歩く男

夏目あさひ

歩く男

 昼頃、男は大型ショッピングモール内を歩いていた。少しでも興味を惹かれれば、どのような品が陳列されているのかを確認するために入店した。

 男はしばらく店内を見て回ったが、自身が欲しいと思う品がないことに気がつくと足早にその店舗から去った。

 夜、男は一日中ショッピングモールを歩き回ったおかげで蓄積した疲労感に襲われ、着替えもせずにふかふかのベッドへ倒れ込み、眠りに落ちた。


 翌日の昼頃、男は近所のおばあちゃんが経営していた駄菓子屋を目指し、住宅街を歩いていた。

 建物は住む人によって表情を変えるが、どこの建築物も男にとっては代わり映えのない表情しか見せない。建物が見せる表情はずっと男に酷い嫌悪感を与え続けていた。

 男が目的地へやってきたとき駄菓子屋はすでに存在していなかった。男が幼い頃には充分高齢だったため、店主が変わっている可能性は予想していたことであったが、店すら残っていないのは想定外であった様子だ。


 男は再び市街地を通り、帰路につく。

 重い足取りで歩いていた男ははたと立ち止まり、住宅街を見渡す。次の瞬間、男は狂ったように笑い出し走り出した。

 きっと男はこうすることで誰かが自分に気がついてくれると思ったのだろう。だが、男の発狂に周囲から返ってくる音はない。

 そのことに男自身が気がつくことが無いようにするためだろうか、彼の発狂は次第に大きくなっていき、笑い声とも嗚咽とも判断できないのようであった。


 しばらく叫んでいた男は路上に臥して静かに泣きながら掠れた声で何かをつぶやいた。

 その音は、発達しすぎた文明をひたすらに恨み、ただ一人取り残された男に押し寄せた孤独感の波がそのまま男から発せられたようであった。


 泣き続ける男を、もはや住宅だった頃の面影が微塵も感じられない建造物の残骸たちは静かに見守っていた。

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歩く男 夏目あさひ @asahi_natsume

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