第8話

 僕は、部屋からダイニングへ。姉さんは、ちゃんと食べたみたいだ。料理一式も全て片付いている。流しでスポンジを泡立て、皿の汚れを落としていく。

「ストイックだからなぁ…」

 姉のあさひ、いやSuiraと呼ぶべきか?本人は気付いちゃいないが、彼女は猪だ。放っておくと、食事すら抜いて、ひたすら研究、研究、鍛錬。途端に餓死しそうだ。僕がいるから絶対にそれはないが。

「よし」

 考え事の傍ら、皿洗いを終わらせた。次は、風呂だな。のろのろと洗面台のそばへ歩いていく。

 服を脱ぎ、日頃の感覚で戸を開けて、身をするりと滑り込ませ、勢いのままドアを閉めた。湯気立ちのぼる中、低い椅子に腰掛ける。体をひと通り綺麗にして、いざ湯船へ。

 何だかんだで、風呂は恐ろしい。隠していた感情が、現実諸共見る間に溢れてしまう。足元に目をやると、自然と、露わとなった若干の胸の膨らみがちらついてしまう。パンだという事実と共に。

 でも、僕は弟で。

 だからって訳でもないけど。

 無理矢理振り払おうと、顔を上げる。自然と左目の泣きボクロが目につく。これ以上は本当に考えないほうが良い。いつもの思考をまた飽きもせず繰り返すだけだ。

 実際、姉さんは何も気にしていない。僕が伝えたときも、ふうん、としか返信しない位だ。拍子抜け、ではあった。でも、

『大変だったでしょう』

 とかじゃなくて安心した。哀れみのまなざし、分かりもしないのに同情。

 そういうのは、噴飯ものだ。というか、生理的に無理。

 ただ、

『手術は?』

 とは、唯一尋ねられた。何故かトーク画面まで鮮明に覚えている。

『しないよ』

 ひとこと、そう答えた。性転換は、出来ない。

 ひどく簡素な会話だ。

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