2国:第5話 ワー・キャットとの遭遇

 路地裏の先にあった居住区から少し離れ、人気も猫の気配も無い道に差し掛かった頃。

 引き続き団子を頬張っていたアインが、不意に周囲へ視線を動かす。


「? ……誰かに見られている? 何だ――ッ!?」


「? どうしたのよアイン、急に……きゃっ!?」


 刹那、風が吹き抜け、トゥーナがスカートを片手で押さえた――と同時に、巨大な棺桶を担いだまま、アインが駆け出す。


「大変だッ――盗まれた! 向こうだ、追うぞ!」


「へ? 盗まれたって、何を、いつ? 気のせいじゃない? 向こうって……ん?」


 アインが駆け出した方角、その先には確かに、人影が。一見すると、軽装の女性――遠目から確認できるのはそれくらいで、確実に分かることは一つだけ。


 速い――明らかに人間の脚力ではない、モンスターのスピードだ。

 正体不明のモンスターに〝何か〟を盗まれ、血相を変えるアインに、慌てて箒に跨り飛翔するトゥーナが最悪の心当たりを口にする。


「まさか、盗まれたって……アンタが旅しながら集めてる〝賢者の叡智〟!? ッ、何してんのよ! 小鬼さえバケモノに変えちゃう危険物、奪われちゃったらどんな風に悪用されるかっ……!」


「いや、違う――団子だ! さっき看板猫娘にもらった、あのっ……くそっ、まさか奪われてしまうなんて……取り返さなくては!」


「いや、お団子かーい! もおっ、ビックリさせんじゃないわよ!? ていうかそんなにお腹減ってたんなら、言ってくれればカボチャでお団子でも――」


「あっいえそのっ、お気持ちは大変ありがたいのですが……そう、その、せっかく厚意で頂いたものを盗まれては申し訳ないというか、ちゃんと頂いた俺たちで平らげないと失礼というか……な?」


「あら、意外と律儀ねー。そういえばリリィのコトも、そんな感じで助けてたのかしら……まあそういうコトなら仕方ないわ、アタシも追っかけてあげる!」


 何とか事なき……いや、誤魔化し……いや、とにかくトゥーナも承諾する。とはいえ、巨大な棺桶を背負って走るアインと、箒に跨って飛ぶトゥーナだが、速度は同等程度。


 そのためアインは上を向き、この状況でさえマイペースに棺桶の上に乗り続けるロゼへと、指令を出した。


「ロゼ、頼む! 先に追って、捕まえてくれ!」


「イエス、マスター・アイン。全速で追跡、確保します――」


 聞くが早いか、ガクンガクンと揺さぶられる棺桶の頂点から、ロゼは軽やかに飛び降り――着地した瞬間、ロケットが発射するかの如くスタートした。


 飛翔する箒に横乗りしていたトゥーナが、ロゼの尋常でない速度に舌を巻く。


「うっ、わぁっ……とんでもない速さね、ロゼ……アインが創造したフランケン・モンスターっていうけど、人間の出せるスピードじゃないわよ?」


「ああ。ロゼは簡単に言えば、人間が本来持っている限界ブレーキを取り払っているようなものだ……だから人間の身体能力の限界値を引き出せる。もちろん、それに耐えうるだけの肉体強度も、付与させてもらっているが」


「な、なるほど……じゃあ泥棒くらい、あっという間に捕まえちゃうわね――」


「いや。……それは、どうだろう」


「へ? ……あ、あれ? お団子泥棒との距離が……縮まらない?」


 トゥーナの言葉通り、アインたちを置き去りにして駆けるロゼだが、それでもターゲットとの距離が縮まらない。

 どころか、徐々に引き離されている――恐るべきモンスターとも堂々と大立ち回りを繰り広げる、そんなロゼでさえ太刀打ちできない速力。


「……一体、何者だ……?」


 思わずアインが呟くと、直後、城壁の如く高い壁に突き当たる。

 背を向ける盗人に、まずはロゼが追いつくと、アインとトゥーナも少し遅れて辿り着いた。


 これで、決着――そう思われた、がしかし。


『フッ―――ニャッ』


「え。……う、ウソ、飛んだ……いえ、跳んだ……の?」


 トゥーナが絶句するほど、飛翔と見紛うような跳躍を経て――いとも容易く盗人は、壁の頂上に、音も立てず着地する。

 瞬間、暗がりで不鮮明だったその姿が、鮮烈なまでの月光に照らされ露になった。


 すらりと伸びた四肢、スマートな体つき、和風の国とは不釣り合いな洋風の軽装。

 けれど猫又国には相応しいだろうか、その頭頂に生えるは――猫の耳!


 手入れ不十分なオレンジの長い髪に、黒髪がメッシュのように伸びており、その様相はまるでの如し。


 猫又とは違う、そもそも獣人の少女の正体は、博識なアインが語った。


「あれは、猫又ではない――獣人型のモンスター、恐らく猫の……ワー・キャットだ」


「ワー・キャット? って……猫又とは違うの? 見た目が人間ぽいから?」


「まあ見た目もだが、最大の違いは、猫又は妖術という魔法のような能力を使うが……ワー・キャットは身体能力、取り分け瞬発力が優れている。とはいえロゼでも追いつけないほどとなると、相当の力を持つモンスターだな……興味深い。うーむ、猫又国だから猫系のモンスターは受け入れられるのだろうか?」


 団子を盗まれたのも忘れているのか、うんうん、とアインが頷き、トゥーナは呆れ顔を見せる。


 一方、問題のワー・キャットはといえば――猫が座るように屈み込んで、丸めた手をぺろりと余裕で舐め、てしてしと手櫛で髪を整えつつ、傍若無人に声を放つ。



「このお団子は、もうミーニャのもの――盗まれたほうが間抜け、潔く諦めろ、ニャ」



 悪びれぬ猫の少女――ミーニャに、トゥーナが顔を真っ赤にして食って掛かる。


「! な、なっ……なぁんですってぇ~っ!? いくら猫又の国だからって、そんな理屈、通るもんですかっ! 下りてきなさぁ~~~いっ!」


「フンッ、猫又国とか関係ないニャ。ミーニャはミーニャのルールで生きてるンだ。……じゃーニャ、おまえら、うっとーしいから追ってくんニャよ」


「あっちょっ、待っ……待ちなさい! ああもう、アイン! アタシが飛んで追っかけるから、アンタはどうにか回り込んで――んっ?」


『――待て待てぇ~い! ニャー!』『ニャーニャー!』『ニャーン!』


 言いながら高度を上げようとしたトゥーナだが、後からやって来た猫又達を見て中空で制止する。

 入国時同様、恐らく警邏隊だろう、トゥーナが箒の上から声をかけた。


「あら、泥棒を追いかけてきてくれたのかしら……でも心配ご無用よ、アタシ達がしっかり捕まえてあげるから――」


『怪しい旅人ども――きさまらを、拘束する! ニャー!』


「へ? ……はああーーーっ!? アタシたちのどこが怪しいってのよ――」


『巨大な棺桶を振り乱しつつ疾走し、国の空を縦横無尽に飛び回る、ニャんだかはた迷惑な連中がいるニャア……と通報があったニャ!』


「すいませんアタシ達のコトかもしんない!」


『あまつさえ、われらが女王さまのお城の城壁を飛び越えようとは……一体何のつもりだっ、ニャーン!』


「え、城壁? ……あ、ここ? あ、そう、そうなの……なるほど~……」


 城壁の如く、ではなく、まさに城壁だったらしく。

 絶賛〝怪しい旅人ども〟〝はた迷惑な連中〟の嫌疑を賭けられている、アイン達は。


『ひっ捕らえ~~~い! ニャアアアアン!』

『ニャーン!』『ニャニャニャー!』『うなんなー!』


「あ、ああーっアイン、ロゼ~!? ていうかアンタたちなら、それくらい簡単に振りほどけるでしょ!?」


「うーん、事を荒立てるのもな……ここは大人しく、お縄につこう」

「申し訳ございません。モフモフを堪能しているため、振りほどけません。モフモフ」


「じゃあダメか……ああもーっ、何でこうなっちゃったのよ~!?」


 結果、入国早々、アイン達一行は捕まってしまい――


 謎のワー・キャットの少女、ミーニャのことは、完全に取り逃がしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る