嫉妬とデカダンス

いずの

第1話

『サトッセン国際大会 日本予選』

 この文字を見て、少し安心した。やはり、ここで間違いないようだ。

 会場として使われる場としては、妥当に感じる。周囲を見回しつつ、自動ドアを通った。受付を済ませたところで、取り敢えず近くの椅子に腰掛ける。リュックを隣の席に置き、その中からペットボトルを取り出す。お茶を飲みつつ脳内で軽くシュミレーションを実施。ちょうど終わった頃、一人の子供に好奇の目を向けられていることに気付いた。

「ママー、あの人さ」

「いいから、こっち来なさい」

 遠ざかっていく親子を見る。完全なる不審者扱いだわ、コレ。

 当たり前の話である。母親の方の判断は、恐らくとても賢明だ。

 私の出で立ちは、全身ゴスロリ、洗えるマスク(黒)を着用、でもってリュックを背負い、選手カードを首からぶら下げているという有様だ。まあ私が逆の立場なら、間違い無く距離を置く。

 とにかく、ゲームの大会というものに偏見を持たないことを祈るばかりだ。その元凶となるのは単純に辛い。

 腰を上げ、悠々と陰に潜むドアへと向かう。鈍く光るノブを回す。やけに滑らかに動いた。比較的新しい建物だからかもしれない。

 ライトグレーの直線のストロークを、目的の個室を探しつつ進む。目的の部屋は直ぐに見つかった。名前の記載された紙を横目に、やや乱暴にドアを押し開ける。入室。スマホだけ手に取り、近くのテーブルに、習慣通りの動きでリュックを半ば放るようにした。荷物の着地の音と、戸が閉まる音とが重なる。

 先程取り出したスマホの画面を指で叩く。ロック画面を右にスライド、からの内カメに変更。ビジュ大丈夫かな。ヘッドドレスも綺麗だし、メイクも問題なし。

「はい最高!」

 自分自身に声で伝える。私の聖なるルーティーン。トイレ等もひと通り済ませると、途端に暇になる、という訳でも無く。最終調整だ。どうせ集合まで嫌という程時間はある。ここで軽ーくプレイ、といってもサブ垢でCPU戦だけど。

 二戦二勝して、もういいやと感じた。これ以上はやり過ぎだ。

 その後は何をするでも無く、のほほんと英気を養っていた。体内時計で計った限りは、もうそろそろかな。その前に、リュックを開け、ペットボトルを手に取る、と同時にキャップを開けて、くいっと飲む。

 天井辺りのモニターを見た感じ、潮時っぽいので、取り敢えず舞台の方へ行ってみることにする。己の装備を確認し、ドアを開き廊下に出る。来た道とは別のルートを通って舞台袖の方に向かう。集合場所に着いた頃には、他の人はもう大体揃っているようだった。

 皆の緊張が伝わってくる。私は、自分の頭に装着したヘッドドレスのフリルの縁を指でなぞる。根拠も無く、いける、と思った。司会の二人が開始前のトークを始めた辺りで、袖へ移動する。待つ間は、控室に入る前に会った親子のこととか、アプリのアップデートのこととか、つらつらと考えていた。どうでも良すぎることばかり頭に浮かべていると、開会式が始まっていた。前口上を半分無視しつつ、出番と相手を改めて確認。向こうのプレイスタイルなど知ったことではない、という訳にもいかない。足元を掬われてしまってはお終いだからだ。今回対戦するプレイヤーなら、過去にやっているところを見たことがある。対策なら既に完成しているし、冷静に戦えば大丈夫だろう。

 ただし、それは大会に潜む魔物に好かれなければ、の話だ。戦う際に、いつも奴の存在を肝に命じている。それが出来ているから、ここまで来られた。世界大会で優勝だってした。逆を言うと、それに取り憑かれてしまえば、どんな経験値も腕も、意味をなさないのだ。

 つくづく、恐ろしいものだ。笑みを浮かべながら、私はライトに照らされたステージへと一歩踏み出した。

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