第6話 変わらぬ日常その2
なぜ彼女が出支度をしているのかというと、それは今日が月に一度の買い出しの日だからだ。これは娘の定期検査が開始された二年前から変わっていない。そもそもこういう日を決めた理由も寂しさを紛らわすためだったりする。リアムが人形のように何をしても反応がなかった頃でも、触れたり話しかけたりと、一方的だったかもしれないにせよ、スキンシップをとることはできていた。ただその分、休眠状態に入ってしまうと自分だけがこの世界に取り残されたかのような喪失感に襲われた。その反動もあってか、買い出しに行くと毎回リアムの衣料品を爆買いしてしまう。
またこうやって予め決めていないと彼女の性格上、外出すらしなくなる可能性が非常に高い。実際にリアムが誕生するまでの数年間で、彼女が外出したのは片手で数えるほどしかない。それも実験用の器材が不足したことによって、やむを得ず、渋々、仕方なく外出していただけなのである。
彼女は鉱石で重たくなったビニール袋を片手に、まだハムスターを見下ろしている娘に声をかけた。
「リアム、お母さんは買い物に行ってくるから、ちゃんと留守番しとくんよ。誰が来ても絶対にドアを開けちゃダメやからね。まあ我が家に来客なんてないんやけど、万が一があるから。って、リアム聞いてる?」
声掛けされたリアムはゆっくりと顔を上げ「――何?」と問いかけた。その気の抜けた返答と呆けた顔を見た彼女は微笑し言い直す。
「って、やっぱ聞いてなかったか。めっちゃ考えごとしてるって顔してたもんね。えとな、お母さん今から買い物行ってくるから、留守番と誰が来ても絶対にドア開けたらダメっていう話をしてた」
「――了解した」
「あ~うん。それじゃ行ってくるわね。おもち、リアムのこと頼んだよ」
創造主から名を呼ばれたハムスターはすぐさま目を開き、尻尾を使って器用に二足で立ち上がった。その動作はついさっきまで寝ていたとは思えないほど素早いものだった。それから彼女に向かって短い前足を用いて敬礼したのち「チュウ!」と承諾の意を示すかのようにひと鳴きした。
リアムは首を傾げ「――おもち?」と背を向けるハムスターに声をかける。白毛で常に丸まって寝ているからという理由で『おもち』と名付けられたハムスター。おもちがここで暮らすようになってから一度も、創造主が外出する時に見送るどころか一瞥すらしたことがない。そのおもちが今回に限って、そんな行動をとったことに驚き、つい反射的に声が出てしまったのかもしれない。それと同時に不安な気持ちが広がる。前述の本を取りに行けなかった時の感情同様、この感情についても少女は理解できず困惑していた。ドアノブに手をかけ今にも外に出ようとする創造主にある言葉を口にした。それは少女が一度も発したことがない言葉だった。
「――お母さん、行ってらっしゃい」
「えっ……行ってきます? ていうか、いまリアムうちのことお母さんって呼んだ?」
「――否定、創造主と発言」
「い~や言いました、さっきお母さんってリアムは言ってました!」
「――否定、リアムは創造主と発言した」
「いやいやいやいや、うちが娘の言ったことを聞き間違えるわけないやん!」
「否定、否定、否定」
親子による不毛な言い争いが延々と続くなか、少女の太ももの上では律儀に敬礼し続けるハムスターの姿があった。
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