第35話 エピローグ 後編

 マルクと少し話した後、俺は戦闘主任にタリアに護衛を付けるよう頼んだ。もし本人が拒否するなら仕方がないが、特別依頼もある。コミュニケーションを取ってくれともお願いしておいた。主任は鷹揚に頷いて「大きな子供ができたんだな」と笑ったが、子供はもう間に合っている。

 主任と話したことを伝えると、タリアは涙の跡を残したまま、少し笑顔を見せた。


「あたしもパパって呼んだほうがいーい?」

「勝手に増えるな」



 タリアを残して受付に向かったが、ミラネアは不在だった。ここまで避けられると、さすがに凹む。

 ルーシャに「また来る」と言い残してギルドを後にした。


「久しぶりだな、レスティ」

「最近はロゼッタちゃんの方が常連だな。よく来たな、リヴェル」


 前にここに来たのは二月ほど前だった気がする。ロゼッタが俺をシルキーに会わせたがらなくて、用事を奪っていくのだから仕方がない。

 コトリとカウンターに高い酒瓶を置くと、レスティは苦笑しながら頷いた。用意してもらったグラスに無造作に注ぎ、男二人で酒を酌み交わす。こっそり覗いているシルキーに酒の入ったグラスを見せると、守銭奴の家妖精は舌を出して逃げていった。


「レスティ、俺達は五日後にこの町を出る。たぶんもう戻ってこないと思う」

「貴重な客が減るのは残念だな。ロゼッタちゃんを送り届けるんだったな?」


 その予定だが、どうなるんだろうな。正直どんな選択も有り得そうで困ってる。それでもこの町に戻って来られるかはわからない。これが今生の別れになっても良いようにな。

 他愛のない話を続けているうちに、残っていたはずの時間はいつの間にか尽きていた。

 別れ際に二つの魔道具製作を依頼すると、レスティは快諾し、二日後には用意が出来ると言った。その言葉を信じ、俺にしては珍しく再来店を予約した。



 慌ただしい日々が過ぎ、あっという間に出発の日がやってきた。

 この数ヶ月で町にやってきたロゼッタ達とは違い、俺とロミナは知り合いや世話になった人達に挨拶が必要だった。そのため、旅の準備は全て任せていた。

 だから、用意された馬車を見るのはこれが初めてだった。


 町の外には二頭立ての立派な馬車が繋がれていた。片方の馬は精悍な顔つきの黒鹿毛で、額に白い星のような印がある「アルタイル」。もう片方は好奇心が強そうな栗毛で、クルリとした目を持つ「ヴェガ」。どちらも体格の良い馬で、ロゼッタとシモンがひと目見て決めたらしい。


 幌付きの荷車は俺の希望通り八人が乗れるもので、側面に取り付けられた椅子は、必要が無ければ畳めるようになっている。中で寝られるようにという俺の案が採用されたようだ。予想と違ったのは、奥まった場所にテーブルが据え付けられていたことだ。これはロミナの希望らしく、食事の準備をするのに樽の上では狭すぎるため、調理台が必要だと言って付け加えられた。代わりに座る場所が一人分減ることになった。

 荷車には日持ちのする果物、干した野菜や肉、塩、水の樽がそれぞれ一つずつ積み込まれている。空の樽もあれば便利だろうと二つ用意した。床は二層になっており、乗馬に必要な馬具や飼葉が下に納められている。できるだけ町には立ち寄るつもりだが、これぐらいは用意した方が良いと勧められたものだ。


 しかし、八人が乗れる荷車に加えて中に施された細工、食料や飼葉、そして追加の荷物を考えると、二頭立てでも重くなってしまう。最終的に軽量化の魔道具を組み込んだ荷車を特別注文したと聞いた時は驚いた。請求された金額を見せられた時はさらに驚かされた。どこかの貴族様か。


「……凄く立派だな。さすが、金貨百枚の馬車だ。馬はどちらも乗馬ができるんだったか」

「乗るなら、アルタイルが速いよ。ヴェガはちょっとのんびりかなぁ」

「荷が軽くなれば一頭でも楽に引けるそうです。乗馬をされるのでしたら、休憩を増やすことも考えます」

「僕としては馬よりも荷車を優先して選びたかったのですが、反対されてしまいました」

「これほどの馬がいるのです。他を選ぶ理由はありません!」

「シモン様は意外と頑固でした……」


 珍しくロミナが肩を落としているが、荷車も俺が思っていたより遥かに立派だぞ。テーブルのアイデアは俺にはなかったもので、感謝している。

 それにしてもシモンの馬好きは本物だったんだな。馬の世話は単に仕事が欲しくて立候補したのだと思っていたが、ロミナでもシモンの熱意には勝てなかったか。ミトにとっても、荷車を整備するのは名誉挽回のチャンスだった。次の機会で頑張ってもらおう。


「朝から夕方まで帰ってこなかったのは、ずっとアルタイルとヴェガの世話をしていたからか」


 ロゼッタの体格で馬に乗れるのかは疑問だったが、カトラが前に乗せていたそうだ。これだけ立派な馬なら俺も乗ってみたい。子供達が夢中になるのもわかる気がする。


「ちゃんと買い物もして、新しい剣も受け取ってきたよ。でも、荷車を引かせる練習が必要で、アルタイルとヴェガにたくさん乗ってたのは本当」


 ペコリと頭を下げたが、怒ったつもりはなかった。

 ロゼッタとカトラの腰には新しい剣が吊るされている。どちらもベルノが打ったもので、スモールソードとショートソードだ。柄と鞘に施された装飾は姉妹のように揃っている。カトラも仕上がりに満足していて、勧めた俺に感謝してくれた。

 受け取りに行ったロゼッタに、ベルノは懲りずに新しい武器を試させ、練習用のペルを二本も失ったそうだ。

 一人になれた俺は、レスティに頼んでいた魔道具を受け取り、準備に時間をかけた。おかげで肩の荷が降りた。


 ロゼッタの頭をくしゃくしゃに撫でて怒らせていると、挨拶がしたいとギルド長スカーフェイスがやってきた。


「リヴェル、少しいいか?」

「らしくないな、スカーフェイス。顔を出すのは何か用があるからだろう?」

「まったく……変わらん奴だな」


 鼻で息をつき、肩の力を抜いたギルド長は珍しい。

 これまでの俺の功績と、サラマンダー狩りの情報提供に感謝すると右手を差し出してきた。

 俺も右手を出すと、強く引き寄せられる。


――隠れ家の蜘蛛に気をつけろ。


 すれ違いざまに小さな声で、だがはっきりと伝えられた。おそらく盗賊の情報だ。

 しかし続きは聞けなかった。唐突に手を引かれ、驚かされて体勢が崩れてしまった。

 肩を震わせ「今回も俺の勝ちだな」と去っていくギルド長の背中に、俺は中指を立てた。


「パパ、大人げない……」

「いつかアイツに勝つ」


 未だにマルクとスカーフェイスには素手で勝ったことがない。若造とは地力が違うと、最近は相手にもされなかったがな。

 ギルド長と入れ替わりに、取引所の親父ことゲオルドと、見覚えのある鍛冶師が現れた。


「嬢ちゃんがいなくなると、寂しくなるのぉ」

「全くだ。いつでもいいから帰ってこい」

「ありがとう! でも、ここに戻ってきたら、甘えちゃうから」


 毎回のように騒ぎになる取引所でのやりとり。ロゼッタの担当になろうと喧嘩する親父ども。それを見たロゼッタの一言でしょげ返る姿に、大笑いが起こる。

 周りに集まった冒険者も同じだ。何かと理由をつけて話しかけたり、自慢話をしたりされたり、それを聞いて楽しそうに笑うロゼッタを見たくて、また人が集まってくる。

 あれがいつもの光景に思えるほど、ロゼッタはギルドに馴染んでいた。


「おぅおぅ、いくらでも甘えさせてやる。だから、気が向いたらでいい。遊びに来い」

「そうだな、遊びに来るぐらいで構わん」

「わかった。また遊びに来るよ!」


 ふと従叔母のレナータを思い出し、大人に成長したロゼッタの姿を想像してみる。

 地面を擦るようなドレスを着た、淑女の容姿で楽しそうに剣を振り回す姿が、妙に彼女らしいと思ってしまった。

 

「リヴェル」

「うん? 俺にも用があったのか?」

「当たり前だろうが。お前のおかげで取引所は大忙しだぞ。嬢ちゃんが獲ってきた素材だと言うと、色も付くしな」

「抜け目ない商売してるな」

「お前が獲ってきた素材も良い値が付くぞ。高級品は特にな」

「おい、初めて知ったぞ……知ってれば、もっと値を釣り上げさせたのに」

「だから言わんかった。正解だな」


 知らずにギルドに貢献してたってことかよ。

 ジロリと睨むと、ガハハと笑い返された。

 

「長いようであっという間だったな。お前も近くに来たら顔を見せろ」

「遊びに来いとは言わないんだな」

「嬢ちゃんと一緒なら遊びに来ていいぞ?」

「どっちがついでだよ」


 普段よりも強い握手をされ、隣にいた鍛冶師が紹介された。


「リヴェル。恐らく知らんだろうが、ワシはザイードだ。鍛冶師を代表してここに来ている」

「よろしく、ザイード。ロゼッタが世話になったみたいだな」


 ギルドの鍛冶師にはロゼッタの剣の手入れを任せていた。俺にはあまり必要がなかったこともあり、教えるのはいまいちだったらしい。移動中は仕方がないが、正しい手入れは専門家に任せるのが一番だ。その代表がこの男なんだろう。

 ザイードはロゼッタの武器を作らせてもらえなかったのは残念だと言ったが、恨む雰囲気はなかった。それどころか、ギルドを盛り上げてくれた俺達に感謝し、六本のダガーを渡してくれた。


「お主達が提供してくれた素材を使ったフレイムダガーだ。魔力を込めれば炎が出るが、あまり強いものではない。松明の代わりだとでも思ってくれ。このエンバーハイツから巣立っていく四人の子供達と二人の大人にギルドからの贈り物だ」


 フレイムダガーの中央にあるフラーには炎を象った彫刻が施され、柄と鞘には火山を踏むサラマンダーを模した装飾がある。六本のダガーはどれも少しずつ違った装飾がされており、鍛冶師達がそれぞれ丁寧に仕上げたのだとわかる。

 「ザイードが作ったのはどれだ」と聞くと、彼はニヤリと一本を指差す。その一本をロゼッタに手渡した。


「これで満足か?」

「ワシは何も言っとらん。言えばまた殴り合いになるからな」

「いい性格してるな」


 残りのダガーはそれぞれに選ばせた。ミトは一際大きなサラマンダーが装飾されたもの、シモンは炎を吐いているもの、ロミナは丸まって眠っているもの、カトラは火山を登ろうとしているもの。そして俺は、


「わたしとお揃いだね」


 紐の付いたファイヤーフロッグに、サラマンダーが噛みついているものだった。



 俺達の馬車はエンバーハイツの町から南へと鼻先を向けている。

 街道を進む限り道に迷うこともなく、ジャリッジャリッと土を蹴る音だけが続いていれば、不安を感じることもない。

 そんなこともあってか、俺の隣ではご機嫌なロゼッタが鼻歌を歌っている。

 さっきまではもらったばかりのフレイムダガーで試し斬りしたいって騒いでいた。

 そこに運悪く通りすがったワイルドボアは、ロゼッタとミトの二人であっさり討伐されてしまった。

 運ばれてきたあと、ロゼッタだけでなく、ミトやロミナ、シモン――ついでに俺とカトラにも――試し斬りに使われ、毛皮も肉もボロボロになってしまった。

 これでは報酬に期待できない。

 そんなわけでロミナによって解体され、足を残して塩漬け作業の真っ最中だ。

 ロミナは早速テーブルが大きくて良かったと喜んでいる。今日の夕食は豪華になりそうだな。


 ロゼッタの歌う鼻歌が変わった。

 相変わらず何を歌っているのかはわからないが、続くようにロミナも同じ鼻歌を歌い始めた。

 知らないのは俺だけか?

 旅の始まりにはどこか謎めいたものが付き物……そう言うことにしておこう。

 目の前には東と南にある町へと導く分岐がある。俺達が選ぶのは東だ。


「それじゃ、次の町へ向かうぞ」

「うん! 行くのは水の街だっけ? 近くにはどんな魔獣がいるんだろ?」

「目指す街はサーペントレイクですね。蛇行する湖があって水資源の多い街です。別名水の街とも言われています。魔獣は……水の大蛇とかいるんでしょうか?」

「最初は馬車旅に慣れるため、五日ほど町を経由せずに進みます。次に立ち寄る町はサンシャインプラウンズ。補給と休息で二、三日の滞在を予定しています。油断せず気を引き締めてまいりましょう」

「なんだか眩しそうな名前の町ですね」

「麦穂が太陽に当たる様を眩しく思えた領主がそのように名付けたのだとか。農耕が盛んな土地であり、食料が豊富な町だと聞いています」

「よぉし、いっぱい討伐して美味しいものいっぱい食べよう!」

「旅の目的を忘れるなよ」


 これはロゼッタ家出娘を送り届ける旅なんだぞ。


————


 本編はこれにて終了です。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 次からは幕間三話分投降します。


 モチベーション維持のためにも、

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 次は0時に更新します。

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