんだそれはァ!!」
「僕の才能<ギフト>は『吸血鬼』と呼ばれる特異体質でね。生き物の血を啜らなければ生きていけない代わりに歳も取らなければ無限に再生できる。便利な能力だよ」
「お前も…お前もこのオレを馬鹿にするのかァ!!!!才能<ギフト>のないこのオレをオォォォォォォォォ!!!!!!!」
耳障りな声で喚く男に対して、華月はあくまでも冷静なままだった。
「そうだ、借りたものは返さなくちゃな」
そのまま、ナイフで男の身体を裂く。
あまりにも手慣れた動きだった。小春は急にこの新島華月という女性が恐ろしくなった。彼女は人を傷つけることに全く躊躇いがない。
ナイフについた傷を舐め取り、一言「まずっ」と吐き捨てる。
「あの…華月さん。随分慣れてたみたいですけど……」
「気にするな。こういうのは単なる自己防衛のための術というやつさ。それに君だって、先ほど躊躇いもなく引き金を引いただろう?自分の身を守るためには、時には誰かを傷付ける必要がある、そういうことだよ」
よく、わからなかった。
だが、これだけは言える。才能<ギフト>が関わる事件に携わるということは、つまりこれからもこういった危険な能力者を相手にしなくてはいけないということ。
自分を守る術を、身に着けておかねばいけないということ。
身体能力もあくまで人並みで、拳銃を扱える程度の筋力しかない小春には、まだまだ難しそうな話だった。
「……ハァッ、ハァッ……」
男は肩で息をしながら、ギラギラとした目で2人を睨みつけている。
「お前らふざけんな…ふざけんなよォ……結局、能力のないオレが悪いってのかァ……?いや、違う!」
「無能<パワーレス>を優遇しない社会が悪ィんだ!!だからオレはそんな社会を変えてやるんだ!!害悪な能力者を全員殺してなァ!!」
男は狂ったように、その場にナイフ…いや、様々な刃物を投げつける。不規則故に、まるで動きが読めず、小春にもいくつか当たってしまい、刀傷が頬を掠める。
華月に至っては、ほとんど避けられずに身体に数本ナイフが刺さってしまっている。
小春は、先刻の予知のことが頭を過り始めた。予知に映っていたのは自分と華月の姿。
どういうわけなのか、2人はこの男に敗北してしまうと予知で出ていたのだ。
だが、今の自分がこの程度の男に負ける気は、一切していなかった。
華月だって余裕で相手している。
と、いうことはまさか。
予想外のことが何か、起こるんじゃないのか。
だが、戦いそのものはずっと順調に進んでいた。
時々反応できないことはあれど、それでも小春の身体に増えるのはかすり傷だけ。言ってしまえば、もうほとんど圧倒してしまっていた。
「さあ。君に勝てる余地がないのはもうわかっただろう?負けを認めて大人しく投降するんだな」
小春の右手には、既にデバイスが握られている。男が投降すれば、今すぐにでも警察を呼んでこの男を捕まえられるように。
膝をついた男からは、もう先ほどまでの狂気と感じられず、ただ項垂れただけの青年が、そこにはいた。
「君の属している組織は何だ?一体何の命令であのような殺人を働いている?吐けるだけの情報は吐いてもらおうか。こちらも警察の方に情報を渡さねばならんのでね」
男はずっと黙っていた。
そして、何か引いたような異様な声が、男の口から聞こえてきていた。
「……ヒヒッ」
「ひひひひひひひひひひひひひひ!!!!!」
それが笑い声であることに、2人は最初は気づけなかった。あまりにも異様な音階だったために、何かの耳障りな音としか聞こえなかったのだ。
そして、男はナイフを天高く掲げる。
「……アヴァ、ロン。そう、お前らは騎士によって裁かれる罪人だ」
そう小さな声で呟いた後。
「な……何をしているんだ、お前!!??」
ナイフで喉を掻っ切った。
男の喉から、鮮血が噴き出す。
そこから、小春の意識は暗転した。
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