第25話 美味

「……柔らかい」


「……………………」


 えっ、えっ!?

 こういうとき……どう反応すればいいのっ!?

 「ありがとうございます」って言うのも、違う気がするし……。

 抵抗する?

 このまま?

 ああっ……男の人と肌触れ合わせたことないから、身の振りかたがわからないっ!

 あの元婚約者だって、手を握ってきたことないのにっ!

 …………って。

 いま思えばあの人もわたしと同じで、家の都合に流されて、婚約を交わしていたんだわ……。

 それなのにわたしだけ悲劇のヒロインぶって、自害しようだなんて。

 いま思えば本当に、本当に本当に浅はかだったわ……。


「なぜ人間は、自ら死ぬのだろうな?」


「え……?」


「実を言うと、俺の枝葉で首を吊ろうとした人間は、おまえが初めてじゃない。長い歴史の中で、何度も現れた。その都度、枝葉ではたいて追い返したがな」


「そう……だったんですか」


「植物は、まれようが、踏みつけられようが、日照りが延々続こうが……それでも葉を広げ、花を咲かせようとする。動物もそうだ。翼が傷つき、地を這う鳥。牙がもげた肉食獣。カマキリに捕らえられたセミ……。いずれも最期のときまで足掻く。自ら命を断とうとする生き物は、俺の知る限り人間だけだ」


「……………………」


「その疑問を抱いたとき、次に自殺をしにきた人間と、対話をしようと思った。それがおまえ、リーデルだった」


「そうでしたか……」


「警察……というのか? 邪魔が入って、聞きそびれたがな。この疑問に、いま答えてもらっても、いいか?」


「……………………」


 なぜ死のうとしたか──。

 その説明はできる。

 婚約者を寝取られたから……というか、婚約者には本当の想い人がいたから。

 直接の理由は、「寝取られ令嬢」と世間から愚弄されたから。

 その世間へ、自殺という形で復讐したかったから。

 そしてそれは……一時的な負の感情の昂ぶりだった──。

 人間には、衝動的に、突発的に、死を望む気持ちの揺らぎがあって、その揺らぎを世間が大きくしてきたり、自分の中で反復……増幅させたりもするんだと思う。

 エクイテスさんが理解できるか否かに関わらず、そう答えることはできる。

 けれどそれは「説明」であって、「答」ではないような気がする。

 上手くは言えないけれど────。


「……エクイテスさん」


 頬に添えられた手から逃れるように、左手へと立って席を離れる。

 一度エクイテスさんと顔を合わせてから、わたしの街を見下ろす。

 夕暮れの、少し前。

 うっすらと橙色を帯びた街並みを、ゆっくりと右から左へ、左から右へと眺める。


「その疑問への答、しばらくお時間いただきます。構いませんか?」


「急いてるわけではないから、構わんが」


「ありがとうございます。ただ、わたしはもう、死にたいとは微塵も思っていません。エクイテスさんが、死ぬことよりも優先すべきことに、あらためて気づかせてくれました」


「そうか。そう言ってもらえると、俺も


「……くすっ」


「なにがおかしい?」


「代わりに一つお教えします。食事以外のことで、美味しいと感じたとき。その際に使う言葉は、『うれしい』です」


「うれしい……」


「うれしいが得られなくなってくると、人間は苦しみます。植物で言えば、日照り続き……あるいは長雨でしょうか。そして人間は、人間同士、あるいは自分自身で、その状況を作れてしまいます。これがいま、わたしに言えるせいいっぱいの答……ですね」


「……ふむ。人間は、自分たちで日照りや長雨を作る……。それを防ぐには、『美味しい』や『うれしい』が欠かせない、か。覚えておこう」


 エクイテスさんが顎に手を当て、頷く。

 今朝までは、ああいう人間臭いしぐさは見られなかった。

 きっと学校で、生徒たちを観察していたんだわ。

 エクイテスさんが、人間味を帯びていく……。

 そしてエクイテスさんが、恋心を覚えたとき──。

 この世界樹が花咲き、そしてわたしたちの街は……滅びる────。

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