第一章 世界樹の写し木 第8話

 カチカチと顎を鳴らしながら顔をだすハングリーアントと見つめあうこと数秒。次々と他のハングリーアントが雪崩れ込んでくるかと身構えていたが、後続の出現はなく、顔を出している1体もそこから先へ踏み込んで来ようとする様子はない。

 なんの変化も起きない状況に違和感を感じ警戒するも、数分ほどでしびれを切らしたソラの方からハングリーアントの方へと近づいていく。


「……新聞なら結構です。」


「なわけあるかいっ!」


「あまりに反応がないから悪名高い魔道新聞社かと思って。」


「ふざけるのもほどほどにしとけよ。でもこいつ以外が出てこないってことは、はぐれの個体なんだろうけど、どうにも大人しすぎないか?」


 通常社会性のある生物ならば、群れと共に行動する傾向がある。けれども一定の割合ではぐれと呼ばれる集団に馴染めない存在がいる。人間でいうところのボッチである。

 そして人間のボッチと同様に、はぐれもその種族内では変わった性格であることが多いが、消極的な性格の個体は生存競争に生き残れず淘汰される場合の方が多い。


「多分ここはダンジョン内だから大人しい性格でも生き残れたんだろうな。とりあえず大人しいなら物は試しだ。」


ハングリーアントに近づいていき目線を合わせて術式を発動する。


「権能移譲。バルバトスの言霊。」


 するとソラの右手の紋章が輝きに共鳴するかのように、舌の表面と耳たぶに光輝く紋章が刻まれた。


「これでこっちの言葉はわかるか?」


 ソラがハングリーアントに語り掛けると、ハングリーアントは驚いたかのようにその身を一度だけ震わせ、声に応えた。


「聞こえる。」


「このダンジョンのことについて教えてもらいたいんだけどいいか? ついでに道案内もしてくれたら嬉しい。」


「その、右手、かじらせて、くれるなら」


「さすが大人しくても魔物。返答が怖すぎる。」


「まあまあ相棒。ここは腕の一本くらいくれてやろうぜ。」


「絶対嫌だわ! ……他の食べ物用意するからそれで勘弁してくれない? もし好き嫌いなければこの本も食べていいよ。」


右手から魔導書を出現させて会話を続ける。


「俺を食わせようとするなっ!」


「その、汚い、本は、いらない。肉が、いい。」


「そうかそうか。たしかにこんな薄汚い本なんて食べたくないよな。ちょっと別の物用意するから待っててくれ。」


「お前ら消し飛ばすぞ。」


 右手から響く物騒な言葉を無視し、荷物からいくつか食料を見繕い黒い顔の前に差し出す。するとさっきまでと打って変わり勢いよく食料に食らいついた。顔だけしか出ていない状態なので食べにくそうだが、数分で器用に完食した。

 どこか満足そうにしている姿を見て、ソラが声をかける。


「よし、食べたからにはその分働いてもらうぞ。早速の質問だけど、安全に嬢王蟻まで行く方法か、安全にこのダンジョンから脱出する方法知らないか?」


「嬢王様の場所に向かうのも出口に向かうにも同一の方法が1つあるな。簡潔に言うと私に食料として扱われて進むことだ。」


「えっ、なんかこの子急に流暢に話し始めて、ついてけないんだけど。」

 

ソラとゴエティアから困惑の声が上がる。


「食事を頂いたからな。」


「餓死寸前だったってことね。それにしてもだけど。」


「まあまあ。話が進まないから今は聞こうぜ。」


 ソラが会話の続きを促す。


「うむ。先ほどの内容をもう少し詳しく説明すると、我々は嬢王様に食料を収める義務があり、我々眷属が食料を口にすることができるのは、嬢王様が召し上がられ、お許しがでたときのみとなる。」


「つまり残飯処理か。」


「その通りだ。だから私がお主らを食料として乗せて進んでいけば、他の眷属による妨害はなく、先に進むことも出口に戻ることもできる。」


「なるほどね。でもいいのか? それって嬢王に対する裏切りだろ?」


「裏切り、か。たしかにそうかもしれない。しかし実のところ、私たちは眷属と言えば聞こえが良いが、結局のところ嬢王様の奴隷だ。女王様にひたすら食料を運び、食欲が満たされなければ我が身を差し出し、食料不足から同胞同士で共食いを繰り返す。そんな日々を過ごすために私は生まれてきたのではない! ……とは言え同胞には、そんな感情も思考もないようだがな。」


 感情が高ぶったのがハングリーアントは身体を大きく震わせた。その衝撃でログハウスの正面口が崩れて全身が露わになる。並大抵のことでは傷つかぬその甲殻には、大小様々な切り傷や噛み傷がついており、本来外的が存在しないこのダンジョン内での日々が想像できる。


「これはアント種の群れでは生まれない完璧なはぐれ思考だな。というか思考能力が高すぎて自己を確立させたんだな。」


 感心したようなゴエティアの後に、目を閉じ頭を頷かせながら話を聞いていたソラが声をかける。


「じゃあさ、お前俺と一緒に来いよ。外の世界はいいぞ。一緒に上手い飯をたらふく食って、この美しい世界を探求しようじゃないか。」


 予想外の誘いにハングリーアントは目を瞬かせたが、少し考えた後、消沈したように頭を下げて告げる。


「それは……とても嬉しいお誘いだ。だが如何に思考が噛み合わなくても、私は嬢王様の眷属であり、このダンジョンに縛られる存在だ。ここから出ることはできない。」


「そこは安心してくれ。腐っても俺は魔道司書。そして腐敗しても、この魔導書は最上位の召喚の魔導書だ。」


「意味は一緒なのに俺の方が酷い扱いを受けてる気がするのはなんでだろうな。」


「細かいことは気にするな。つまるところ、俺たちの間に召喚の契約を結ぶ。その後ダンジョンから出て外部で召喚する。以上2ステップだけでお前は自由の身だ。ただそのためには今の嬢王をぶっ飛ばして眷属契約を解消する必要があるがな。」


「そんな方法が存在するとは……願ってもないが、いいのか? 嬢王様は強いぞ?」


「もちろんだ。その代わり道案内はよろしくな?」


 茶目っ気を見せながらソラが告げる。するとハングリーアントの目に力強い意志が宿り、先ほどとは違う意味で頭を下げ、告げる。


「承知した。ここから解放されるのならば、この身が朽ち果てるまでお主に従おう。」


「そんな堅苦しい態度はよしてくれよ。俺はソラ。こいつはゴエティア、長いから呼ぶときはティアでいい。お前名前は?」


「我々に個体を識別する名称はない。すきに呼んでくれ。」


 ソラは少し考える素振りを見せた後、右手を差し出して伝えた。


「そうか。なら今日からお前の名はスカーにしよう。その身体に刻まれた傷後はお前がこれまで一人で戦い抜いてきた勲章だからな。」


この1人と1冊の旅路に1体の仲間が加わった。





 







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