第9話 『決壊』
ポツポツと雨が降り始めた。
道端の草に雨水が落ちていき、土からは雨の日特有の湿っぽい匂いがする。
この匂いが好きなのは万国共通であると思う。
「さーて、捜索隊の皆様はどこにいらっしゃるのかな」
家から出て、俺は都市の入り口を抜けた先の畑に立っていた。
農業都市であるので、やはり畑は広くデカい。
遠く、見えなくなるところまで畑はずっと伸びていた。
「あのエルフがこっちから出ていったのが確認されていると……毎回同じように出ていって行方不明になるんだから気をつけろよなぁ」
まぁ普段から人がよく出入りする場所だから一年に一、二回となると判断するのは難しいのだろう。
そのまま補装された道を進んでいく。
雨と畑は二つ合わさると非常に趣がいい。
横にはずっと畑が並んでいる。
父の畑はどれなのか、今度聞いてみようか。
そんなことを考えながら進むこと十分。
「……お」
「マリーネちゃーん!! 出ておいでー!!」
「マリーネちゃん!! おじさん達が来たよー!!」
六十人ほどであろうか。
都市の様々な人達が必死な顔でエルフの名前を呼んでいた。
おそらく他の場所も捜索しているはずなので、人数はもっと多いはずだ。
バルカンの人口はおおよそ八千人。
いったいどれだけの人が捜索に協力しているのだろうか。
「本当に街を上げての捜索だな。この連続誘拐事件はこの大都市に相当な恐怖を刻み込んできたわけだ」
「ん……? ミクリィ……?」
誰かが俺の名前を呼んだ。
「ミクリィ! お前どうしてここに!」
振り返ってみると、そこにいたのは父親のジャンであった。
そういえば、捜索に出かけてるって母が言ってたっけ。
「ちょっと様子を見にきたんだ」
「様子を見にきたって……協力してくれてもいいだろうに」
「マリーネちゃんは見つかっ……てないよね。この感じだと」
「……あぁ」
やっぱり見つからないのか。まぁそりゃそうだ、攫われた子供がこんなとこにいたら犯人は何をしてるんだって話だしな。
「……本当に不甲斐ない。まさか、あの子が……」
「……マリーネちゃんと仲がよかったんだよね」
「あぁ、あの子は孤児でな、森の中で捨てられてたのを母さんが見つけたんだ」
父は昔を思い出すように雨空をじっと見つめる。
「お母様から聞いたよ。姉さんとはどうやって仲良くなったの?」
「修道院にあの子が入ってしばらくしてから、院長と一緒にお礼を言いに来てな。あの時たしかミシェルは九歳、あの子は五歳だったかな」
俺が三才のときの話じゃないか。記憶はしっかりしているのだが、いかんせん家から出なかったからな。
それに成長してからも、俺は一日中森に籠るようになった。うまいこと互いに出会わなかったわけだ。
「父さんが院長と話していたら、二人は意気投合してな。そっからすっかり仲良くなっちまった。ずっと一緒だったんだ……だから」
父は悔しげに、そして悲しそうに表情を歪ませる。
あぁ、その顔はさっき見たばかりだ。
「だからあの子は、俺たちの家族同然なんだ」
「……それも言ってたよ。お母様は。まぁ僕は会ったことなかったから実感わかないけどね」
「……ははっ。そうだろうな」
父はなんとか笑おうとするが全然笑えていない。
早朝から探していたからな、疲れも溜まっているんだろう。
「そういえばもう九時か、捜索開始から四時間……まだまだ探さないとな……」
「おーいイモタリアスさん!! ダミリアンさんが集合だってよー!!」
「そうか分かった、ありがとう!! ミクリィ、捜索には協力してくれなくてもいいから話でも聴いていけ。あの人の言葉は勇気がもらえる」
勇気ねぇ。そんなもの必要ないのだが。
父に連れていかれると、たくさんの人達が集まっており、中心には台の上に立ったダミリアンがいた。
周りはザワザワしており、ダミリアンの言葉を待っている。
なるほど、見つからなくて不安な者達を勇気づけようとするわけだ。
「みんな!! 捜索ご苦労だった!! 早朝から協力してくれた者、途中から参加してくれた者!! ありがとう!! そしてすまない!!」
ダミリアンは最初にみんなを労った後、頭を深く下げて謝罪した。
「どうしたの?」 「顔を上げろ!」 「あんたはなんにも悪くないだろう!?」
民衆からダミリアンに様々な言葉が投げかけらる。
しかしどれもダミリアンの行動を止めようとするものばかりだ。
「いや! 俺が悪い! 町会の会長だというのに! 今までこの事件に対処できず!! 今回はマリーネちゃんが攫われてしまった!! 由々しきことだ!! どうか俺を許して欲しい!!」
男は見た目に似合わず、その筋肉の塊のような身体を全て謝罪をすることに費やす。
顔からも不甲斐なさが感じ取れる。
「だが……頼む。お願いだ! どうか、どうかまだ捜索に協力してくれないだろうか!! 今回こそ! 可愛い子供達を救うために……!!」
ダミリアンの声だけが、畑に響き渡った。
場が一瞬静寂に満ちる。
しかしそれは失望の静寂ではない。
感動、その一言に尽きる。
「「うぉぉぉおおおおお!!」」
「もちろんだぜ!!」
「あの子を見つけてやろう!」
「必ず救い出すのよ!!」
「みんな……ありがとう……! ありがとう!」
ダミリアンの感謝の言葉を始まりに、また一斉に民衆は捜索のため散らばっていった。
「……見たか、ミクリィ。
これがあの人の力だ。カリスマっていうのかな。
あらゆる人々が彼の姿から勇気を貰える」
「彼の売る肉を食べたことがない人間はこの都市にいない。彼に心を撃たれなかった人間もこの都市にいない」
「そういう男なのさ、彼は」
なるほど。
力強い言葉。確かな信頼。感涙するほどの謙虚さ。
この街の英雄になるわけだ。
「お! ミンクレスじゃないか!」
演説を終えたダミリアンはこちらに気づいて近づいてきた。
「ダミリアンさん。最高の演説だったよ」
「何言ってんだいイモタリアスさん。俺はただみんなに力を貸して欲しかっただけさ」
そう言うとダミリアンは軽くこちらにウィンクをした。
「母達の間でも有名ですよ。夫にするのならダミリアンさんみたいな人がよかったーって」
「ははっ! そいつは男冥利に尽きるねぇ……そう言われてたからには男としてあの子を見つけてやらなきゃな」
「……そうですね」
「俺は昔、川に溺れていた彼女を救った。だから……今度も救ってやりてぇんだ」
二人はまた悲しそうな顔をする。
なんなんだ。毎回悲しまないと気が済まないのか。
「魔物に襲われてなければいいですけど……」
「いや、そっちの方がいいさ! 誘拐したのが人だったら隠されて見つからないかもだが、魔物なら餌として生かしてる可能性だってあるし、俺とあんたがいればすぐに倒せる。そうだろ?」
「あぁ……そうですね」
父は王国の元騎士団長だから強いのは知っていたが、この男も強いのか。
「ダミリアンさんも強いんですか?」
「俺か? まぁ一線で戦っている人間に比べちゃ大したことはないが、腕にはそれなりに自信はあるぜ?」
見た目だけではないようだ。
これで弱かったら……まぁ仕方ない。
「おーい、イモタリアスさーん! ここの穴の中見たいから一緒に来てくれないかー!?」
父が捜索隊の人間に呼ばれた。
「分かったー!! ダミリアンさん、こいつ少しの間だけ頼みます」
「おう!! 任せとけ!!」
どうやら穴を見つけたので中を調べるらしい。中に魔物がいては恐ろしいので父にお願いしたのだろう。
「……」
ダミリアンと二人になった。
この男は身長が二メートルを超えているから威圧感が凄い。
これで床屋もやってるってどうよ。
「ミンクレス!! お姉ちゃんは元気にしてるか?」
「……元気にしてるよ。さっき一世一代の大喧嘩をしてきたばっかだけど」
「ははっ! 兄弟ってのは喧嘩してなんぼだぜ!! 大丈夫!! すぐに仲直りできるさ!!」
「うん……そうだね」
空を見上げれば雲がさらに厚くなってきている。
雲が積もって積もって積もって……いつかきっと大雨を降らすのだろう。
何ごとにおいてもこれは変わらない。
積もり続けたら決壊する。
雲も、人も、感情も――
――そして罪も。
「ねぇ、ダミリアンさん。何でお肉屋さんをしようと思ったの?」
「ん? うーん、そうだなぁ」
ダミリアンは顎に手を添えて唸り始める。
「やっぱり単純に肉が好きだからだな。肉はいい! 美味しいし、筋肉がつく! そんな肉をみんなにも分けてやりたかったんだよ! ハハハッ!」
「……僕もお肉は大好きだよ」
「おぉ、そうかそうか!!」
「じゃあ……子供は好き?」
「子供?」
「そう僕たち子供。僕が生まれたときも喜んでくれたって聞いたよ? 好きじゃないの?」
「まさかまさか! 大好きだよ子供は! 子供からは元気が貰える! 明日も頑張ろうって気になれる! お前が産まれた日も本当に元気を貰ったよ!」
「そう。僕も嬉しいよ。ほんと」
……さて、修行に行くか。
俺には関係ないことだ。
「僕は行くよ」
「ん? いいのか? 父さん戻ってきてないだろう?」
「うん。元々様子を見にきただけだから」
「そうか、じゃあまたな!」
俺はいつもの森に向かって歩を進める。
畑は長いが、修行の為ならばどうってことはない。
ダミリアンは
「あ、そうだ。最後に……」
俺はダミリアンの方へと振り返る。
「ん?」
「――ダミリアンさんのお肉、不味かったよ」
「……そりゃ悲しいな。次こそは満足してもらえるよう頑張るよ」
……天秤は傾いた。
俺は再び前を向いて歩を進める。
畑を抜けて、街へと向かう。
捜索隊の連中がどんどん遠くなっていく。
ダミリアンも小さくなる。
捜索は夕方頃まで続くのであろう。
無駄だというのに。
どれだけ探そうが見つかるはずがないのに。
《ポツッ》
「……ん?」
ふと、頭に少しの重さを感じた。
触ってみると濡れている。
《……ザァァァァァァァ》
「……大雨、か」
――積もった雲は、すでに決壊していた。
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