氷の女と婚約したお兄様の心の声が煩い件。

 

「お兄様にしては珍しく積極的にお会いするのね」

「当たり前じゃないか。結婚を前提とした婚約者だからね」


 一ヶ月前、あのお兄様が婚約をした。

 モテるくせにたった一人を決めないから、学園の一部の女子生徒から“きっと殿方が好きなのよ”と要らぬ妄想を抱かせていたあの・・お兄様が。


 お相手は社交界で有名な氷の女。

 凛とした佇まいは素敵だけど、表情が無いから怖いのよね。

 って思ってたけどどうも違うみたい。


 やだ、まずは自己紹介よね。

 ルーシー·マクラーレン、生まれも育ちも公爵家。生粋の貴族よ。

 上には兄がひとり居るけど説明は省かせてもらうわ。

 容姿はお兄様と同じく整ってる方よ。

 髪の色はお父様に似て明るい金だけど、わたくしはお母様譲りの落ち着いた金髪が羨ましいの。だって、大人っぽいじゃない?


 で、本題。わたくしには誰にも言っていない秘密がある。

 それは家族の心の声が聴こえること。


 意味はもう分かるわよね?

 お兄様は他人の心の声が見えるけど、わたくしは家族だけ。ただし半径1m以内に居ないと聴こえないの。

 家族含め、本当に誰にも言っていないわ。だって抱きしめてもらえなくなったらイヤだし、頭空っぽにされても困る。


 困るといえばディナーのときなんかはもう全っ然だめ。近くに座るお兄様の声しか聴こえてこないの。

 だから両親には『ちゃんと話を聞きなさい』って怒られてたわ。腹が立つからお兄様とよく喧嘩をしたのよね。

 ま、今もだけど。


 そういえばつい最近も喧嘩したわね。

 だってお兄様の心の声が五月蝿すぎて両親の生声が届かないんですもの。

 “氷の女”と婚約してからそれはもう五月蝿いわ!


 まあ? 他人の心の声が透けて見えるお兄様がそれだけ気に入ってるのだからすっごく良い子なんでしょうけど?

 こっちが恥ずかしくなるぐらいデレデレしてるから騙されてるんじゃないかって心配になっちゃって。

 今日はわたくしもティータイムに参加することにした。

 これでも妹ですから。結婚したらお義姉さまになるわけだし。

(ふたりっきりじゃないからお兄様にはものすっごくガッカリされたけどね! 心の中で!)



「シルヴィア、今日は妹を紹介しようと思って。同席してもいいかな?」

「ええ、もちろんです」

「ルーシー此方へ」

「はいお兄様」


 兄に呼ばれ挨拶すると、噂通りの氷の女。にこりともしない。恐いとさえ思う佇まい。


(さてさて。本当にお兄様が思うような“良い子”なのかしらねーっと。どれどれ……)


 『弟は構ってくれないからルーシーと仲良くなりたいなぁだって? いい事だけどでも私より仲良くなるのは駄目だからね!?』

(ふうん。私と仲良くなりたいんだ。……というか弟が構ってくれないって普段どんな構い方してるのよ。…………てか構うの??)


 素朴な疑問が心で芽生えているのに、この婚約者達ときたら優雅にお茶をすすっている。

 お兄様はにこにことご機嫌なのに対しやはり氷の女。表情は全く動かない。


「今日もいい天気で良かったね」

「ええ本当に」


 そこで会話が途切れる。そして菓子をつまむ。

 仮にも婚約者なのだ。互いに話すことなんていっぱいあるでしょうに。

 これでうまくやってるって言うのかしら。


 『あーー……なーーんにも見えない。はは、平和だな〜〜』

(は? それって何も考えて無いってことじゃないの? 平和なの? …………は??)


 『ねー、今日も空が青いよね〜〜』

(…………どゆこと??)


「ルーシー様はお兄様と似ているけれどとてもお可愛らしいですね。まるでお人形さんみたいだわ」

「へっ!? そ、そんな、シルヴィア様のような美しい女性にお褒めいただき感激ですわ!」


 疑問でいっぱいのところに話し掛けられたから、己としたことが素頓狂に驚いてしまった。

(ま。でも、そう言って欲しんでしょ? 自分のほうが綺麗だって)


 わたくしは褒められて当然の容姿だけど、お兄様の隣にいると嫌でも聴こえてきちゃうのよね。

 自分のほうが肌が白いだの、瞳の色がどうだの、そもそもわたくしには眼中に無くて、お兄様とお近づきになる為の踏み台として見てたり。


 だから他人の心がダイレクトに見えちゃうお兄様は本当に尊敬してるのよ?

 恥ずかしいからそう思ってるのを見られなくて良かったわ。

(でも、そんなお兄様が気に入ってるんだもんなぁ……)


 染み染み思い、最高級の茶葉の香りを口に含ませればまたしてもお兄様の声が流れ込む。本当に本当に最近は五月蝿いったらありゃしない。


 『あはは、確かにうちのルーシーは可愛いけれどそんなに褒めたら本人も照れるんじゃ……いやいや、流石にこねくり回すのはちょっと……』

(…………こねくり回すって何!? てか“可愛い”って本心だったの……?)


 『え! ちょっと待って!? それはっ! そんなに! あわわわ!』

(ん゙ん゙〜〜〜っ、なんて言ってるのよお兄様ぁーーーっ!)



 もうやだ。お兄様の心の声にいちいち反応して疲れちゃうわ。

 このカップルに関わってたらわたくしの感情の起伏が壊れそうよ。


「あ……そうだアラン様」

「どうしたんだい? シルヴィア」

「たまにわんちゃんのお声が聞こえるのですが此方で飼われているのでしょうか」


(わんちゃん呼び……この佇まいで……)


「犬の声? 確かに飼ってるけど……」

「是非わんちゃんにもご挨拶したいのですが」


(“わんちゃんにもご挨拶”……!)


「良いけどでもすごく大きいよ?」

「構いません」

「じゃあ呼んでくるから待っててね」

「はい」


 そう言って席を離れるお兄様。

(ちょっと待ってよお兄様、こんな氷の空気を漂わす方と二人っきりにしないでよ、わたくし他人の心は聴こえないんだからっ……!)


 凍てつく空気ににこりと微笑んでみるも彼女ったらぴくりとも表情を動かさない。

 恐い。ああ恐い。でもさっきのお兄様の心の声から予想すると多分なんにも考えていない。解らない。何を話せばいいのか全く解らない。


 アレヤコレヤと考えてる内にチコ・・の声が近付いて来て、もふもふの首に埋もれたリードを掴むお兄様の姿も見えた。

 ホッとしてしまうのは妹として悪いことかしら。


「! ピレニアン·マウンテン·ドッグですか?」

「シルヴィア良く知ってるね」

「ええ、まぁ」


 『あそうなんだ。いぬ好きなんだ』

(いぬ好きなんだ)


 へぇ、可愛いとこあるじゃない。

 にしても護衛犬のチコ(♂)が女性とはいえ初対面の人間に尻尾を振るなんて珍しい。シルヴィア様は相も変わらず恐い表情で“わんちゃん”に挨拶をしているっていうのに。

 動物は人間の本質を見抜いてるとかってよく聞くけど、あれって結構本当なのかもね。


 『え〜〜〜シルヴィアたん可愛いを連発し過ぎだよぉ〜〜』

(シルヴィアたん)

 『えっ、チコより一回り大きい犬を飼ってたの!?』

(チコより一回り……だと?)

 『そっか……死んじゃったのか……』

(そうなんだ……)

 『あー! ああーーっ 心の声が“可愛い”しか見えないよぉーーっ!』

(相当な犬好きね……)

 『やっ! そりゃチコはこねくり回しても喜ぶだろうけど!』

(…………)

 『やっちゃうの!? こねくり回しちゃうの!?』


 そしてわたくしは目の前で揉みくちゃのビヨンビヨンのパタンパタンのチコを見て、密かに恐怖を抱いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

氷の女と婚約したけど心の声が平和すぎた件。 ぱっつんぱつお @patsu0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ