偏食人鬼の食道楽
ワビサビ/07
第1話 食人鬼の嘆き
テーブルに上に、粛々と並ぶ晩餐を前にして、私は祈りを込める。ナイフとフォークを手に取り、皿上の肉に差し込む。この感触はリブだろうか。程よく火の通ったそれは、断面から赤味を覗かせる。滴る肉汁と、立ち上る湯気。思わず生唾を飲み込む。
「いただきます」
切り分けた肉を、フォークの先から口へと運ぶ。その瞬間、舌を通して至福の波が……。
「……」
波が…来ない。凪いでいる、というよりかは舌が萎えている。完璧なビジュアルからは想像し難いが、噛めば噛むほどにえぐ味が出てくる。私の知っているリブは、こんな味はしない。
「シェフを呼んでくれ」
そばに控えていた執事に言いつける。執事はフラフラとキッチンの方へ向かっていった。あの屍人(アンデッド)も限界だな、明日にでも墓場から見繕うとするか。しばらくして、執事がシェフを伴って戻って来る。
「これを食べてみてくれ」
私がそう言うと、シェフは皿上の肉を丸ごと平らげる。そして、モキュモキュと音を立てて、咀嚼する。
「どうだ、美味いか?」
――qdべkじsんかjb……
「口のものを入れて喋るな! 生前、母から教わらなかったか!?」
――ゴクリ。大変、美味にございます。
「そうか、では私の舌がおかしくなったのかな?」
――滅相もございません。
シェフは悪びれもなくそう言った。実際、悪くないのだろう。彼の作ったフルコースはいつも完璧で、今夜もそうであった。流石は私の最高傑作である。生前の彼は、王都の1流ホテルで料理長をしていた。彼が急逝したという知らせを聞いたときには、そのまま家を飛び出して、彼の墓へ向かったものだ。彼は今も、私の城で腕をふるい続けている。
虚空を見つめるシェフの前で、私はフォークをかざし、料理につきたてる。最高であるはずのフルコースはどれも、口に運んだ途端に舌を逆なでする異物へと変貌する。口にしたものを飲み込めず、ナプキンへ戻してしまう。
「最近の人間は不味い!!」
食堂に罵声が響く。執事、シェフ、メイドたちは主人の激昂を、冷めた目で見つめている。それがいっそう彼の怒りを買った。
「なあ、どうしてだ? 今までこんなに不味くなかったろう? 急に味が落ちるなんてことあるのか?」
私はシェフに詰め寄って、問いかけた。縋る気持ちだった。
――私には分かりかねます。
すげない返答に泣きそうになる。これからずっと、こんな楽しみのない食事が続くのか。グールにとって食事は趣味で、趣味は食事なのだ。食事を取り上げたら、何も残らない。私はその場に崩れ落ちた。シェフは何も言ってはくれない。
――あの、よろしいでしょうか?
メイドの一人が手を挙げる。
「なんだい、こんな時に。私は落ち込んでいるんだ、見てわからないのか?」
――どうして不味いのか、人間に効いてみるのはどうでしょう?
関係なく続けるメイドの言葉は、やはり馬鹿げていた。人間は豚や鳥を飼うが、「あなたはどうして不味いの?」なんて聞いたりしない。何を食わせたかとか、栄養状態はどうとかで試行錯誤するものなんだ。よく知らんけど。
……いや、待てよ。人間が豚を飼うのなら、私は人間を飼えばいいのでは? 私→人間→豚という生態系を作り、質の良い食料を確保する。
「素晴らしい、これ以上ないスマートな解決策はないか。やはり、私は才に惠まれているようだ」
絶望の底に、希望の光を見出した。『人生なんとかなる』という家訓を思い出す。若い頃は、なんて薄っぺらいんだろうと毒づいていたけれど、その意味がようやくわかった。
――人生なんとなかなる。もう人じゃないけど、なんとかなるもんだ。
「出かける。仕度を頼む」
執事に言いつけて、私は城門へと向かった。
「待っていろ人間たち。この私がぶくぶくと肥え太らせ、美味しくしてやるからなあ!」
――ハッハッハッ!!
そう高らかに、勝利を宣言するのであった。
……思い返せば、このときの私は世の中を、というか"畜産"というものを完全に舐めていたのであった。
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