第7話 『ハルガン児童誘拐事件』

サタナ歴1166年12月24日


事件報告書 


担当者ゼノン・オリファ(37)


この報告書は十年前より続く『ハルガン児童誘拐事件』について、記録をまとめたものでございます。



事件の内容

発生日時:多数あり 推定午後7時〜8時ごろ。

発生場所:多数あり(不明)

事件状況:児童17名行方不明。


・最初の事件は1155年7月4日に発生。

 友人と遊び帰宅中であったナルタ・オラフェッチ君(13)が何者かに攫われる。


・時間は午後7〜10時、この時間に例外はない。


・被害者は皆、都市部から離れていくところが確認されており魔物に攫われた可能性大。


・被害者の共通点


 ・その日の行動を家族へ知らせていなかった。


 ・何かあるのかと聞くと『秘密』と楽しそうに答えた。

 

 ・9歳から15歳の児童。


 

 

 ・カーサス=タマヤーヌちゃん(10)の遺体だけが確認されている。


 ・遺体は酷く損傷しており、皮も剥がされた状態で発見。

  

 ・発見時は中級魔物タマージドッグに食い尽くされており、残ったのは頭部と腹の一部だけであった。


 ・引きずったような後があり、逃亡していた最中にタマージドッグに襲われたものと見える。


被害者14名


 ナルタ・オルフェッチくん(13)

 カールズ・タナーユスくん(12)

 オルフィア・ユターリエちゃん(11)

 タヌース・ヴィクトリアちゃん(15)

 ジャック=サンデー=ニコライくん(9)

カーサス=タマヤーヌちゃん(10)

 ナルビノ・ステンカノッチちゃん(11)

 ロバート・ショックくん(12)

 ナルーテ=ピジョルちゃん(9)

 イシカワ・ケンタロウくん(11)

 フリードリヒ=フォン=サークランスくん(12)

 孤児のため名前不明

 ヴェルーニノ・オルフェッチくん(13)

 ガダリー=ハグリーくん(10)

 トーマス・コラソンくん(12)

 メアリー・アルフォンスちゃん(10)

 ヨースター・マルグナントくん(11)

 

 この事件が早急に解決されることを切に願う。


 以上

――――――――――――――――――――――



 「うーん……」

 

 いつもの森の中で魔法、肉体、頭脳を鍛える。

 

 あのおつかいの日から一週間が経った。

 ミシェルとの関係が変わるわけでもなく、別段変わらない毎日を過ごしていたのだが……。


 「やっぱり効率悪いよなぁ……」


 実は今ぶっつかっている壁があった。

 それは効率が悪くなってきたことだ。


 前までは使える魔法も少なく、身体も鍛えていなかったため毎日のトレーニングが最高効率だったのだ。

 

 毎日七時間の魔法トレーニング。

 毎日七時間の筋トレ。

 毎日十一時間の勉強。


 意識の分離による同時作業は、鍛錬の時間を三分の一に抑え込めた。


 しかし……

 

 「魔法を覚えた今ならもっと効率上げれると思うんだよなぁ」


 できることが増えれば、それ利用し、またできることを増やす。


 これは不老不死への道における基本事項だ。


 腹筋だいたい三千回目、

 本のページをめくり、魔法を放つ。


 繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し……


 一つの覚悟を決める。


 「やっぱりあの魔法をそろそろ覚えるべきか……運がいいことに条件は揃ってる……」


 そう思い立ち、俺はトレーニングをやめ立ち上がった。


 ある人物に会いにいくためである。

 いつかは話そうと思っていたのだ。


 「時は満ちたってやつか……」

  

 静かな森を背後に、俺は悠然と自宅へと戻った。

 


――――――――――――――――――――――



 「ただいまー」


 「あら、おかえり! 早かったわね!」


 「今日はやることがあってねー」


 扉を開けてリビングの中へと入っていく。

 ソファには母が座り、どうやらティータイムを楽しんでいるようだ。


 (まったく、どこの貴族だよ……いや、貴族だったわ)


 俺に流れている血は世界の中でもかなり高貴な部類に入るのだが、生前の庶民感覚が抜けないのか、いっつもそのことを忘れてしまう。


 「……ん?」


 そんなことを考えていると、何やら知らない視線を感じた。


 リビングの大きな机、母が座っているソファとは反対の場所に置かれた椅子。


 そこにいたいけな少女がポツンと座っていた。


 俺の顔をじーっと見ている。


 「……」


 「……こんにちは。私、ミンクレス・リクメト=イモタリアスと申します。以後お見知りおきを」


 父から叩き込まれた礼儀作法、こういう時には本当に大事だな。腰をおって、手をそえてっと……。


 「……私、マリーネ=アイオニティータといいます。こちらこそよろしくお願いします……」


 (ほぅ、こいつが……)


 どうやら姉の言っていた幼馴染であるらしい。


 肩のあたりまで伸びた淡い青髪に、あどけない顔。


 目はキリッとしており、大きくなれば美女になるであろう。

 

 そして――


 (長い耳、こいつ……)


 口が緩んでいくのが分かる。

 おそらく今の俺は他人には見せられない顔をしているだろう。

 

 やっぱり俺は運がいい。

 こちらにきてから本当についている。

 

 あぁやっと見つけた。


 (エルフかッッ………!!)


 目の前のエルフが不思議そうな顔をする。

 

 ほう、怖がらないのか。今の俺の顔は酷いものであるだろうに。


 姉が見ればどんな反応をするか……。

 

 「あ! ちょっと! 何勝手にマリーネちゃんと喋ってるのよ!!」


 「げっ……」


 噂をすればというものだ。

 めんどくさいことにはなりたくないので顔は平常を保つよう努める。


 「あんたとは絶対に会わせたくなかったのに……!」


 「ま、まぁいいじゃないミシェルちゃん。私もミンクレスくんと喋ってみたかったし……」


 エルフがミシェルを嗜める。

 気性が荒い姉とは正反対の性格なようだ。


 「えっと、二人は幼馴染なんだよね?」


 「えぇ、そうよ。私の方が歳下。

 四歳差だったかな? ミシェルちゃん」


 「えぇそうね。私は今年で十四歳になるし、マリーネちゃんも十歳になるもの」


 その年齢差は幼馴染と呼べるのか……?


 しかも九歳? 嘘だろ。その年齢にしては知性を感じるのだが。

 

 というかエルフって長寿の生き物のはずだが、九歳でここまで成長するものか?


 「……? あぁ、私の見た目のことかな? 私は純潔のエルフじゃなくてハーフエルフ。

 他のエルフより寿命は短いし、成長の速度も人間と同じ」


 「しかも賢いのよ!! エルフは人間の二倍の知力があるんだから!! って、なんでちょっと残念そうなの……?」


 「い、いやぁ。なんでも……」


 ハーフエルフかぁ……。

 純潔だったらよかったのに……。


 「それはそれとして、なんで今日はこの家に?」


 「あぁ、それはね――ッムグ!?」


 「それは言っちゃダーメ。ミンクレスくん、楽しみにしててね」


 「……?」


 はて、なにかあったであろうか? 母もこっちを見て微笑むだけであるし。


 まったく、やっぱり理解できない――。



――――――――――――――――――――――


 「「ハッピーバースデー!!」」


 《パァァァァァアン!!》


 「……わぁお」


 「ビックリしたかぁ? ミクリィ!! 今日はお前の誕生日だぞぉ!!」


 ……理解できないなんぞとんでもない。


 鍛錬のしすぎで忘れていたが、そういえば今日、八月七日は俺の第二の誕生日だった。

  

 「ミンクレス様は修行に気を取られすぎなんですよ!! こう、もっとしっかり!! って痛ッ!」


 「はいはい、ママイ落ち着いて。ミンクレス様、お誕生日おめでとうごさいます」


 ママイとナナムを始めとする使用人達も祝ってくれているようだ。


 あ、そうであった。


 「皆んなありがとう。ところでママイ」


 「は、はい! なんでしょう!」


 「後で僕の部屋まできてくれ。話したいことがある」


 「はい! わかりました」


 よし、これで一件落着。


 あとはこの楽しいサプライズパーティを楽しもう、と思ったのだが……


 「……なんであんたらもいるんだよ」


 「まさか!! まさかまさかまさか!! ミンクレス殿の誕生日を祝わずに一日を過ごすなど、そんな悲劇があってよろしいのでしょうか!? 

 いや! あってはならないぃぃい!! 

 今までの七年間! 

 我々がどれほど苦しかったかあぁあ!! あ、使用人様、お茶ありがとうございます」


 流石ナマナマス卿である。このキャラの濃さは前とまったく変わっていない。

 今日は奥さんも連れてきている。奥さんはきっと真面目――


 「きぃぃええええ!! イモタリウムの香りぃぃいい!! これはもう麻薬よぉお!! 脳に危険!! 危険よぉ!! 私が責任を持って全て吸い込むわァァア!! フシュゥゥウウウ!!」


 ダメだ。どうやら一家揃ってイモタリアス中毒であるらしい。


 なんだよイモタリウムって。

 ほら見ろ。

 

 父も母も道端に捨てられたガムを見るような目で見てるぞ。

 

 「ミンクレス!! 僕達犬からのプレゼントだ!! ぜひ受け取って欲しい!!」


 「やめろよ」


 「はぁ……ジミーユくん素敵……」


 「やめろよ」


 こいつらといると調子が狂う。

 だがプレゼントを貰えるのはありがたい、ぜひ拝見を……って。


 「お、おぉ……! これは……!!」


 「どうだい!? かっこいいマントだろう!! 君に絶対似合うと思ったんだ!」


 なんと高そうな黒いマントをくれた。

 うん。質、重さ、見た目、全てが完璧だ。


 「かっこいいは男にとって正義だろう!? さぁ君も一緒に男の世界へ!!」


 いちいちうるさい奴だが、品物は案外ちゃんとしたものだ。

 

 そして高いだとかは言わず、相手に気を遣わせない姿勢。


 素晴らしい。ミンクレスポイント二十点。


 「ああぁぁあ!! しかしこの家はぁあ!! まずい!! まずいのだぁあ!! イモタリウムが!! 脳を犯していく!! だめだ!! 辛抱ならん!!」


 そういうとナマナマス卿は自らの礼服をビリビリと引き破った。


 ミンクレスポイント−三十点


 おい。繊維と逆方向に破ってたぞ。

 筋力どうなってんだ。


 「お、おいカリギリ! やめないか! 子供が見てるんだぞ!!」


 父がなんとか嗜めようとしている。

 なんなんだこの光景。


 「……ミンクレスくん、私からはこれを」


 「え……?」


 そう言うとこのエルフの少女は何やらイヤリングを渡してくれた。


 「でも今日会ったばかりなのに……」


 「これからたくさんの思い出を作っていくんだから、こんなの当然よ。誕生日おめでとう」


 だめだ。なんていい子なんだ。

 心は癒されないが、とても感心する。


 「ふふっ、ミシェル。早く早く」


 「ちょ、ちょっと!!」


 お、母がミシェルの背中を押して出てきた。

 もしかして……


 「ほら、ミシェル」

 

 「……うぅ」

 

 「何ぃ? 姉さん?」


 「こ、こいつ!! ……ふぅ、誕生日おめでとうミクリィ。あんたのことは大嫌いだけど、兄弟のよしみだから、一応プレゼントはあげるわ」


 このツンデレ野郎めぇ〜。いや、嫌ってるのは事実なんだし、ツンデレとは呼ばないのか?


 まぁいい。俺は貰った重く長い箱を、机においてパカっと開いた。


 「これは……」

 

 ――このプレゼントを生涯忘れることはないだろう。


 装飾が綺麗に施されたつばに、見惚れてしまうほど美しい刀身。


 その吸い込まれそうな白色は光を反射し、神々しく輝いていた。


 まさしく白銀の如き輝き。

 こんな逸物見たことがない。


 「俺たち家族からのプレゼントだ。ミスリル製の特注品。今のお前なら振ることができるはずだ。齢八歳の子供に何を言ってるんだって話だが」


 そう言うと父は肩をすくめて笑った。


 「ミクリィ、誕生日おめでとう。本当はダミリアンさんのお肉で盛大に祝いたかったんだけど……どこかに消えちゃって」


 「消えたぁ? 母さん、それはあり得ないだろ? 自分で食べちゃったんじゃないか?」


 「まぁなんてデリカシーのない! このダメ男!」


 母は父の発言に怒ったのか、腕をペシペシと叩き始めた。


 「……別にいいよ。お肉そんなに好きじゃないし」


 「あら、そうだったかしら? どちらかと言えば好きな方だった気が……」


 「そんなことよりも……みんな本当にありがとう! これからも僕は精進していきます! 応援してくれたら嬉しい!」


 俺は皆んなに向かって精一杯の礼を伝える。

 皆んなも笑顔で俺にグラスを向けてくれた。


 応援すると言ってくれているのだろう。

 ミシェルはやってくれなかったが。


 前世では誕生日を祝ってもらえることは少なかった。だからこれは本心だ。嬉しい。嬉しいのだ。


 「精進って……何か目標でもあるの?」


 エルフの少女が聞いてきた。


 「うん、不老不死になることだよ」


 「……!」


 少女の目が大きく開かれる。


 なんだ? 馬鹿にされたことはあれどそんな表情は初めてだぞ。


 「こいつバカ真面目に不老不死を目指してるのよ。ほんと頭おかしいよね」


 なんとでも言え。俺もこの夢が認められるとは思っていない。


 「……別にいいんじゃない?」


 「……え?」


 ミシェルが驚いたように呟いた。


 「不老不死。確かに難しいことかもしれないけど、頑張っている姿を見て馬鹿になんてできない。どんなにおかしいと感じる夢でもね」


 そう言うと少女はこっちを向いて。


 「応援してる。私の死に目を見れるように頑張ってね」


 ただ純粋に、俺のことを応援してくれた。

 

 「あーもう! そんなことよりも! マリーネちゃん明日時間ある? あるんだったら一緒に勉強しない?」


 あぁ俺は幸せ者だ。家族に囲まれ友に囲まれ、不老不死の道を何にも邪魔されることなく邁進できる。


 「あー明日かぁ……ごめんミシェルちゃん、私明日は無理」


 「えーなんでぇ?」


 「ふふっ、それはね……」


 あぁ俺は本当に――


 「秘密……♩」


 ――幸せ者だ。



――――――――――――――――――――――



 1170年8月8日 追記


 担当者ゼノン・オリファ(40)


 当誘拐事件がハルガンにて発生。


 時刻は7時半頃。


 被害者はマリーネ=アイオニティータちゃん(10)


 上記と同じく都市から離れていくところが目撃されている。

 

 早急に対応されたし。

 

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