第15話 『俺の夢、エルフは願う』
「さぁ、決壊の時間だ」
ミンクレスがダミリアンの顔面を踏みつけながら、戦いの終わりを宣言した。
戦いをずっと眺めていた私は、そのあり得ない光景に衝撃を隠せなかった。
――本来なら勝ち目などあるわけがなかった。
年齢にそぐわない異常な強さを誇った彼でも、
熟練の猛者が持つ経験値には届かない。
それに加えて無敵の肉体、驚異的な破壊力。
負けるのは至極当然だった。
それは彼も感じていたことだろう。
だがその絶望は、一瞬の隙に掻き消された。
ダミリアンが持っていた少しの油断、過信。
そこに彼はつけ込んだ。
一瞬の、気づかぬうちに生まれた隙に。
巨大な肉体。
転移禁書。
ミンクレスに対する過大評価。
それを無理やりこじ開けて、一つの小さな失敗を大きすぎる失敗へと変貌させた。
(……完璧すぎる)
――あぁ、なんて
――なんて素敵なのだろう。
「……おまえの、さいのう、が、ここまでお、れを」
「才能だと? そんなもの俺が持っているわけがないだろう。
持っていたら本当に『バトラズ』を撃てていたろうしな」
ミンクレスの元へと歩いていく。
焦げた草木を踏み進み、ただ一直線に彼のもとへ。
ミンクレスが私の存在に気づいてこっちを見た。
「……逃げてなかったのか? 馬鹿が、お前ら二人が死んだら俺が来た意味がなくなるだろう」
「そう言われて分かりましたって逃げるほど情を失ったつもりはないわ」
「それは一人のときに言うセリフだ。
気絶した姉がいたんだ。逃げるのが最優先だろ」
「それは大丈夫。脱出手段は持っていたから、貴方が死んでもすぐに逃げられたもの」
「……ふん」
八歳児と十歳児がするとは思えない会話だ。
私はハーフエルフだから他よりも精神年齢が高いのだが、この子は違う。
なぜここまで大人のように喋れるのか。
これは後で聞くとしよう。
今すべきことは別にある。
「ねぇ……ダミリアン」
私はミンクレスに顔を踏まれたこの食人鬼に喋りかける。
私はこの男にやってもらわなくては困ることがある。
「謝りなさい」
――私が求めるのは謝罪だ。
「私にじゃない。
貴方が食べた子供達。
その家族。友人。街の人々。
貴方の狂った趣向に
巻き込んだ全ての人に謝りなさい」
こいつは謝らないといけない。
さも善人のように振る舞い、みんなを騙した。
表上は街を守りながら、裏では街を蝕み続けていた。
美味しい肉だと偽り、仲間の、愛しき子供達の肉を売り捌き、食べさせてきたのだ。
ずっと、ずっと、ずっと。
「……」
ダミリアンは黙って聞いている。
こいつはなんなんだ。
今までの罪をどう思ってるんだ。
「この十年間、貴方の無駄でクソみたいな人生に巻き込まれた罪なき人々、その全てに謝りなさい!!」
「……」
ミンクレスが静かに私を見つめている。
この子が何を思っているかは分からない。
だが、こいつは謝らないといけないのだ。
謝ってから死なないといけないのだ。
「早く謝って! 貴方が死ぬ前に、さぁ早く!
謝れ! 謝れ! 謝れぇ!!」
ただ謝れと叫ぶ。
それだけでは足りないが、もう死ぬのだ。
死ぬまで謝り続けて貰わなくてはならない。
そんな中、ダミリアンの口がゆっくりと動いた。
「謝罪……? ち、がうなぁ。
ちがう、よミシェル、違うんだ。
俺がす、べきなのは謝罪じゃ、ない」
そう言うとダミリアンは残った力でゆっくりと両手を合わせて――
「あ、りがとうござい、ましたぁあ」
「……は?」
何を言ってるのだ。この食人鬼は。
感謝? 感謝したのかこいつは。
違う、そんなもの求めていない。
私がして欲しいのは謝罪だ。
感謝など虫唾が走る。
謝罪をしろ。
謝れ。今すぐに謝れ。
「みんなの、おか、げで、
おいしい肉を、食う、ことができたぁ。
楽し、い人生、をおくれたぁ」
「違う!! 謝れ!! 感謝なんてするな!!
気持ち悪い! 気持ち悪い!!
謝れぇ!! 謝れ!! 今すぐ謝れぇ!!」
「最高、だっ、た。悔いはな、い。
ありがとう、ありがとう。
みんな、ほんとうに、ありがとう――」
「謝ってよぉぉぉぉぉおお!!」
そしてダミリアンは幸せそうに口を歪ませて――
「――ごちそおぉおさまでしたぁあ」
――
「――死ね。人食い」
《グシャッ、バキバキパキ――》
ミンクレスが頭を完全に踏み抜く。
頭蓋が砕かれる音が響き、脳汁が大地に吸われていく。
身体も少し痙攣した後、まったく動かなくなった。
――完全に、死んだ。
「あ、あぁあ……」
ダミリアンは、後悔などすることなく、
幸せを感受しながら死んでいった。
あらゆる人々と幸せを奪っておきながら。
このクズは、大往生で死んだのだ。
そんな死に様を見た私の胸を満たしたもの。
それは――
「あ゛ぁぁあああああああッ!!
あうぅあ!!
うわ゛ぁぁぁぁあああああ!!」
ドス黒く
重い、ただひたすら重い悔しさであった。
「……止んだな。
決壊することはなかった、か」
落ちた涙に、一筋の月光が差し込む。
その小さな湖は、暗く穏やかに輝いていた――。
――――――――――――――――――――――
《パチパチパチ……》
小屋がその姿を燃やし、唸っている。
火の粉は空気に溶け消え、
残るのは黒い炭と化した草原だけ。
「……」
「これが一番なんだ。
全てを暴くには、やつは罪を犯しすぎた」
やつが残した物全てが燃えて消えていく。
中には攫われた子供の死体もある。
家族に返してやれないとはいえ、供養ぐらいはしてやった方がいいとエルフが言ったからだ。
「……本当にみんなに言わないの?
待ってる家族だっている。
あの子達を愛して、ずっと。それに――」
「おっと、死んだ子供達が浮かばれないなんて言うなよ。
幽霊だとか、死後の世界だとか、
これら全て人間が生み出した虚像なんだからな」
「……」
「……もし『やつが売っていた肉は子供達の肉で、みんなは今までそれを美味しく食べてました』なんて言われたら、彼らはどうなると思う?」
「……言葉にできないわ。
でも、みんな絶対に後悔する。
自分が人の肉を食べていた事実に。
そしてその後に泣いて、泣いて、
子供達に謝り続ける」
「死のうとするやつだっているだろうな。
ショックで肉が食えなくなる、
いや、飯自体が食えなくなるやつだって出てくるだろう。
この事実を明らかにすれば、
きっとたくさんの人々の心を抉り出す」
「……ダミリアンに裏切られたことに、ショックを受ける人もいるでしょうね」
ダミリアンの真実は、人間が受け止めるにはあまりにも残酷すぎたということだ。
「……遺体だけでも家族の元に返すとかは――」
「ダメだ。自分の子供の凄惨な死体を見れば、家族は胸に大きな傷を抱くだろう。
それにあんな量の死体、一度に返せば絶対にボロがでる。どこにあったのかと調査が入り、罪が暴れる」
「やつに関するものは全て燃やさなくてはならない。一つ残らず全て。それが――」
空を見つめる。
煙がただ悠々と彼らを天へと運ぶ。
魂なんか信じちゃいない。
人は死んだらただの土塊だ。
だがそれでも――
誰よりも、『死』を理解しているからこそ――
「――きっと一番幸せな道なんだ」
――彼らの終わりを、
命の終わりを見届けたいと思った。
「……このまま全て消えていくだろう。
そして同時に、今消しておかないといけないものがある」
俺は木の幹に寝かされているミシェルへと近づく。
「すぅ……すぅ……」
穏やかに眠っている。
まったく、あんな状況で気絶しておいてこの娘は……
「ふっ……呆れたやつだ。ほんと」
俺はミシェルの頬を撫でた後、
頭の上に手をかざした。
「『パラザイム』……」
穏やかな光が手のひらに灯る。
それはミシェルの身体を暖かく包んでいき、少し経ってから消えていった。
「……今のは?」
「記憶消去の魔法だ。こんな本性なものでな。バレたらまずいと、念のため覚えていた」
……ミシェルはこのことを記憶する必要はない。
自分が人の肉を食べていたこと、
ダミリアンが犯人だったこと、
小屋の中に死体がたくさんあったこと。
全て忘れたらいい。
こんな小さい娘が経験するには、
少々残酷すぎる現実だったのだ。
「……忘れたらいい。
ダミリアンは大好きだし、
誕生日のお肉は美味しかったし、
この街はずっと平和な場所だと。
今まで通りでいればいいんだ」
そうして俺はミシェルの元から立ち上がる。
証拠も消した。記憶も消した。
あと一つ、やらなければならないこと。
今回俺が動いたメリットの一つ。
俺は後ろにいるエルフへと向き直る。
「さて、お前の処遇だ。エルフ」
「……」
「単刀直入に言おう。
俺はお前の記憶は消さない」
「……でしょうね」
「ほう? 分かっていたのか」
普通ならば私も消してと言ってもおかしくはない。
だがこいつはどうやら俺の言うことが分かっていたらしい。
それに消さなくても別にいいといった態度だ。
「……だって貴方、ひどい人だもの」
「クククッ、もう俺を可愛がってはくれないんだな」
「あんなものを見て、貴方を子供だと思うほうが無理があるわ」
利口なエルフだ。
俺が要求することも分かってるんじゃないだろうか。
だが、分かっていたところで拒否なんてすることはできない。
「……俺はこの本性をあまり知られたくない。
父と母の記憶もママイが今頃消しているだろう。
ミシェルも今消した。
あんだけ散々好き勝手に振る舞ったが、結局俺の本性を知るものはママリを除いて消えた。しかし――」
俺はエルフの顔を掴む。
「お前は別だ。
お前には俺の本性と付き合ってもらう。
エルフは長生きする種族、つまりその細胞は人間よりも壊れにくい代物。
――不老不死に近づくためのキーだ」
「……だから、何をして欲しいの」
「簡単だ。これからは俺に従え。
お前の身体を使って研究させて貰う。
断れはしないはずだ。
お前からすれば俺は命の恩人、それに俺の本性を知っているからいつ消されるか分かったものじゃない」
「……」
素晴らしい。
完璧にことが進んだ。
こいつはきっと断れないだろう。
嫌だ嫌だと喚いても、俺にはまだこいつに提示できる札が残っている。
全て今回の戦いで掴んだものだ。
最悪の場合は今ミシェルを人質にすることも――
「いいわよ。私からもお願いするわね」
「……ん?」
……今こいつなんて言った。
了承したの?
そんな簡単に?
予想外の返答に頭が混乱する。
よせ、やめろ。なんだその顔は。
なんでそんな顔をするのか
分からない見たいな顔しやがって。
分からないのはこっちなんだよ。
普通こう、もっと抵抗というか。
よし、威圧だ。こいつを怯えさせるのだ。
今の状況をしっかり理解してもらわないと。
目をしっかりと睨んで……
「……いいのか、こう、そんな簡単に決めて。
お前は奴隷のように俺に従うことになるんだぞ。
……本当に、いいのか?」
「いいわよ」
「いいですかそうですか」
なんなんだこいつ。
普通そんな簡単に決めることか?
俺が言うのもなんだが、
こういうのは最初は拒否しておかないとダメだろ。
何? この街には頭のおかしいやつしかいないの?
イモタリウム中毒者とか、人喰い鬼とか。
「……ふふ、私がなんで従うのか、分からないみたいな顔ね」
「……ま、まぁ」
「理由は二つあります。
一つは単純……」
エルフは顔を俺へズイっと近づける。
青い瞳がこちらを覗く。
頭の理解が追いつかない俺は
思わず仰け反ってしまった。
くそ、余裕を崩されるのは大嫌いなんだが。
「――貴方に魅了されたわ。
あ、恋愛的な意味じゃないわよ? 青二歳くん?
貴方の強さ、美しさ、全てに魅了された。
だからその提案は私からすれば蜂の蜜よ」
――意味が分からない。
え? どういうこと?
俺の戦いに魅了されたってこと?
なんでそれが従うことになる?
ん? んー?
なんとか俺はポーカーフェイスを保つ。
絶対に隙を見せない。
余裕も崩さない。
「……青二歳って、まだ二歳差だろうが。
まぁいい、従ってくれるのならそれでいいのだ」
「あら、そう? ふふっ」
いやよくないよー。全然よくない。
だって未だに理由が分からないもの。
えっなんか微笑んでる? 怖っ、いやこいつ怖っ。
従わせるのいやになってきたわ。
なんか目も怖いし。
だがこれも不老不死のためなんだ。
我慢しろ辻郎!! そしてミンクレス!!
「それで二つ目はね。……貴方の夢に憧れたから」
「ん……?」
これまた予想外の返答だ。
だが、これは少し興味がある。
「夢に……不老不死にか?」
「えぇ、そうよ」
「死への苦しみを分かっている存在は喜ばしいが、お前はエルフだろう?
死生観的にも不老不死とかには興味がないんじゃないのか?」
エルフという種は、
『全ては最後自然に帰り、
それこそが幸せであり生物の夢』
とかいうクソみたいな死生観を持っている。
だからエルフは不老不死なんてクソッタレだと考えてると思っていたのだが。
「……そうね。
だけど……少し、少し寂しくなってしまった。それだけよ」
……よく理由は分からないが、いま聞くような内容ではないだろう。
一先ずは置いておく。
同胞ができるのは願ったり叶ったりだ。
……いや、そうか? この女と?
「だから貴方を手伝う。
貴方の不老不死の夢を叶えるわ。
だから――これからよろしくね?」
踊るように歩くエルフが青白い月光に照らされる。
汚れていたとしても、その笑顔は掻き消えない。
サラサラと青髪が光を反射し
その姿はどこか儚いようでいて――
「……あぁ、よろしく頼む。
共に不老不死になれるよう、頑張ろう」
「えぇ。ふふっ、きっと楽しくなるわ」
……嫌だなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます