イクス・アイズ~未来が見えるので、すべてを救ってもいいですか?~

八十浦カイリ

第1話 未来を見る力

むせかえるような嫌な臭いの中で、自分は立ち尽くしていた。

視界に広がるは黒ずんだ赤。そして、血の海の中に倒れ伏す、4名の人物。

一体、何故こんなことが起きてしまったのだろう。

そして、自分は何故これを「助けることが出来なかった」のだろう。

無力感に打ちひしがれながら、やがて自分の意識を明確に刈り取られる感覚がする。


血の海の中で、自分の身体も沈んでいく。

不思議と、痛みや不快感はなかった。

何故なら今自分が見ている景色も、匂いも、すべてが「無」と化していくのだから。


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腕時計型のデバイスで時間を確認してから、少女はふと空を見上げる。

頭上の何メートルも上に、空を飛ぶ「電車」が視界をよぎった。

その瞬間、景色が切り替わる。

一瞬、ある未来が見える。道を歩く人間にぶつかってしまう「未来」。

前も見ずに歩いている人物が自分の身体にぶつかり、そして自分は転んでしまう。

そんな「未来」だった。


「……とと」

見えていた景色、その周りにあったもの。それらから、その人物が歩いてくる場所を予測する。

ぶつかって転んでしまう未来は、回避できた。のだが。

「…うわっ!」

視線の先ばかり気にしてしまって、足元に落ちている石に気づけなかった。躓いて、転んでしまった。

「君、大丈夫?」

差し伸べられる手。若い女性が、そっと心配そうな目でその少女を見る。

「いえ、大丈夫です!えっとその…よくあることですので!!」

「いやいや、怪我してないかとか、確認した方がいいよ?それに最近このあたり物騒だからさ、歩く時は気を付けた方がいいよ~?」

「あ、ありがとうございますっ!では!」

「ちょっと……」

そのまま少女は困惑する女性をよそに、走り去っていってしまう。


少女……白川小春は、今日は新しいアルバイト先へと向かう日だった。

「…はぁ、今日もあんまりついてなかったなぁ」

服についた土埃を払いながら、彼女はため息をつく。

自動販売機で買い物をすれば、おおよそ半分くらいの確率で思っていたものと違う飲み物が出てくる。

側溝の近くを歩けば、頻繁にそこに落ちてしまう。

家にある家電も高確率で初期不良を引き、いつものように修理業者を家に呼ぶ羽目になる。

そう、彼女はちょっとばかり、人より少しだけ悪いことが起きやすい、そんな体質なのだった。


今日のアルバイト先も、やっとの思いで合格したような場所で。

何せ面接の場所に遅れるなどということは日常茶飯事であり、面接の場所に遅れなかったのすら、なかなか彼女にとってはあまりない出来事なのだった。

「えっと……」

時間はまだ大丈夫。あまり人気のしない住宅街を歩きながら、彼女はようやく受かったアルバイト先の喫茶店に想いを馳せる。


不意に、視界が途切れる。

ーー帽子を目深にかぶり、スウェットを着た中年男を、自分が必死に追いかけている光景だ。

ああ、これは何かが起きる合図だと、小春は周囲に向けて警戒を始める。

「…誰かいるかな。えっと…」

通行人の人数こそ多いものの、日中でこんな恰好をしていたら目立つだろう。


ふとした瞬間に、小春が手に違和感を覚える。

さっきまで小脇に抱えていたはずのバッグが、いつの間にか手から『消えている』。

「あれぇ!?」

手に抱えているのは、何故か小さなサッカーボールに変わっていた。

道のド真ん中で、何故かサッカーボールを片手に持ちながら素っ頓狂な声を上げているという間抜けな姿に、周囲から失笑の声が上がり始める。


「や、ら、れ、た、ぁ~~~~~!!!」

怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら、小春は一気に視界の先へと駆けだす。

彼女の視界には、帽子を目深にかぶった男の姿が捉えられていた。

そして、男の小脇には、先ほどまで抱えていたはずの自分の荷物が。間違いない。荷物が「掏られた」のだ。

いや、正確には彼の持つ能力で、バッグとサッカーボールをすり替えられたのだろう。


「待てぇ~~~っ!!」

「チッ…何でバレたんだ……くそっ…待てと言われて待つやつがあるかバカヤロ~~!!!」

まさか追いかけてくるとは予想していなかったのだろう、男は捨て台詞を吐きながら、路地へと逃げ込もうとする。

だが、男には土地勘がいまいちなかったのだろうか。それとも、運が悪かったのか。


袋小路へと、追い詰められてしまった。

「…もう逃がさないんだからね」

「警察にだけは言うなよ……言ったらてめえをこいつで刺す!」

男は懐からナイフを取り出し、小春に向けて突きつける。

だが、あくまで小春は冷静だった。何故なら、彼女はこう考えたのだ。

ーー本当にこれで刺すつもりがあるのなら、自分が刺される『未来』が見えるはずだ。と。


「おい、何黙ってやがる……何か言えよクソガキ」

小春は何も言わなかった。

下手に刺激して逆上させてしまえば、よりよくない結果が起こるだろうと思ったのもあるが、何せ男の脅しが本気でないとわかったのだ。

慌てる必要も、騒ぐ必要すらもない。

ただ、男が諦めてナイフを下ろすのを待つだけ。

「だから何か言えっつってんだろぉ!?ほんとに刺すぞォ!!!」

なおも下手な脅しを続ける男に対し、小春は何も言わない姿勢を貫く。


「…そこの人、ちょっと避けて」

膠着状態の静寂の中、それを打ち破るように、よく通る声が響く。小春より少しだけ年上であろう、女性の声だ。

「んぎゃああああああああああ!!!!!」

次の瞬間、放たれたのは青白い電撃だった。電撃は男に向けて一直線に飛び、男は情けない叫び声をあげ、そのまま泡を吹いてその場に倒れ込んだ。

「…あ、ありがとうございます。あの。今のは…」

「大丈夫?立てるかしら?」

小春の方は、驚きのあまり自分でも気づかないうちに腰が引けてしまったようだ。ゆっくりと、スカートについた土埃を払いながら、立ち上がり声の方へと顔を向ける。


そこには、凛とした印象の、長い黒髪の美しい少女がいた。

「今の、あなたの才能<ギフト>によるもの、ですよね……?」

「ええ。そうだけれど……あなたは」

「……はっ!」

少女に見とれてしまい、すっかり小春はこの後の『予定』を忘れそうになってしまっていた。

「これからアルバイトあるんでしたっ!失礼します!!!ありがとうございました!!」

取り返した荷物を抱えながら、彼女はその場を走り去って行ってしまった。


路地には、ポカンとした顔で立ち尽くす黒髪の少女と、泡を吹いて気絶した男だけが、取り残されてしまった。

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