【FileNo. 0001】奥滝川キャンプ場神隠し事件

@HoldTabDownTurn

奥滝川キャンプ場 前編


「ふーっやっと着いた」


リナは助手席から降りると身体を伸ばした。

山間やまあいのキャンプ場に来るまでの高速道路は夏休みのため大渋滞していた。もっと早い時間に出発する予定だったのだが、夫のマサトによるキャンプ用品ギアの車への積み込みや、リナが出発前にSNS用に写真撮影していたことで遅くなったのだ。


「なんだよ、オマエは運転してないから楽なもんだったろ」


車内での口喧嘩の余韻でマサトはあまりご機嫌がよろしくない。

後部座席のチャイルドシートから双子の息子たちを下ろしながらマサトはトゲのある口調で言い、トランクルームから一泊分のキャンプ用品を取り出し始めた。


「あー、便利そうなところ、もう空いてないね」


リナはマサトをシカトして周囲を見回した。

到着が少し遅れたせいで、駐車場の近くや炊事場の近くはテントが並んでいた。


「便利だと他のみんなが寄ってくるってことだろ、そんなトコ落ち着かないから」


「あ、そっか。マサト頭いいー」


ちょっと褒めるとマサトは照れ臭いような顔をしてギアを両手に持った。両肩にはクーラーバッグと家族4人用のテントを下げている。


--単純なんだから。


リナは軽そうなギアを取り出して一つずつ息子たちに持たせると、自分も軽そうなギアを肩から下げた。両手で息子たち、ケントとトビトの手を握っている。


駐車場からしばらく歩くと木立を抜けた場所が平らに整備されていた。


「ここだな」


「えっここ? 川とかみえないし、木に囲まれてるし」


リナの抗議に耳を貸さず、マサトは「静かなところがいいんだよ」とぶつぶついいながらギアを下ろした。


「ケントとトビトが持ってンの、チェアーだから組み立ててて。残りのギアとってくるから」


「アタシが組み立てンの? ちょっと噓でしょ。キャンプなんてしたことないってば」


マサトが振り返りもしないで駐車場へ戻っていく。セミの鳴き声と鳥の声が響く中、バラバラのパイプ椅子を組み立てようとしてみるが、リナにはどの部品がどこにつくのかすらわからない。


「なんだよ、椅子も組み立てらんねーのかよ」


山のように荷物を持って戻ったマサトが呆れたように言うとリナを押しのけてすぐに椅子を4つ、組み立てた。


「テントは組み立てたことねーんだよな……」


防水布とロープ、ペグを広げて収納用の袋に入っていた説明書を広げる。


「えっと、これがこれで、……こうか?」


「ちょっとココ圏外だよ! 信じらんない!」


ちゃっかり椅子に座ったリナがスマホ片手に叫んだ。


「山ン中なんだから仕方ないだろ」


「せっかくいい写真撮れたからアップしようと思ったのにぃ」


他にすることもないのか、リナはマサトの手元を見て「それってもっと後からやるんじゃない?」とか「こっちはどうするの?」と言ってくる。


「うるさいな! ちょっと黙ってろよ!」


「何それ! せっかく早くできるように手伝ってあげてンのに!」


「椅子も組み立てられないんだから黙ってろよ!」


大人しく芝生の上で転がって遊んでいたケントとトビトが心配そうな顔をして立ち上がった。リナに駆け寄っていく。


「ママーおしっこー」


「えー? トイレどこよ」


「向こうだよ。オマエ、ケントとトビト連れてトイレとか炊事場とか見て来いよ」


リナがふくれっ面のまま二人の手を引いて木立の方へ歩いていく。


「さて、と。これがここで、と」


マサトは再びテント設営に向き合った。


「あの、お手伝いしましょうか?」


遠慮がちな声に顔を上げると若い男性が二人立っていた。


「僕たち、近くでキャンプしてるんですけど、テントとか慣れてるんで、もし良かったら、ですけど」


最初に声をかけてきた黒い髪の男がおずおず、といった感じで聞いてくる。


「ココ、いい場所なんですけど結構山の中にあるんで、運転してくると疲れますよね」


黒い髪の男の友人らしい茶色い髪の男は積極的に近づいてくると、マサトのそばにあるペグをさりげなく脇へどけ、拡げてあったインナーテントにポールを差し込んでいく。


一通りキャンプ場内を見たリナが戻ってくると木陰にテントは張られ、4つの椅子が火の付いていない積み上げられた炭を取り囲んでいた。


「あっお帰りなさい」


マサトと談笑していた見知らぬ若い男性2人が立ち上がってリナを迎える。黒い髪の毛の男性がモガワ、茶色い髪の男性はタカナシと名乗った。マサトは気にしていないようだったが、二人ともかなり整った顔立ちをしている。


「二人とも、星座観察に来た大学生で近くにテント張ってるんだって」


「そうなんですか? ウチ、小さい子が二人いるんで、うるさくしたらすみません」


「大丈夫ですよ、僕にも小さい弟がいるので慣れてますから」


モガワが花の咲いたような笑顔をリナに向ける。


「それより昼にしようよ。なんも食べないで飲んだら酔っぱらっちゃうよ」


マサトの横にはクーラーボックスが置いてある。その上には缶ビールがすでに開けられていた。


「じゃあ、火ィ付けんぞー」


マサトがライターを炭へ近づけるがなかなか火が付かない。期待して見ていたケントとトビトが徐々に飽きてマサトとライターを見比べている。


「僕がやりましょうか」


モガワがすっと手を出した。手際よく炭を組みなおしてから新聞紙に火をつけて放り込む、2分程度で炎が見えるとケントとトビトの顔が輝いた。


「おー、いいねぇ」


マサトも酔っ払い特有の気怠そうな仕草で座りなおしてまた缶ビールを飲んでいる。

モガワとタカナシがケントとトビトに昆虫の見つけ方や種類を教えてくれたので、リナは邪魔をされずに直火の上で串焼きを焼いていた。

木立の中を4人が楽しそうに歩いているのがリナからも見える。


--せっかく来てるんだから、マサトが父親らしくケントとトビトに自然の中の遊びとか教えてくれたらいいのに。


リナは横にいる半分眠っているようなマサトを見て聞こえないように溜息をついた。

昼食を家族の分しか用意していなかったので、どうしようか、と躊躇しているとモガワとタカナシは自分たちはもう食べたから、と言って自分たちのテントへ戻って行った。


「えーモガワ、タカナシ行っちゃうの?」


「一緒に食べようよ」


「モガワお兄さん、タカナシお兄さん、でしょっ」


慌ててリナがいさめるが、モガワとタカナシは笑顔のままで気にする様子もない。


「また後でな」


タカナシがトビトの頭を撫でる。




昼食後。

マサトはテントの中で酔っぱらって軽くいびきをかいて眠っている。

リナは写真はかなり撮ったものの電波が届いていないのでSNSにアップすることもできないし、他のユーザーのチェックもできないので少しイライラしていた。


「ねー、お外行っていい?」


ケントがテントの出入り口で尋ねる。


「ダメ、パパが起きてから」


「いつ起きるのー?」


「おー、相変わらず駄々こねてんなー」


「あっモガワ!」


害虫防止ネットの向こう側にモガワの整った顔がのぞいた。


「もし良かったら川原の方まで行ってみませんか?」


「行きます」


リナは食いつくように返事をしてテントの入り口を開けた。ケントとトビトが飛び出すのをモガワが両手で捕まえる。


--やった、この二人といればアタシ一人でこの子たち見なくてもいいわ。それにイケメンだし。


リナは前を行くモガワの両側ではしゃぐ我が子の背中を見ながら歩いている。ついついにやける顔を隣を歩くタカナシからハンカチで隠しながら歩いていた。タカナシはバケツにタオルを何本か入れて持っている。


「かわいいですね」


「えっ」


「ケントくんとトビトくん、何にでも興味を持っていて、かわいいですね」


「あ、ええ、そんな」


--アタシかと思った。焦ったわー


「そ、そういえば星空の観察に来たって……タカナシさんとモガワさんは学生さんだよね?二人ともそういう学科なの?」


「まあ近いですね、宇宙工学なので。でも天体観測は趣味ですよ。ここは地上からの光がほとんど無いのでよく見えるんです」


「望遠鏡とか持ってくればよかったわー」


「今夜は新月なので肉眼でもよく見えますよ。望遠鏡も持ってきてますけど。今夜、ご一緒にご覧になりますか?」


「はいっ」


川原につくと大勢の家族連れが水遊びをしていた。タカナシが折り畳み式の椅子を2脚広げてリナに片方を勧め、もう片方に座った。


--え? なに? マサトなら絶対アタシに運ばせるのに、わざわざ言われなくても持ってきてくれたの?


「お子さんの近くに行きますか?」


「あ、いえ、座ります」


ケントとトビトも最初は川原で遊んでいたが、徐々に川の中へ入って行ってはモガワに連れ戻されている。

数時間でケントとトビトはずぶ濡れになるほど遊び、タカナシの持ってきたタオルで拭かれ、帰り道はモガワとタカナシに抱きかかえられて寝息を立てていた。


「すみません、すっかりお世話になっちゃって」


「いいんですよ、僕らも楽しいし」


「すっかり寝ちゃいましたね。夜ご飯には起きてくれるといいんですけど」


「あ、ご飯になると起きる子たちなンで大丈夫です」


「よかった」




リナがカレーを作ってマサトを起こし、ケントとトビトも起こして夕食を済ませる。

昼寝をしたのでケントとトビトは元気に走り回っていた。

キャンプファイヤーを見ながらマサトはビール缶を握っている。先ほどまでは時折缶に口を付けていたがしばらくは動いていない。


「マサト、もう中で寝なよ」


「おー……」


這うようにしてマサトがテントへ入っていく。珍しくずいぶん飲んだようだ。

リナは星の降る夜というのはこういう星空のことを言うのだろうか、と黒々とした木々の上に広がる星空を見上げて感動していた。

山の中に来ていると実感できる。ケントとトビトも目を一杯に見開いてリナの隣で上空を見上げている。そんな息子二人を見てリナは嬉しくなった。


--マサトと喧嘩もしちゃったけど、来てよかった。


リナはスマホを取り出すと満天の星空を何枚か写真に撮った。なかなか目で見ているようには映らない。星空の撮り方を検索しようとしてキャンプ場ここがサービス圏外であることを思い出す。


--もう、せっかくの映える写真のチャンスなのに。


リナはふと身震いした。星を見上げるほんの少しの間だけ、と思って外に立っていたが、標高が少しあるせいか夜間は夏だというのに冷え込む。キャンプファイヤーの残り火はあまり熱を放っていないようだ。


「リナさん、ケントくん、トビトくん」


見るとタカナシとモガワが近づいてきていた。


「こんばんは、天体観測ですか?」


夜間なので配慮しているらしく抑えた声でモガワが尋ねた。


「ええ、この子たちにも星に興味を持ってもらえたらなー、なんて」


「それならランタンを消したほうがもっと見やすいですよ、それと、これは……」


タカナシが残り火を見る。


「一応、消しておいた方がいいですよ。万が一、風で山火事にでもなると大変ですから」


「僕が消しておくよ」


モガワが積極的に動いて手早く残り火を消火した。言われてみればここは山間のキャンプ場だ。こういうアウトドアでの常識などは父親であるマサトが率先して息子たちに教えてほしいのに、とリナはマサトがいるテントの方を睨んだ。どうせ既に酔っぱらって寝ているのだろう。今晩はもう起きないかもしれない。


「すみません、慣れてなくて……」


「大丈夫ですよ、ちゃんと消しましたから」


モガワは星明りでもわかる美しい微笑みを見せてそう言うと、背負った荷物を軽く持ち直した。


「モガワ、それなあに?」


トビトが興味を示す。


「トビトッ『モガワお兄さん』でしょ」


「いいんですよ、みんなモガワって呼んでますから。あだ名みたいなモンです」


モガワが屈んでトビトと目線を合わせる。


「これはね、天体望遠鏡だよ。お星さまをよく見る道具。トビトくんも見てみる?」


「見るー」


「あっズリィ、トビト。俺も見るー」


「いいよ、じゃあ組み立てるからちょっと待ってね」


「モガワ、ここだとさそり座がよく見えない。もう少し開けたところに移動した方がいいんじゃないかな」


タカナシの落ち着いた声がリナの耳に心地よい。


「アンタレスだね、でも、トビトくんとケントくんのテントから離れちゃうし……リナさん、サンダル以外の靴ってあります?」


「えっ? ア、アタシ? あ、サンダルしか持ってきてないけど、なにか……?」


「南側が開けたところがこの先にあるんですけど、足元が藪みたいになってる道を行くので、サンダルだとちょっと、虫とか……」


「保護者から離れるってのもダメだよな。仕方ない、アンタレスは諦めるか」


「えーヤダー! 見るー!」


ケントとトビトが「諦める」という単語に反応したのかグズり始めた。


--このままテントに戻ったら、ううん、戻らなくてもこんなに近くで泣きだしたらメチャ機嫌の悪いマサトが起きてきて怒鳴るかも。


「アタシなら大丈夫、さ、行きましょう」


歩き出そうとするリナをタカナシが止めた。


「少し登ることになりますから、リナさんは上着か毛布を持って行った方がいいですよ。ケントくんとトビトくんはモガワと一緒に先に向かっていてもらって」


タカナシに言われてリナは肌寒くなってきていることを思い出した。


「じゃあ先に行ってるね。もしかしたら先に見始めてるかもね?」


いたずらっぽくモガワが言って懐中電灯を点けると林の中へ歩き出す。すぐにケントとタビトもモガワの後をついていく。

リナは急いでテントの中へ戻った。

奥からマサトのいびきが聞こえる。ケントとタビトの上着は持ってきていない。仕方ないので丸められた寝袋シュラフの紐を2つ分つかみ、後退するようにして外へ出た。目の前にタカナシの手が差し出されたので礼を言って掴んで立ち上がる。


「急がなくちゃ。見失っちゃうし」


「大丈夫ですよ、ちょっと行ったところですから。僕も場所は知ってますし」


「あ、そうね」


「シュラフ、僕が持ちましょうか? 歩きにくくありませんか?」


「ありがとう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る