第11話 『過去を見ろ』

 「おじゃましまーす……」


 「何遠慮してんだ!! ほら、早く入った入った!!」

 

 ダミリアンさんの家に来た。

 いつもは要件があって訪れるものだから、こういったのは新鮮だ。


 窓を見てみると、ドンドン雨が強くなってきている。


 どうやらここに来て正解だったみない。


 「まずはタオルだな! ちょっと待っててくれ!」


 ダミリアンさんが奥の部屋へと入っていく。

 

 立って待つのも嫌なので、近くに置いてあった椅子に座った。


 この店は大きめの古屋である。

 入って広い空間があり、その奥にはカウンターが構えている。


 メニュー表は壁にそれぞれ三枚貼られており、これを見て買うお肉を決めるのだ

 表彰状も貼られている。彼の偉業を讃えているのだから当然だ。


 「悪い悪い!! 待たせちゃったな、ほら! 肉のスープも持ってきた!! これを飲んで暖まりな!」


 「ありがとう、ダミリアンさん」


 スープの入ったコップを両手で包み、ズズズッと少しだけ口に入れる。


 「……はぁ」


 あぁ、やっぱりここのお肉は美味しい。

 他の肉屋のものよりもコクがあるのだ。

 それに元気が出る。


 「美味しいわ。本当にありがとう」


 「いやいやぁ!! 暖まったら言ってくれ!! その髪の毛をさらに綺麗にしてやるからよ!!」


 ニカッ!っと音が聞こえてきそうな笑顔だ。

 少し眩しいような気もするが。


 頭をタオルで拭き、ちょっとずつスープを口に含んでいく。


 このスープは街中で評判だ。肉自体が中々予約できないから一生で一、二回飲んだことがある程度だろうけど。


 ちなみに私は四回飲んでいる。ダミリアン店のVIPだ。


 それから十分くらいスープを飲み、飲み終わった私は、鏡が置かれた椅子の上に座らされた。


 かなり本格的だ。腕前は確からしいが、これなら信頼しても大丈夫だろう。

 

 使用人よりも切るのが上手だったら通うかもしれない。


 「じゃあちょっとじっとしてな」


 チョキチョキチョキ……


 「……」


 互いに無言の中、ハサミの音だけが響く。


 雨の音も、すぐ横で音を鳴らすハサミによって掻き消されていた。


 チョキチョキチョキ……


 「……」


 チョキチョキチョキ……


 「…………」


 チョキチョキチョキ……


 「……」


 チョキチョキチョキ……


 「……」


 チョキチョキチョキ……


 「……」


 チョキチョキチョキ……


 「……」

 

 チョキチョキチョキ……


 「……なぁ嬢ちゃん」


 「なぁに? ダミリアンさん」


 チョキチョキチョキ……


 「この世界で、いっちばん相手が気を許す仕事ってなんだと思う?」


 「一番気を許す仕事?」


 チョキチョキチョキ……


 「そう、赤の他人が、そのまた他人に気を許す仕事、全身を預ける仕事……」


 チョキチョキチョキ……


 「油断する仕事、さ」


 チョキチョキチョキチョキ……


 「……ダミリアンさん?」


 「それはさぁ、床屋なんだよ、嬢ちゃん。

 床屋、今俺がやってる仕事さ……」


 チョキチョキチョキチョキチョキチョキ……


 「おかしいと思わないか? すぐ後ろで刃物を持ったやつがいるのに、切られるやつは危険なんか微塵も感じちゃいないんだ」


 「ねぇってば……」

 

 チョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキ……


 「髭剃りとか頼むと、刃物が喉元に添えられるんだぜ? 命の危機のはずなんだよ。

 なのに人はしない。

 なんでかなぁ、なんでだろうな?」


 「ね、ねぇ!! ダミリアンさん!!」


 チョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキ


 「なんでかなぁ!? 不思議だよなぁ!? 俺は分かんねぇ!! 頭悪いからよ!! 肉のことしか頭にないからよぉ!! だから思ったんだ――」


 「――なんで髪の毛、!?」


 チョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキバギィイ!!


 「――肉のために利用してやろうってな」


 「え――」


 ハサミ。来る。眼前。


 《グサッ》


 「ん? おいおい、じっとしておけって言ったろ?」


 直前でなんとか回避する。

 掠った頬から血が流れていく。


 「はぁ……はぁ、は……な、んで?」


 分からない。分からない。


 私が何か悪いことをした? 質問に答えなかったから? スープを飲む時の作法? 森に入ったこと? 雨の日に外にでたから? タオルを使ったから?


 わからない。わからないわからない。


 「なんで? そりゃあ美味そうだからに決まってんだろぉ?」


 ――美味そう? 何が?


 「ずっとさぁ、欲しかったんだ。。お前と会ったあの日からずっと、どう料理しようか考えてた」


 ――何を、言ってるの。


 「焼肉にしてよぉ。白米と一緒に掻き入れるのもいい。生ハムにしてワインと一緒に乾杯も最高だ。いやいや、やっぱソーセージにして、長いこと食べ続けるのも――」


 ――もしかして、わたし? わたしを……たべ……

 

 「おっとすまねぇ。よだれが垂れちまった。へへ。食材は衛生面に気を遣わなくちゃだからなぁ」


 「……だ、れ?」


 「おん?」


 「あなた、だれよぉ!!」


 「俺? 俺は俺だよ。『肉の頂ダミリアン』、ずっと前からの知り合いだろぉ?」


 「ち、違う! ダミリアンさんは、そんな人じゃない! あの人は街の英雄で、みんなの憧れ――」


 「あぁそうだよぉ! 俺はみんなの英雄さ! 食べるためにみんなを助けた!! 食べるために憧れられるようなことをした!! ほら!! 俺だよ!! ダミリアンだよぉ!!」


 そんなわけない。

 魔物だ。こいつは、ダミリミアンさんなわけない。


 私達のダミリアンさんなわけない。


 ――嘘よ。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘うそうそうそうそぉ!! そんなの!! うそよぉ!!」


 「いきなり声出すんじゃねぇよー。

 びっくりしちまうだろ? それに嘘じゃねぇよ。

 今までの十七人の子供、そしてマリーネを攫ったのは俺だ。そして食った。食った食った。美味かった。

 あぁ美味かった美味かった美味かった美味かったなぁ!!」


 ――食べた、なんて。


 なんで食べるの、分からない。

 マリーネちゃんももういない? いやだ。

 そんなわけない。いるわ。でもどこに?

 目の前のお腹の中? そこにいる?

 いるの? ねぇいるの?


 ――返事してよ。


 「うわぁぁぁぁあぁぁぁあ!!」


 魔力集中。火焔作成。

 標的は前方の食人鬼。

 飛び立つは炎の鳥。


 火の魔法で腹ごと撃ち抜く――!


 「『サラマンドラム』――!!」


  《ギョアアアッ!!》


 「あん?」


 上級の火の魔法。

 まともに受ければ瞬時に炭化する――!


 返せ。返せ。返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ――!


 「マリーネちゃんを返せぇぇぇえ!!」


 業火がダミリアンさんの身体を襲う。

 肉体に着弾。


 彼のお腹は瞬時に蒸発して――


 「ふぅぅうッ!!」


 《ブワァア!!》


 


 「――え」




 ――炎が、息で吹き消された……?


 馬鹿な。だって、これは上級の――


 「料理下手かぁ? 火の使い方がなっていねぇ、なッッ!?」



 《ガンッッッッ!!》



 ……。



――――――――――――――――――――――

 

 

 《ザァァァァァァァアア!!》


 「傘を持ってきててよかった。風邪なんか引いたら死ぬ可能性があるしな」


 俺は捜索隊と別れた後、森に向かいいつもみたいに修行に明け暮れていた。


 最近は目標に向けて、新たな方法をいくつか思いついたのだ。


 それを実現する為、今は三つの魔法を開発している。思ったよりすぐに完成できそうだ。


 環境に恵まれていたおかげだろう。


 あとは理論を固め、魔力をイメージ、この世界にどう干渉させるか等々……三十の工程を踏んだら実用化に持っていけるはずだ。


 「あと最低でも百年以上はかかるだろう。だが、あの魔法さえ覚えたら、二十年……いや十年以内に完成できるはずだ」


 俺はこの魔法達に、仮名として第一、第二、大三魔法と名付けた。


 某タイプなムーンからの貸受けだ。

 あそこまで凄まじい魔法ではないが。


 「……この規模の魔法で百年かかるんだもんなぁ。しかも俺みたいに毎日一日中続けた上での百年だし。人間の魔法が進歩しないわけだ」


 この世界の伝説上の魔法使いに人間は少ない。理由は簡単、一番寿命が短く、魔法を極めることができないからだ。


 有名な魔法使いは他の種族ばかりであるし、魔法の研究も他の種族の方が成果を出す。


 人間で魔法史に名前を残した者達は、

 総じて類稀なる才能を持つやつばかりだ。


 「まぁ逆に言えば、時間さえなんとかして、死ぬほど頑張ればいい話だ。死なないけど。早く研究を進めよう」


 そう考えながら歩いていたら、もう家の前に来ていた。

 出る時にあんな喧嘩をしてしまったから、流石の俺も入りにくい。


 「まぁ、謝れば大丈夫、か」


 門扉を開けて庭を歩いていく。

 いつも通りの家だ。

 

 リビングや廊下にも灯がつき、俺の部屋だけが暗い。


 そうしてミシェルの部屋も――


 「ん……? おかしいな」


 ――ついていない。


 リビングにでもいるのだろうか。

 いつもならこの時間、努力家のあいつは勉強をしているはずだが。


 「夕方の七時半……あのときのショックが治っていないのか?」


 俺は不自然に思いながらも、玄関の鍵を開けて中へと入っていった。


 「……なんだと?」

 

 おかしい。朝と光景が変わっていないのだ。

 

 使用人の姿が見えないのだ。

  

 この時間、それにこの雨だ。

 捜索は打ち切りになっていないとおかしい。


 「……意味が分からん。まだ探してるんだったら相当馬鹿だぞ」


 俺は持っていた傘を畳んで、傘立ての中へ入れる。


 見てみると、父の傘が端っこの方に入れられていた。


 「……ジャックは帰ってきてるな。だったら捜索は終わってる……ん?」


 もう一つ、違和感を見つけた。

 おかしい。あるはずのものが存在しない。


 


 「……まさか」


 リビングの扉へと向かう。

 床がギシギシと音をたて、静寂が全てを飲み込んで行った。


 「……ただいま」


 「あ゛ぁあああああぁぁぁぁあ!!」


 扉を開いた瞬間、絶叫の共に一枚の皿が俺の顔めがけて飛んできた。


 「ッ!!」


 《ガシィィイ》


 なんとか反応だけでキャッチする。

 

 危なかった。

 あと少しで顔面が傷だらけになるところだった。


 「母さん! 落ち着いて!!」


 「無理よ!! 無理!! 落ち着けるわけないじゃない!! なんで!! なんであの子まで!?」


 皿を投げた犯人は母であるようだ。

 だが、そんなことを責めれるような状況ではなさそうだ。


 ――母が発狂して暴れている。


 あの穏やかな彼女が、だ。

 

 顔は絶望の色に覆われ汗が止まることなく流れ続けている。


 息を荒げ、狂乱するその姿は、とても普段の姿からは想像ができない。

 

 ――母の精神は限界を迎えていた。


 母を抑えている父が俺の方を見やった。


 やっと息子の存在に気がついたようだ。

 

 「――ッ!! ミクリィ!! 帰ってきたか!! 頼む!! お母さんにッッ!! 睡眠魔法を……!」

 

 《ダンッッ!!》


 俺はその言葉を耳に入れた瞬間に、地面を踏み込み、荒れ狂う母の目の前へと飛び込んだ。


 《ガシッッ!!》


 「ッ!!」


 顔面を片手で鷲掴みにする。

 少し手荒くなるが、こうでもしないと魔法耐性の高い母には通じないだろう。


 「……『シープラン』」


 「なぁっ……あ……ぁ」


 睡眠魔法は顔面に直接かけるのが一番効果的なのだ。


 「だ、め……ミシェ……ル……」


 眠った母はそのまま父の胸にしなだれかかった。


 「……顔を掴むのはやりすぎなんじゃ……?」


 「お母様ほどの魔法使いだったら、普通にかけただけじゃ眠らないよ」


 父は喋りながら、近くのソファに母を眠らせる。

 

 魔法の眠りはとても深い。

 眠りが深ければ夢を見ることもないので、うなされたりはしていないようだ。


 「……何があったか話して、お父様」


 「あぁ、実はな――」


 だいたい予想はつく。

 だが、そうなって欲しくはなかった。本当に。


 ――傾いた天秤が動き出す。


 「ミシェルが……戻ってきてないんだ」

 

 「……そう」


 窓際へと歩いていく。

 外はすでに嵐のように大雨だ。

 明日は川の周りには近づけないだろう。


 「……時刻は、夕方……手口が同じだ……もしかしたら、攫われたのかもしれない、マリーネちゃんと……仲がよかったから」


 「……だから、使用人達も探しに行って……」


 「こんな大雨の中危険だよ」


 「そんなのは分かってる!! だが……だが……」


 母を気遣っていたが、父の顔も相当ひどいものだ。

 朝からあんだけ探して見つからず、今これである。


 父としての責任感が、彼をまともにさせているのだろう。


 《ザアァァァァァア》


 ――もうあとひと押しだな。


 「ねぇ、お父様」


 「……なんだ」


 「ダミリアンさんは……あの後どこへ?」


 「何?」


 俺は鋭く父を睨みつける。


 「ダミリアンはどこに行った?」


 「……ッ!! た、確か、捜索が終わった後、一人でまた探すって言って……残って……」


 ――確定だ。


 「……ククク……」


 「お、おい」


 「クククク……」


 「み、ミクリィ? どうした? お前も疲れ――」


 「ククククッ! アーハハハハハハッ!!」


 笑いが止まらない。

 こんなことがあるか? こんな現実あるか?

 あの娘はどこまで俺が好きなのか。

 

 どこまで俺を殺したいのか!


 「全く!! 完敗だよミシェル!! まさかお前自身がになるとは!! 俺の中の天秤はこれで完全に傾いた!!」


 「そうさ!! 

 元々あのエルフが生み出すメリットは大きかった!! だが俺の夢、命を賭けるほどではない!! こんなものでは天秤は傾かん!! あぁしかし!!」


 「が皿の上に乗っかってくるなら話は別だ!! 

 エルフの身体に大切な家族の命!!

 死にたくない! 戦うなんぞ最悪だ!

 だが成功したときのメリットは計り知れん!!

 この両方が賭けられるのなら、

 俺は自分の夢、存在、全てを差し出そう!!」


 あぁ最高だ最悪だ。


 お前は凄いよミシェル。

 俺の不動の天秤を動かした。

 こんな偉業は今まだかつて見たことがないぞ。


 なぁミシェル!


 《ドンッッ!!》


 「おいママイィイ!! 例の物を持ってこい!」


 俺は壁をおもいっきりぶっ叩いて二階にいるであろうママイを呼ぶ。


 「お、おいミクリィ! 

 どうしたんだ!? いきなり叫び出して!!

 落ち着け!! おねぇちゃんは絶対に生きてるから!!」


 「落ち着け!?

 俺は至極落ち着いてるよお父様!!

 今の状況も、やるべきことも!!

 全て頭で理解してる!!」


 《バタバタバタバタ》


 上から慌ただしく降りてくる音がする。

 そしてその勢いのままリビングの扉が思いきり開かれた。


 「み、ミンクレス様ぁ!! こ、これ!! これでございます!!」


 「ナイスだママイ!! 流石お前は優秀だ!!」


 ママイの腕の中には黒色のマント、一本の剣、そして封筒が一枚。


 「あぁ、そうだ。雰囲気が大事なんだ。こういう服を着て行かないとな!!」


 俺はマントを羽織り、剣を背中にかける。


 どうせやるんだったら楽しまなくてはな。

 命の危機からは絶対に逃げるが。


 俺は扉へと歩を進めていく。

 一歩ずつ一歩ずつ。


 覚悟は決まった。命を賭けにいく。


 「おい、ミクリィ!! どこにいくんだ!!」


 ジャンが分かりきったことを聞いてくる。

 だが父として子供のことを心配するのは当然のこと。だからここでお終いだ。


 「……『シープラン』」


 「な……!! お、まぇ……」


 眠ったジャンはそのまま勢いよく地面に倒れた。

 いくら強くても魔法耐性がなければこんなもなのだ。


 倒れたジャンをママイが担いでソファの上に寝かせた。二人が心配で押しつぶされそうになる必要はない。


 ただ目覚めたら、いつも通り子供達二人、いや三人が笑顔で座っているだけ。

 真相なぞ知らなくていい。ただ悪い夢を見ていたのだと思えばいい。


 それで十分だろう?


 「……ミンクレス様、お嬢様を助けに行かれるのですか?」


 「あぁ、それ以外にあるか?」


 「あなた様は何があっても動かないものかと……」


 「状況が変わった」


 「……場所は――」


 「分かってる。お前は二人を頼んだぞ。睡眠魔法直後の記憶はなくなるからな」


 「……お嬢様を助けてあげられるのですか?」


 「……ふむ」


 窓から再び外を見る。

 やはり雨しか降っていない。

 絶望を奏でる雨粒、暗闇へと誘う黒い空。


 「……『未来のことは分からない。だが、我々に過去が希望を与えてくれるはずである』。」


 「……それは?」


 「ある大きな戦いを、独善と信頼だけで乗り越えた一人の英雄の言葉だ」


 扉を開け、玄関へと向かう。

 ママイが見送りに来てくれるらしい。


 「……」


 見れば必死に俺のことを見つめている。

 止めたいのだろう。

 ママイには色々と教えたため、俺のことを信じてはいるだろうが、俺の肉体はまだ八歳のもの。


 八歳の子供を戦いに出す大人がいるか? いやいないだろう。


 だからママイは強い。大人としては間違っているかもしれないが俺のことを信じるその心は確かに強いのだ。


 「……そう、過去を見ろ。過去の、今までの俺を見ろ。俺という存在がどういったものだったか。俺は――」


 玄関が開く。大量の雨が俺を打つ。

 だが、そんなものでは止められない。

 

 「死んでも死にたくない男だぞ?」

 

 ――俺の生き方はそういったものなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る