第16話 エクイテスさんの授業参観
「……リーデルか」
「エクイテスさんっ!」
幹の中から、スッ……と現れてくるエクイテスさん。
やっぱりこの樹、世界樹の分身……新芽だったんだわ。
エクイテスさんはいままで会ったときと同じ、上下白いスーツ。
新しく生えた世界樹だけれど、エクイテスさんは本人で間違いなさ──。
──きゃああぁああっ!
……わっ!?
背後から一斉に大声の波──。
それも、女子の甲高い声多め……。
樹の中から人が現れたことへの驚きに、エクイテスさんの美男子ぶりへの歓声が加わっている感じ……かしら。
世界樹警邏隊の人たちが「押すな押すな」って口々に。
取り囲んでいる人垣の輪が、小さくなろうとしているんだわ。
早くこの場を収めないと、大変なことになりそう。
「え、ええと……。丘の上のエクイテスさん……で、いいんですよね?」
「……そうだが? ああ、別の樹かと疑っているのか」
「はい……。仰るとおりです」
「この樹は、俺の根から新たに生やした株。いわゆる株分けだ。俺との繋がり……根を断てば、すぐにも枯れる」
根から新たに……。
株分け……。
ユンユの推理どおり、丘の上の世界樹からここまで、根が伸びているんだわ。
ということは、世界樹をぐるっと囲んでいる正円状のこの都市全域へ、株分けができるってことに──。
問題は、その株分けをなぜ行ったか……よね。
「あの……エクイテスさん? どうしてわたしたちの学校の校庭へ、株分けをなさったんですか?」
「ふむ……。美味しい……と、一緒だ」
「えっ?」
「俺はリーデル、おまえが知識を得ているという学校というものを、見てみたくなった。だからここへ株分けした。魚を食べたときの感覚は『美味しい』だったが。株分けしたいという感覚を、人間はなんと呼ぶのだ?」
「さ、さあ……。人間は株分けできませんから、難しい問題ですね……。アハッ……アハハハッ!」
出し抜けに、株分けしたい気持ち……と聞かれても。
この場合だと、エクイテスさんに「学校へ行きたい」という気持ちがあるってこと……よね?
それを言葉にするとなると……うーん……。
学習意欲、勤勉性、知的好奇心……この辺り?
これを「美味しい」っぽく言うならば──。
「……学びたい、でしょうか?」
「学びたい……」
「はいっ! 妹から教えてもらったのですが、魚類は植物の肥料にもなるそうです。だからエクイテスさんは、マグロの頬肉ステーキを美味しいと感じたのだと思います。そしてエクイテスさんは、まだほかにも美味しいものがある、自分が知らないことがある……と、思ったのではないでしょうか?」
「……ふむ」
「知識、見分を広げる施設と言えば、やはり学校! エクイテスさんの内に、学びたいという感覚が生じて、ついついふらっと……人間の学校へ来た。そうだと思いますっ!」
「学びたい……か。ああ、それかもしれぬ。確かに俺は、あの海の魚を口にしてから、変だった。長い時を重ね、いつしか世界樹と呼ばれ、崇められてはきたものの……。魚の味一つ知らなかった。学びたい、知りたい。その感覚が、幹や枝葉、そして根に行き渡り、気がつけばここに株分けをしていた──」
「でしたらきょうは、授業参観をしていってはどうでしょう? あっ、授業参観というのは、わたしたちの学びの現場を見学することなのですが……」
「リーデルが学ぶ姿を見学……か。うむ。俺のいまの感覚は、それのような気がする」
「でしたらそうしましょう! で、満足いきましたら、こちらの樹は枯らしていただく……ということで。アハハハ……」
「わかった、そうしよう。俺はしばし樹の中から、学校というものを見物する。市民を騒がせてしまって悪かったな。リーデルから謝っておいてくれ」
「えっ? わたしが……ですか?」
「おまえは俺の使用人。ゆえに当然だろう。では──」
──スッ……。
ああ、エクイテスさんが幹の中へ……。
まさか、ここに集まっている人たち全員へ、わたしが頭下げて回るんですかぁ?
「……おい、リーデル」
「あっ、クラッラお姉様。謝って回るの、手伝ってもらえます?」
「それは勘弁。っていうかアンタ、たぶん勘違いしてる」
「えっ……?」
「世界樹の野郎は、リーデルの説明に納得して消えたけれどさ。たぶんあの野郎、学校に興味があるんじゃなくって、学校に通ってるアンタに興味があるのよ」
「へえぇ……学校ではなくて、わたしに……って! ええええーっ!? そっ……それはないですよぉ!」
「……やれやれ。こんなお子様に婚約者を当てがうなんて、わがスティングレー家始まって以来の失態だったようね。でもその婚約解消からこの事態。たっぷり楽しめそうね……うふふっ♪」
「クラッラお姉様……。この状況、楽しんでません?」
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