幕間4 女戦士

「うーん……」


 目の前に鎮座する物の前で、あたしはらしくもなく腕を組んで首をひねっている。それは薄茶色をして平べったく、上下に刺々しい針のようなものが沢山並んでいる。よく見ると、上は細くて隙間が狭く、下は少し太くて隙間が広い。全体的に中央に向かって薄く膨らんでいる。あたしだって、これが髪を整えるための櫛だということは知っているし、小さいけど自分の物を持っている。

 問題はこれが師匠から貰ったものだということ。


 届けられたのは昨日。宿の女将さんからあたしに渡してくれと背の高い男の人が置いていったものらしい。女将さんはその人を見たことがなかったけれど、師匠の遣いだと言われて受け取った。綺麗な布に包まれたそれには、贈り主の名前も、受取人の名前もない。ただ、櫛が入っていただけだった。

 もう一度手に取ってみると、ひんやりしているけど金物って感じじゃない。薄茶色だからといって木でもなさそう。表裏にびっしりと細かく刻み込まれた模様が意味ありげっぽくて、ちょっと格好いい。年頃の女子としては、隅っこにサラマンダーが刻印されているのはどうかと思うけど、この町の記念品っぽくていい感じ。はっきり言ってとても気に入っている。

 問題はこれが師匠から貰ったものだということ。


 三日前に師匠達はこの町を出ていった。それは予定通りの行動らしく、引き止める人もいなかった。前日まで走り回って、挨拶したりされたりでちょっとした騒ぎになってたぐらい。


 見送りも行ったけど、さすがにね、近寄れなかったよ。あたしにもこれでもかって言うぐらい、親切を押し付けていったからね。パーティの事があったし気を使ってくれたんだろうけど、親切のおかげでこれからの生活に困ることはない。

 なのにあたしったら、泣きついて告白したり、泣いて求婚したりして、それでも全部袖にされた……なんか、あたし泣いてばっかだな。


 まぁいいや、それよりも櫛だよ、櫛。どこに行くにしても必ず持ち歩くんだよ? そりゃあ手入れができないタイミングってのはあるけど、普通は持ってる。あたしだって最初に買ったのをずっと持ってるんだよ。そんな手放さない物をどうして贈り物にするかな。この刻印されたサラマンダーだって、あの楽しかった狩りのことを思い出せって言ってるようなもんじゃん。それって、いつまでも想ってろってこと? あの師匠が?


「うーん……」

「困りますよね……」


 今日は師匠の被害者仲間であるミラネアも一緒に悩んでいる。初めて会った時、受付嬢なのに落ち込んでいるのを見て露骨だなーって思ったけど、師匠の被害者なら仕方がない。わかるよ、その気持ち。でも話しかけたら、こいつが悪いんじゃん! あたしがもうちょっと師匠と仲良くなってたら、絶対叩いてたよ! でも、それをするのはあたしじゃないし、最後まで会わなかったってことで落ち込んでるから、自業自得だと思ってた。


 なのに今日会ったらすっごい元気。話を聞いたら、すごい錬金術師を紹介してもらって、すっごく貴重なアイテムを貰って、あの氷柱まで貰ってんじゃん! もしかして正妻予定だったのこの人って思ったけど、やっぱり振られてた。それも文面で。ずっと残るって困るよね……ってことで話が弾んだんだ。


「普段は人を入れないので、お茶の用意もないんですけど……」

「あぁいいよいいよ。そんなつもりじゃないし、それでこの櫛だけど」

「……タリアさん、これ誰かに見せたりしましたか?」


 なんか凄く目つきがキツイんだけど。人から貰ったものをそんなに見せびらかせるような趣味はないよ、あたしは。


「さっき見せたのが初めて。他に見せるどころか、まだ使ってもいないよ」


 正直なところ、これがただの櫛だと思えない。あの師匠が用意したものだよ。護身用だったら怖いし。ちょうど錬金術師だって言うから見せたら、錬金部屋ってのに引きずり込まれた。


「この櫛の製作者は魔導錬金術師レスティ・ス・ス。魔道具の製作者としては恐らく随一です。魔道具屋を経営する傍ら、家妖精を使役して許可のないものを受け入れない。本人は至って温厚な方ですが、家妖精を怒らせると大変な目に遭うそうです」

「随分語るんだ。知り合い?」

「……昨日、知り合いになりました。あの人の紹介で」


 げ、ってことはめちゃくちゃ凄い人が作ったってこと!? だったらこれ、本物の魔道具ってことじゃない?


「見てください。このサラマンダーの目に赤い石が入っているのがわかりますか?」

「おぉ、ほんとだ。ちっちゃいのが入ってる。でも、二つだけ?」


 飾り付けに使うならネックレスにいっぱいついてるのとか見るけど、この石は小さいし、あんまり気にしないあたしにはぴったりかもね。ミラネアが眉間に皺を寄せてるんだけど、変なこと言った?


「これ、すごく小さいですけどタリアさん達が獲ってきた火の魔石ですよ。私の判別能力では読み解けませんが、かなり圧縮されています。それを二つも使っているので、相当な魔力が蓄えられていると思います。恐らくですけど使われるのがタリアさんなので、魔力が多くなくても使えるように工夫されているんだと思います」

「……つまり、どういうこと?」

「……試してみましょう」


 とりあえず、サラマンダーが火を吹いたりすることはなさそうだと言われて渡される。とりあえずって言われるのは怖いなぁ。気後れしても仕方がないので、首の後ろ側を少し梳いてみる……めちゃくちゃ滑らかに通る……よね? あれ? あたしの髪って硬かった気がしたんだけど、こんなに違うの? 普段使っているものに変えてみると、お、おぅ、引っかかる……


「凄いねこれ。めちゃくちゃ使いやすい」

「他に気がついたことはありませんか?」

「んーなんかサラサラになった?」

「普通に櫛を使ったのと変わりませんね」


 普通なのかなぁ。もう少し使ってみると、サラサラになって触れる髪で耳がくすぐったくなる。いいじゃないのこれ。ミラネアはまだ納得していない。凄い人に作って貰った櫛ってことでいいんじゃないの? もう一度梳いていると、そこで止めてくださいと言われる。


「櫛にある魔石に触れていませんね。魔石に触りながらに梳いてもらえますか?」

「何か違いがあるの?」

「魔力が多い人は魔石から離れていても魔道具を使うことが出来ますけど、魔力が少ない人や表に出せない人は魔石に触れておく必要があるんです。今の使い方ではただの櫛だと思います」


 なるほどねぇ。魔道具なんて魔法鞄ぐらいしか持ってなかったから、詳しい使い方なんて知らなかったよ。でも、彫刻があると掴む時に自然と避けちゃうよねぇ……


「おぉぅ!?」


 なんか温かい!? 梳いた場所がほんのり温かくなってる? なにこれ、梳けば梳くほど温かく、柔らかっ!? 滑らかになってく!?


「え……本当に? ちょっと使……っ」

「いいよー試してみて」


 師匠からの贈り物だし、貴重な魔道具だと思って遠慮したんだろうけど、あたしじゃこの櫛の良さがわからない。あ、今の温かいのは凄く良いよ。


「そんな……これは……どうして……こんなことが…………」


 ミラネアの髪って肩口で切り揃えられて可愛い感じなんだけど、片方が下から風を受けたみたいにふわりと丸まってる。もちろん部屋の中なので風なんかない。ミラネアが鏡の前でぷるぷるしてるのがちょっと可愛い。髪を梳く方向を変えて試してみると、まだ少し形は残っているけど、さっきよりも真っ直ぐになった。


「…………」

「……寝癖直すのに良さそうだね」

「…………」

「なにか言ってよ」

「すごく欲しいです、これ……」


 検証の結果、そのまま使うと高級な普通の櫛だけど、魔石に触れておくと髪に触れている部分が少し高い温度になって、癖っ毛を滑らかにできる。


「高級な普通の櫛ってなんだろうね」

「貴族の御婦人が使うものですね。滑らかになるようにオイルを馴染ませてから使うらしいです。この櫛はそれすら必要としませんが。買おうとすると金貨数枚するそうですよ」

「うへぇ、それにこの魔道具の効果が付いたら……」

「白金貨でも安いんじゃないですか?」


 金貨千枚分が安いとか言われても、困るんだけど。あたし、師匠にねだった覚えはないんだけどなぁ……でも、あれが原因だよね……泣いて寝た振りしてたら、なんか凄く優しく撫でてくれたんだ。撫でる手が止まる時があって、ゴミでもついてるのかなとちょっと恥ずかしかったけど、あれって指が引っかかったってことだよね、きっと……


「それこそ値千金って話じゃないですか。私なんて手を握るだけで終わったんですよ……」

「本当に千金だね」

「冗談で言ってるんじゃないんですよ、もう」


 どうしてだか可笑しくなって、笑い声が止まらない。ミラネアも涙を浮かべながら笑ってる。あぁ、やっぱり、もっとお礼、言いたいなぁ。よし、決めた。


「ミラネア、あたしと友だちになってよ」

「……いいんですか? 私、あの人に酷いことしたんですよ?」

「んーまぁ、師匠が辛そうにしてたのは見てたけど、あたしがどうこう言う話じゃないしね。そっちは自分でなんとかしてよ」

「……そうですね。なんとか……はい」


 まだまだ吹っ切れてなさそうな顔だけど、それはあたしも一緒。だから手を取り合って頑張ろう。


「これからどうするんですか?」

「あたしさぁ、師匠に稼いだお金で家を買うか、結婚して田舎に帰れって言われたんだよね」

「らしいといえば、あの人らしいですね。優しいけど優しくない……」

「うん。だからもっと女を磨く。この櫛だって、あたしに必要だからってくれたんだろうし、もっともっと美人になって、師匠を振ってやるんだ。あの時、抱いておけば良かったのにってね」


 だからって、冒険者を辞めるわけじゃない。貴族の御婦人は着飾るためにお金が沢山かかるって聞いてる。今のあたしがそんな真似をしようとしたら、手持ちがすぐに尽きてしまう。冒険者をしながらすごい美人になる、これがあたしの目標。


「だから、おしゃれしてるミラネアにいろいろ教えて欲しいんだ」

「えっ!? ちょっと待って下さい。私がこんな格好始めたのって、つい最近ですよ? あの人に意識してもらおうって始めたばかりで……」

「ほんとに? すごく自然だから、いつもそうだと思ってた」

「ありがとうございます。私ももっと早く頑張ろうと決めていれば……」

「変わろうって思ったきっかけって、なんだったの?」

「それはですね……」


 聞けばどんどん師匠の話が出てくる出てくる。うそ、師匠って、パーティ追放されてんじゃん。そのパーティの魔法使いがすごく髪が長くて綺麗だったって。そういやカトラちゃんも結構長いし、ロゼッタちゃんもすごく長いよね。振られたあたしらに共通してるのは髪が短い……? 師匠ってば髪の長い女の人に弱いの? あたしも伸ばすべき? そういえば、最初に気にしたのが髪だった! 銀貨五枚で紐付きにしようって、ミラネアだったのかぁ。やるじゃん。え? 私ばっかりずるいって? いいの? 聞かせちゃうよ? よっし、それじゃ、あたしの話も聞いてもらおっかな〜



————

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


 モチベーション維持のためにも、

 少しでもおもしろい、続きが気になると思っていただけたら、是非とも「フォロー」「応援」「応援コメント」「★で称える」「レビュー」など頂けますよう、お願いします。


 次は0時に更新します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る