パーティーを追放された俺の元に家出少年達が集まってくるんだが

西哲@tie2

火山の町エンバーハイツ

第1話 パーティを追放された

「リヴェル、あなたにはこのパーティを抜けてもらうわ」


 目の前に座る金髪の女性、魔法使いのカリーナは俺にそう告げた。

 最初は別の人物が話しているのかと思った。しかし、目の前にいるのは間違いなくカリーナだ。彼女が自慢する長過ぎるほどの真っ直ぐな金髪を、魔法を使うたびにふわりと広がる様を何度も見てきた。それでも、彼女の言葉が信じられなかった。

 左右に並ぶ重戦士のオルクスと聖職者のウェインも、目を瞑り頷いている。その態度も信じ難かった。

 冒険者ギルドの依頼を成功させた俺達は、昨夜も酒場で飲み明かした。パーティメンバーとの仲は良好だったはずだ。


「突然どうした? 何があった?」

「先輩がいると、このパーティは駄目になる」

「私もこれ以上はフォローできません」


 二人からも突き放される。理解できなかった。一緒に大金を稼ぎ、大いに騒いだ時間はなんだったんだ?

 僅かばかりに身に覚えがあるとするなら、


「……カリーナがいい男を見つけたのに、俺が邪魔したからか?」

「っ!! あれは絶対に許さない! もう少しで結……そうじゃない。いえ、それだけじゃないのよ、リヴェル」


 言っとくが、あれは相手が悪い。夜毎相手が違うというキザ男だったからな。ちゃんと説明しただろ。

 黙り込んだカリーナの長い金髪がさらりとテーブルに落ちる。組んだ両手で顔を隠しているため、表情は分からないが、彼女にも思うところがあるのだろう。


「分かっているだろう。先輩はやり過ぎだ」

「オルクスが娼館から出禁にされたことか? 女の子は怒ってなかっただろ?」

「先輩がバラしたのか!? 俺は……先輩のせいで俺は酒場で――」

「オルクス、ここは堪えなさい」


 オルクスは二十代半ばの見目が良い好青年だ。町を歩けば女の子が振り返る。だが、冒険者が町の女の子に手を出すと苦労するので、そういう時は娼館に行く。馴染みだった娼館はあるとき、一人で相手するのは大変だからと三人用意したのに、残念なことに女の子の方が耐えられなかった。それ以来、出禁だ。

 体力があるから重戦士なんて出来るんだが、張り切りすぎた。彼女達には宝石やアクセサリーを贈ってフォローした。

 ウェインはやっぱりあれだろうな。寄付した孤児院が盗賊に囲われていたので、やばいことになる前に口封じした。それがバレたのか。


「……それでですか。あなたを紹介したこと、未だにお礼を言われるのを不思議に思ってたんですよ。ようやく理解できましたよ」

「あれ? 知らなかったのか? ロミナが懐いてるから、こっそり話したと思っていたんだが」


 ロミナは一部始終を見ていた孤児院の女の子だ。ウェインにべったりと懐いていた子で、盗賊の人質になって……いろいろあって風呂に入れてやった。それからも一悶着あったが、黙っておくように伝えていた。しっかり約束を守る子だったんだな。

 なるほど、ひとつひとつは大したことはないが、一度に言われると確かにやりすぎたか。


「お前達のプライドを傷つけたのなら謝る。すまなかった。これからは行動する前に相談する。だからパーティ解散はやめないか?」

「……」

「……」

「……」


 長い付き合いだ、怒ったり喧嘩したりはしても、頭を下げた謝罪を受け入れなかったことはあまりない。それどころか、酒を奢ったら許してくれることがほとんどだ。それに甘えていたのかもしれない。だから今度こそは心を入れ替えて、彼らと真剣に向き合おう。

 しかしいつまで経っても三人の口からは続きの言葉が出てこなかった。

 どこかのグラスでカランと氷の溶ける音がする。

 重苦しい雰囲気の中、カリーナの口が開く。


「パーティは解散しないわ」

「本当か!」

「ええ、抜けるのはあなただけよ、リヴェル」

「おい! 俺はリーダーだぞ。俺が抜けたら――」

「いいえ、違うわ。あなたは代理よ。私達が一人前になるまでの、ね」


 一瞬呆然となり、彼女達と出会ったことを思い出す。そうだ、俺はこのパーティのリーダーじゃない……代理だ。

 パーティに参加して六年になる。元は魔法使いカリーナ、重戦士オルクス、聖職者ウェイン、そして剣士のケイトがいた。十代だった彼女達は依頼に失敗し、ケイトが大怪我を負って引退した。三人は冒険者を続ける覚悟だったが、ギルドは四人以上でなければ依頼を受けるのを認めなかった。

 切羽詰まっていた彼女達は、目についた俺を誘った。当時ソロだった俺は、彼女達を救援し、ケイトを連れて帰った。そのことでギルドにも評価された。久しぶりにパーティを組むことも良いかと引き受けたが、本音はカリーナの美少女っぷりに惹かれたからだ。その時の契約で、カリーナがリーダーになるまで俺が代理を務めるという話だった。月日が経つうちにそのことをすっかり忘れてしまっていた。


「リヴェルを嫌いになったから追い出すわけじゃないわ。ただ、もう無理なの……」

「無理って、何が?」


 言いにくそうに口を何度も開きかけるカリーナの代わりにオルクスが引き継いだ。


「先輩、ギルドに預けてあるパーティの資金はどれだけ残っている?」

「突然だな。先日の報酬を分けたあとの半分は残している。大きな出費はしていないから、あまり変わっていないはずだ。なにより、使う時はメンバーの同意が必要だろう?」

「そうだな。もう一つ、短剣……竜牙剣はどうした?」


 竜牙剣ドラゴントゥースソードは俺の愛剣だ。このパーティに参加する前に報酬で貰ったものだが、手荒に扱っても刃こぼれがなく、攻撃にも防御にも便利な短剣だ。だが、ちょっと入り用で質に入れてしまった。店の親父も顔見知りだし、金が入る予定もあり、買い戻す話はつけてある。


 説明する俺の前に、カリーナが見覚えのある柄頭を持つ短剣をテーブルに乗せた。


「あなたので間違いないわね?」


 彼女が言うには、見覚えのある短剣が客寄せに使われ、交渉する様子を見たそうだ。その客が去った後、店主に質入れした人物を問いただしたが教えてもらえず、仕方なく言い値で買い取ってきたらしい。俺の持つ質札を見せると、カリーナは深いため息をついた。


「リヴェル、あなたがフォローしてくれていたように、私達はそれぞれ欠点があるのは分かってる。だけどあなたにも大きな欠点があるの。それはわかって欲しい」

「人に親切にするのは欠点なのか?」


 竜牙剣を質入れしたのは、宿屋の娘が怪我をして治療に高級ポーションを必要としたためだった。急ぎで必要だったことから立て替えるつもりで質入れし、購入したポーションは既に使用して治療は終えた。宿屋の親父から謝礼と代金は貰っているし、この後にでも質受けに行くつもりだった。


「そのギリギリのお金の使い方が怖いのよ」

「リヴェルさん、さっきオルクスが言いかけていたパーティの資金ですが、もう殆ど残っていないそうですよ。理由は打ち上げに使った費用、装備の更新、消耗品の購入に充てられています。未払いだったツケを精算したら前回の報酬は消えていました」

「そもそも高級ポーションを買う代金ぐらい、質入れしなくてもあるはずだろう」


 俺達のパーティは報酬によって高収入を得ている。前回の依頼は火蜥蜴の納品。八匹で金貨八〇枚。半分をパーティ資金にして残りを個人に分配。一人金貨一〇枚もあれば、根無し草の冒険者でも半年は楽に暮らせる。大きく飲み食いしても数ヶ月は持つ。そして高級ポーションなら一〇本は買える金額だ。それが俺には残ってなかった。


 飲食する時はいつも誰かと一緒だし、近くにいた奴らに奢るのは毎度のことだった。そんなことだから手持ちに銀貨しかないと気付いたときには質屋に走っていた。


 もう俺に、彼女達の選択を拒むことはできなかった。カリーナには質屋に支払った代金を色を付けて返却した。今回のことはこれまでのお礼と言って受け取りを拒もうとしていたが、俺からの餞別で竜牙剣と代金どちらかを持っていけと言うと、眉を顰めて金の方を選んだ。


「人の話、聞いてたのかしら?」

「次からはそうするよ」


 銀貨しか残っていない財布を懐に入れてそれぞれと握手をする。


「これまで楽しかったよ、先輩」

「俺もだ。これからはフォローできないが、女遊びには気をつけろよ」

「慣れたもんさ。次の街が楽しみだよ」


 出会った時は子どもだったくせに、もう十分魅力ある大人になってやがる。オルクスはこれからも女の子を泣かせるんだろう。このイケメンが。


「ウェインは真面目で誠実だが、女関係はオルクスに相談しろよ」

「余計なお世話ですよ。私はあなたが刺されないか心配です」

「できれば挿す方になりたいもんだ」

「全く。怪我したらポーション使う前に呼んでください。お安くしておきますから」


 孤児院は管理しているのが盗賊の女だったのが災いしたが、次からはよく観察するだろう。一度経験したことは忘れない奴だからな。ポーションについては説教された。どうやら症状を聞くと中級で十分だったそうだ。真面目くんめ。


「いろいろ迷惑かけて悪かったな」

「そうね。一つを除けば迷惑も悪くなかったわ」

「今度は普通の男を見つけろよ」

「ケイトの旦那あたりとか?」

「ありゃ、大当たりだろ。嫁と子供二人を育ててるんなら立派なもんだ」

「三人目って手紙が来てたわよ。本気で羨ましいわ」


 マジか。ケイトは依頼中に負傷して左脚の自由が効かなくなった。当時のウェインでは癒せず、持ち合わせのポーションでも治せなかった。彼女は借金してまで治療するのは断念し、冒険者を辞めた。その後、錬金術師の手伝いを始めたことがきっかけで結婚に至り、今では三人の母親らしい。


 話が途切れる。もう時間切れだろう。カリーナからふわりと抱き着いてきた。その身体は柔らかく、大人の魅力に惑わされそうになる。だからこう言ってやるのだ。


「嫁ぐ先がなかったら、兄さんが貰ってやるよ」

「兄さんというより、心配性なお父さんじゃない? でもお金にだらしないお父さんは勘弁かなぁ」

「まぁ、どっちでもいい。この先、何か困ったことがあれば呼べ。金のこと以外でな」

「お金のこと以外でね」


 離れがたくなる想いを振り切り、少し乱れた髪を整えてやる。彼女達はこれから町を離れて大きな街を目指す。パーティルームを使うのもこれが最後だそうだ。冒険者は基本四人以上で組む。新しく仲間を迎え入れるにしろ、出会いを求めるにもこの町は狭すぎた。彼女達にはこの先々で良い出会いがあるように祈るばかりだ。


「達者でな」

「「「ありがとうございました!」」」


 片手を上げ、格好つけてパーティルームから出たところで、もじゃもじゃの髪をしたギルド員と鉢合わせした。部屋の中は遮断魔法が掛かっているから声は漏れていないはずだが……ギルド員はチラリと俺と室内を見、悟ったように笑みを浮かべて去っていった。


 努めてなんでもない振りで肩を竦めて出ていくと、扉が閉まっているのに部屋から笑い声が聞こえたような気がする。湿っぽくなるよりよっぽど俺達らしい別れだろう。


「ふぅ……」


 昼間の喧騒が過ぎ去り、仕事のない奴らが溜まり始めた酒場でエールを飲み干して独りごちる。


「前にやらかしたのと同じかよ……」



————

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


次は0時に更新します。

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