貴方は死んでも死にたくない! 〜今度こそ不老不死になりたいです〜

いい無夢

幼少期編

プロローグ

 ――人はなぜ死ぬのか?

 

 そんなありきたりな問いを、俺はここで出したいと思う。


 普通は年齢が鯖を読み始めたぐらいから考え出すことであるが、俺の場合は違った。

 おばあちゃんが死んだ小学三年の冬。

 あの日から自分はすでに考え始めていたのだろう。


 ――人はなぜ死ぬのか? 哲学的な問題だ。


 かの有名な哲学者によれば、死ぬこと、生きることに意味はなく、その現実から逃げないことが大事なのだという。


 自分はこれを知ったとき鼻で笑った。


 死という現実から逃げない? なぜそんなことをする。受け止めたところでどうなるというのか。

 そうやって現実を受け止められる人間を『超人』と呼ぶらしいが、それは『狂人』の間違いだろう。


 大学の教授にそう言ったらしこたま怒られたが、別に自分は間違っていないと思う。たぶん。

 だって仕方ないだろう。その哲学者の話は俺の人生を否定する『全て』だったんだから。


 さっきの問いに対する答え、実は幼少の頃にはすでに出していた。


 俺が出した答え、それは『そんなものは存在しない』だ。

 人はみな、最期を迎えれば等しく土に還るのである。


 あの世なんてものはないし、救いなんてものも存在しないのだ。


 それを理解したとき、俺は得体の知れない恐怖に発狂した。


 両親に抑えられた後、鬱病となり数ヶ月寝込んだ。


 俺は考え続けた。死から逃げる方法はないかと。ずっとずっと恐怖と戦い続けた。

 あの頃は一睡もできず、目の下が真っ黒だったのを覚えている。


 だが寝込んでどのくらい経ってからだったか、俺はある一つの結論に辿り着いた。


 あの瞬間、俺は一種の悟りを開いたのだろう。


 死を回避する方法。

 死から逃れる手段。


 即ち、になることであった。


 幼い身でありながらよく思いついたと思う。いや、幼い故の純粋さがここまで本気にさせたと言うべきか。


 周りに言えば鼻で笑われるようなことだ。医者にも両親にも学校の先生にも、『お前は狂っている』と言われてきた。


 なんたって真面目に、本気で、不老不死を目指してきたのだから。


 あらゆる手を尽くしてきた。


 ――身体を極限まで鍛え上げた。


 ――科学、数学、あらゆる学問を極めた。


 ――オカルトにだって手を伸ばした。


 ――毎日早寝早起きして、三食食べた。


 ――マッサージをして体操も欠かさなかった。


 今思い返してみれば確かに狂っている。


 こんな人間、フィクションにだって存在しない。


 あの哲学者の話を一般論にするのなら、死に足掻き続ける自分の姿はさぞ滑稽であろう。


 みんなから見て俺は『狂人』。


 しかし俺からすればこの世界の人間全てが『狂人』。


 なんで抗おうとしないのか、なんで受け入れられるのか。


 俺には無理だ。絶対に。


 だから俺は今までの行動を間違っているとは思わない。抗い続ければいつかはたどり着くと信じているからだ。


 俺は絶対に不老不死になる。死から逃げてみせる。


 そう夢想し続けて、はや十四年。


 なぜ今になって思い返しているのかというと――


 「ガフッ……!い、やだ……ヒュー……ヒュー……」


 ――俺、仲本辻郎なかものつじろうは不運にも、若くしてその人生を終えようとしていた。



――――――――――――――――――――――



 ――なぜこうなったのか。


 運が無さすぎたとしか言いようがない。


 今年大学四年生となった俺は、理解ある両親の了承を得て、不老不死の探求を続けることに決めた。


 就職活動に明け暮れる何人かの友人を横目に、俺は卒業旅行も兼ねてフランスへと向かったのだ。


 あくまで目的は伝説の怪人物『サンジェルマン伯爵』を見つけることである。


 紀元前から生きているという噂がある人物で、ある王は彼を『死ぬことができない人間』と言った。


 まさに『不老不死』。

 俺が目指す究極の一だ。


 都市伝説だとは理解している。死んだという記録も残っている。だが、可能性が低くとも賭けてみなければ分からないのだ。


 そうしてフランス中を周り、次はドイツに行って探してみようかと思った矢先。


 ――俺はパリでテロに巻き込まれた。


 歩道を歩いていたら突如、隣の建物が爆発したのだ。


 どうやらテロリスト達が目星をつけていた建物であったらしい。


 フランスの治安を完全に舐めていた。


 俺は抵抗もさせてもらえず爆発に巻き込まれたわけだ。


 ――そうして現在に至る。


 「ヒュー……フュー……」


 どうやら自分は仰向きになっているらしい。晴れやかな青い空が自分を見下ろしている。

 今の状況を考えればただ鬱陶しいだけだが。


 「け、けがぁ……どうなっ……」


 今の自分の状態を確認する。身体を持ち上げることができないため感覚だよりであるが。


 右脚、麻痺しているが感覚あり。


 左脚、感覚なし。


 右腕、感覚あり。


 左腕、感覚なし。


 「ヒュー……ヒュー……」


 どうやら左半身が吹き飛ばされたらしい。爆発をもろに受けたからそりゃそうだろうといった感じだ。


 呼吸は浅い。あまりにも。

 

 身体は動かない。あんだけ鍛えたのに、爆弾の前では無力だったのだ。


 そのとき俺は、靄が掛かった頭で確かに感じとった。


 《死の気配》


 「……ッ!! ヒュー! ヒュー! ヒュー!」


 ダメだ。そんなの絶対に。


 認めない。俺は認めない。


 今までの努力がこんな形で無駄になるのか?


 身体を鍛えて、勉強して、長生きすると言われている習慣を全て実践した。


 あらゆる可能性を模索した。


 不老不死になるために、コツコツと。


 なのにこれが末路か? こんな結末が?


 たった一つのアクシデントで全てが無駄になるなんて。


 酷い皮肉だ。こんなのあんまりじゃないか。


 「……い゛やだぁ゛……! やだやだや゛だぁ!! ヒュー!! じにだくない……しにだくないよぉ!! ヒュー……!」


 涙が止まらない。子供のように泣きじゃくってしまう。


 だが仕方ないだろう? 何よりも恐ろしいものが目の前に迫ってきているのだ。


 俺という存在が消えるのだ。


 この世から。完全に。


 無理だ。耐えられるわけがない……!


 「だすけてぇ!! だれがぁ!! だずけで!!」


 いくら無様に見えてもいい。だから頼む。誰でもいい。助けてくれ。


 こんなところで終われないのだ。あと十年、いや二十年待ってくれ。必ず不老不死になってみせる。


 だから……誰か……!!


 「…………。……………」


 「……ッ!!」


 誰かが来た。話ている。二人か、三人か。


 いやそんなことどうでもいい……!


 「だずげてぇぇ……!! ……ッおぅえ……!」


 出せる限り最大の声で助けを求める。


 血が逆流してきて苦しいが、気にしている暇はない。


 「ゴブゥ……! ヘルプ……!! ヘルブミ゛ー!!」


 無様でも必死に助けを求めるんだ。


 ほら見ろ。足音が近づいてきた。


 気づいたのだ。俺の存在に。


 助かるかもしれない。まだ、まだ希望はあるのだ。


 まだまだ俺はやれるのだ。不老不死になれるのだ。


 諦めるものか。意地汚くてもいい。生きるんだ。


 なんとかして生き――


 「……ぇ?」


 ――目の前の光景が信じられない。


 信じたくない。なんでだ。なんでこうなる。


 あぁでもそうだ。考えてみれば当たり前だ。


 ここはテロの現場だ。一般人なんか死んだか逃げたかの二択。


 今起こったのだから警察とか救急隊とか、そういった奴らがいるわけもないだろうに。


 ここにはテロリストしかいないだろうに。


 俺は何考えてんだ。こんなの――


 「Qu'est-ce que c'est?」


 「Alors, êtes-vous chinois ou japonais ?」


 ――自分から死ににいったようなものじゃないか。

 

 「あ……あぁ……」


 大丈夫だ。まだ大丈夫。


 不老不死になるんだろ? まだ諦めちゃいけない。


 銃口を突きつけられてるけど大丈夫。


 説得しよう。自分の価値を説明するんだ。


 思い出せ。

 

 フランス語なら話せる。大丈夫。


 ここまでの旅で散々話してきた。通じるんだ。


 えっと……なんだ……Je、そう確かそうだ。


 大丈夫だ。落ち着け。落ち着――

 

 「Yo frérot. Désolé, s'il te plaît, meurs」


 ――いやだ。


 「へ、へルプミ゛ー!! へル゛ブミ゛ー!! へル゛ブミ゛ー!!」


 いやだ。やめてくれ。頼む。


 「Hahaha! Je ne peux pas le comprendre à moins que ce soit en français!」


 死にたくない。死にたくない。死にたくない……!


 「Hé. Arrête de rire. Désolé, Oriental. Cela aussi...」


 「ヘルプミー!! ヘルプ!! ヘル゛、ヘルブミー!!!」


 助けてくれ!! 頼む!! 頼む!! 助け――


 《カチャ》


 「c'est pour la France, à plus」


 「ヘルプミィィィィイイイイイ!!」


 《バンッ》


 ――――。


 瓦礫の上で銃声が鳴り響いて、俺はあっけなく逝った。


 鍛えた身体も頭脳も、結局最後は無力だったのだ。


 今思い返せば、このとき死を体験できたのは大きな成果であったように思う。

 怖くて怖くて仕方なかったが、何でも経験だということだ。


 まぁとにかくこの日、中本辻郎としての人生は幕を降ろした。


 幕ってのは再び上がるものだ。

 そして俺は上げることができた。


 なぜゆえか。記憶は曖昧だが。


 ――俺は必ず不老不死にならないとだからな。

 

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