第34話 エピローグ 中編

「遅い!」


 鍛冶屋に辿り着いた俺を待っていたのは、仁王立ちするロゼッタと、どこか落ち着きのないカトラだった。

 あの後のタリアは名残惜しそうに宿に入っていった。俺としても目を潤ませ、顔を真っ赤にしてしなだれるタリアをここに連れてくる度胸はない。それどころか流し目を覚えたタリアの誘惑を振り切り、ここに来た俺を褒めて欲しいぐらいだ。


「悪かったな。タリアを宿まで送って行って遅くなった」

「パパ、その言い訳は誰に必要だったの?」


 ……余計なことは言うべきじゃなかったか。


「いいよ、別に」


 罪悪感を増やすな。


「遅くなって悪かったな、カトラ」

「はい。来ていただけて安心しました」


 怒っているわけじゃない。普通に話しているだけの声が、妙に突き刺さる。

 返す言葉に悩んでいると、トントンとカウンターを指で叩く音でもう一人の存在に気づかされる。


「なぁ、お前ら、人んちで痴話喧嘩すんなや」




「武器三本を五日と言うのは随分と速いですね」

「それだけロゼッタが気に入られたってことだろうな。良かったじゃないか」

「私の剣もお願いしてくださって、ありがとうございます」


 ベルノに依頼したのは、ロゼッタのスモールソード二本とカトラのショートソード一本。ロゼッタは俺の剣もお揃いにしようと言い出したが、早くこの町を出たがっていたことを思い出させると、悩みながらも諦めた。

 ベルノに託した素材は随分喜ばせたようで、普通なら武器一本仕上げるのに二日かかるところ、試し打ち含めて五日で仕上げるという。最初に思っていたよりも、随分と腕が良いらしい。


「パパ! 新しい剣、前よりいいよ!」

「おう、ベルノに感謝しとけよ」

「うん!」


 ロゼッタは再びボロボロにしたスモールソードをベルノに見せると、頑張って使ったなぁと頭を撫でられ、新しい武器を差し出された。大喜びで受け取ったのは言うまでもない。

 ベルノのやつ、取引所の親父どもと同じ顔をしてるぞ。

 それにしてもだ、


「武器って、女の子が喜ぶものだったんだな」

「……父から記念日にもらったことがあります」

「親父さんに切りかからなかったか?」

「…………父を連れて、すぐに稽古場に行きました」


 血が出なかったのなら良いか。


 上機嫌だったベルノだが、試し斬りをしたいというロゼッタに、ボロボロにした剣技を見せてくれと言ったのは早まったと思う。


――瞬刃


「……なぁドラスレよぉ」


 そんな呼ばれ方をするのも、随分と懐かしい。だからと言って、嬉しいわけじゃないが。嫌がる俺の肩を組み、ロゼッタとカトラには聞こえないように顔を寄せたベルノがボソリと言う。


「嬢ちゃんには真っ当な生き方教えてやれよ」


 どいつもこいつもロゼッタに甘すぎだろう。ベルノを引き剥がすと、転がってきたペルをロゼッタに投げた。


「安心しろ、ロゼッタは王道だよ」


――膝貫


 俺に向けて、斬られたペルの破片が蹴り飛ばされてきた。



 昨晩は数日ぶりの常宿でぐっすり眠ることができた。おかげでロゼッタがベッドに潜り込んでいるのに気づかないほどだ。


「俺の娘だと言う、ロゼッタ、か……」


 二月も一緒にいると、否応にも情が湧く。初めは怪我をしないか心配程度にしか思っていなかったが、俺の剣技を覚えていくに連れて、全部伝えてしまいたいと思うこともある。女の子なのにな。


「これが親になるってことかね?」

「……おはよう、パパ?」

「おはよう、ロゼッタ。飯行くか?」

「うん! あ、髪梳かして。今日はすっごいぐちゃぐちゃ」


 寝ている間に髪が開いたのか、身体の下敷きで折れ曲がっている。おまけに寝相が悪かったのか前髪が逆立っている。なんで額が剥き出しになってるんだ?


「人のベッドに潜り込むからだ。先に顔洗ってこい」

「はーい」



「聞いていると思うが、ロゼッタの剣が仕上がり次第、この町を出る。予定は五日後。任せている準備は遅れないように注意してくれ」


 孤児院では応接室を借りて今後の予定を確認だ。

 マルクにも挨拶したかったんだが、珍しく冒険者ギルドに呼び出されているらしい。


「お嬢様、今日は本当にこちらでよろしいのですか?」

「うん。馬車の準備って見たことないから一緒に行くよ」

「積める荷物の量を確認するので、僕達も最初は同行します。馬車が決まれば別行動ですね」

「馬の目利きならお任せください。家で世話をしていたことがあります」


 シモンが自分からやりたいと言うのは珍しい。馬の世話と言っても専門の職業があるぐらいだ。飼葉の確保や糞尿が大変ぐらいは知ってるが、他は全くわからん。やる気があるなら任せていいんじゃないか?


「お貴族様なのに、馬の世話をされていたんですか?」

「貴族に乗馬は必須です。祖父に、馬の世話ぐらいこなせと言われておりました」

「シモン様、大変失礼なことをお伺いしますが、乗馬の腕前については……?」

「……手綱は持てます」

「シモン様、僕も練習したことがないので一緒に頑張りましょう!」


 ロミナはどこから正確に読み取ったんだ?

 俺には自信があるようにしか聞こえなかったんだが……

 馬の扱いは乗馬も含めてカトラが指導することになった。

 カトラって、なにげに優秀なんだよな。

 それにしても、シモンに御礼って何があったんだ?



「あ! きたきた! 師匠! 待ってたよ!」

「遅くなって、すまん。長く待たせたか?」

「んー、まぁちょっとだけ。あたしが早く来ただけだし」


 昨日あんなことがあったのに、随分と落ち着いてるんだな。宿屋に迎えに来るのはちょっと緊張してたんだが、問題はなさそうか。

 挨拶もそこそこに、駆け寄るようにそばに来ては腕を取ろうとして……止まった。

 そして俺の周りをキョロキョロと見回す。


「えっと……今日って、ロゼッタちゃん来てないよね?」

「ん? あぁ、馬車を見に行ってる。夕方までは会う予定はないな。用事でもあったか?」

「うーん、ロゼッタちゃんの気配と言うか、ちょっと……」

「ちょっと?」

「匂いがする。抱きかかえたりした?」

「抱えてはいないが……今朝ベッドに潜り込んでいたな」

「そっかーなるほどなるほど」

「何がなるほどなんだ?」

「大木にいるのは益虫と害虫、どっちかなーって思っただけ」

「それを言うなら止まり木にいる蝶みたいな感じだな」

「うんうん、蛹だから大丈夫だね」


 何を言いたいのかさっぱりわからん。



 冒険者ギルドに近づこうとすると、それだけで周りから視線を集めているのに気づく。ギルドまでの道は左右に人の壁ができていた。

 なんだろうな、ドラゴンスレイヤーになったばかりの頃を思い出す。隣のタリアは俺の腕を抱えて楽しそうにしている。道が開くたびに「おぉ!」と興奮して力を込めるものだから、ふくよかなものが二の腕を埋めてしまい、ガリガリと精神が削られている。本当にあのパーティの男達、なんで手を出さなかったのかと思うぐらい立派なものがあるんだよな。

 ギルドのスイングドアを押すと、昨日ほどではないが人が集まっていた。そしてここでも左右に分かれ、別室への道が開かれる。


「師匠、あたしらすっごい特別扱いだね」

「短い期間だからな、しっかり楽しんどけ」

「オッケー!」


 おい、そんなに密着するな。ここの受付にはミラネアが……いた。久しぶりに見る彼女の顔は少し痩せて見えた。それに前はもっと朗らかだったのに……今は翳りがある。まるで、近いはずの距離が遠い。当然向こうはこっちに気づいている。その証拠に、何か声をかけようと口を開く前に、人の陰に隠れてしまった。


 待たされた別室から、更に案内されたギルドの会議室には主だった面々が揃っていた。ギルド長、受付主任、戦闘主任、魔法主任、鍛冶主任、錬金主任、町の警備主任、マルク、そして俺とタリア。

 彼らが聞きたがっていることは、現在の火山の状況。

 最初は俺が拠点に到着した時の状況を説明し、一泊したところまで。同じ日に別の場所で泊まったタリアもその様子を語っていく。違和感と言えるほどでもなかったが、洞窟を塒にしていた獣がなんだったのかわからないのが懸念事項となった。

 続いてはロゼッタ達がランク5でありながらファイヤーフロッグ、ファイヤーリザードを指導がないまま戦った事に驚きの声があがった。ランク4であるタリア達はまともには戦わず、文字通り蹴散らしたと少し恥ずかしがっていた。

 そしてサラマンダー戦。ファイヤーフロッグを餌に釣り出す説明をしたところで、鍛冶主任が爆笑した。戦闘主任は顰めっ面だ。そんな誘き出しの方法があるとは思わなかったのだろう。しかし、どの巣にも十匹を超える数のサラマンダーがいては、その効果は渋々でも認めるしかない。失敗を経験した人物が目の前にいるからだ。


「さて、以上が無償の提供範囲だ。サラマンダー釣りまではサービスしてやる。ここからはランク5の子供達が頭を捻って生み出した作戦、俺とカトラの技術、ランク4のタリアを一人で狩りができるまでに育てた指導方法。どれに、幾らの価値をつける?」


 ギルドとしては全て買い取りたかったようだが、俺とカトラの技術、指導方法は説明だけで終わらせた。俺達に時間がないのもあったが、それ以上に冒険者の技術を吸い取るような事は認められていないからだ。

 しかし、子供達の作戦は別だった。単独のサラマンダーを誘き寄せる必要はあるが、人数を確保すれば誰でも挑戦が可能なものだったからだ。結果、子供一人当たり金貨五枚の追加報酬が決まった。


「あ、あたし、こ、こん、なに、もらって……いいの?」

「あの指導を受けて身に付けたんだ。正当な報酬だ」

「だ、だけどさ……」


 大金を目の前に置かれ、慄くのもわかる。素材の追加分、特別報酬、情報料で一人当たりおよそ金貨三十枚にもなった。昨日と合わせて一人金貨五十枚。意外とあるな。

 他にもタリアをサラマンダー狩りの指導員として推薦し、認められた。さすが実力主義の冒険者ギルドだ。タリアはパーティに同行すると、一日当たり金貨一枚が報酬として支払われる。もちろん自力で倒した分には素材の所有権があるので、一匹でもサラマンダーを倒せば、皮、魔石、指導手当で最低でも金貨十四枚が手に入る計算だ。指導員が必要なのは初めのうちだけかもしれないが、金貨一枚でその技術を見ることができるのなら安いと言える。


「もう少しだけ頑張れば、無理に冒険者をしなくてもよくなる。それだけの金は貯まるだろ?」

「あ……」

「家を買うもよし、結婚して町か村に戻ってもいいだろ。落ち着いたら墓を建ててやれよ。あいつらの中じゃ、タリアは女神様だったんだと思うぞ。近くにいれば本望だろ」


 目を見開いたまま反応が止まったタリアから、とめどなく涙が溢れ出していた。その顔は満足しているようにも悲しそうにも見える。そんな彼女に手を伸ばそうとして……やめる。


「……あだ、じ……うれじぐで……」

「当面は大金を持つ不安もあるだろうから、ギルドの護衛を雇え。それこそ相手は結婚を前提で選べばいいんじゃないか?」

「じじょおがいい、もらっでよぉぉ……」

「その話は昨日で終わりだ。貰ってやらん」

「ああああぁぁぁぁぁ……」


 確りと掴んで俺の胸で泣くのは良い。ただ顔を擦り付けていると、髪が跳ね上がってロゼッタみたいだぞ。そんな妙なことに気を取られ、可笑しくなってしまう。だからつい慰めるように頭を撫でてしまった違いない。

 しばらく好きにさせていると、いつの間にか泣き止み、眠りに落ちていた。



「フム、残党か……」


 火山の報告を終えたが、マルクが残っている理由がこれだ。俺の膝にはタリアが残っている。

 孤児院に巣食っていた盗賊どもは殲滅したはずだった。しかし取引相手までは辿り着けず、拠点制圧を優先した。あれ以上放置して、子供達の安全を無視することはできなかったからだ。


「だが、戻ってくるとは思わなかったぞ」


 あの賊は先遣隊のような存在だった。単独行動で資金確保に回り、町に馴染めば将来は幹部にでもなるんだろう。胸糞悪い。既に町の中には新しい巣が張り巡らされているかもしれない。


「ヤツラ、獣みたいなものよ。前の住人がいなければ、居座ろうとする、な」

「今は巨人の塒だろ。他を虱潰しにするのは――」

「リヴェルよ。なんでも一人でやる必要はない。今回は確かに間に合わなんだが、尻尾は掴んでおる。後のことは残る者に任せるが良い」


 マルクの言いたいことはわかる。優先順位だ。ロゼッタを送り届け、自由になってから考えろと。

 これまで孤児院を不在にしていた時も、マルクは順位を決め仕事をしていたと言う。


「マルク。頼みがある」

「構わん、受け入れよう」


 逡巡の迷いもなく、マルクは俺の言葉を受け入れる。人を信用する判断ばかりは勝てそうにない。


「悪いな。タリアが町にいる間、見守ってやってほしい」

「連れては行かんのか?」

「……楽しいやつがいるとな、別れが辛くなるだろ」


 手入れの足りていない髪を撫でていると、「櫛ぐらい持ってる!」と頭の中のタリアが涙目で訴えてきた。

 タリアの毛繕いをしている俺を見て、マルクは遠い目をする。


「リヴェルよ、ヒトの手は小さい。欲しいものは掴め。護るものは握りしめられるものだけにしておくのだ。巨人には出来ぬこともヒトならば可能であろう」

「それも物語の話か?」

「巨人の手は大きすぎる――神代の説話だ」



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